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第1小節目:クレーター

「うう、寒いね……!」


「そうなあ……」


 11月上旬の昼休み。


 抜けるような秋晴れの空の下、食堂の外テーブル(おしゃれにいうならテラス席)で、おれの向かい側に座った市川いちかわ天音あまねが手のひらをこすり合わせた。


「わがまま言わないで、市川さん。仕方ないじゃん、中は満席だったんだから」


 おれの隣でamaneの金髪ベーシスト・波須はす沙子さこがガラス張りの窓の向こう、学食の内側を親指で指し示す。


「ごめんね、あたしが昼休みに話したいって言ったから……。ていうか、天音、そろそろタイツ解禁したら?」


 市川の隣に座った作詞家・吾妻あずま由莉ゆりが申し訳なさそうな笑みを浮かべた後、市川の脚を横から覗き込みながら指摘する。


 ……その口元がちょっとにやけている気がするが、今はスルーしておこう。


「うーん、そうだね……」


「ふひひ、……去年は11月入った頃から毎日タイツだったじゃん」


「どうして由莉が私の下半身事情を把握してるのかな……?」


「市川さん、言い方どうかしてるから……。あと、ゆりすけ、キモい笑い方したでしょ、今」


 ツッコミに忙しい沙子が0.数ミリの呆れ目を向けて、首をかしげた。


「つーか、そういうゆりすけはタイツ履いてないじゃん。寒くないの」


「寒いよ寒い。でもほら、この靴下、スクールソックスって名前でしょ? スクールって名前の入ってるものを身に付けないわけにはいかないじゃん」


「はあ、そう……」


 相変わらずすごいな、青春部部長の執念は……。


「沙子さんはあったかそうだね? 私も明日からそういう格好にしようかな……」


「「それはやめようか」」


 おれと吾妻が異口いく同音どうおんに制止する。


 だって、今の沙子の格好は……。


「は、別に良いじゃん。スカジャー。文句あんの」


 スカジャー。それは語感と話の流れから察するに今の沙子の服装、スカートの下にジャージを穿くことなのだろう。


「由莉的にはダメなの? すかじゃー? 好きそうなのに」


「いや、これはグレーゾーンなんだよ……。たしかに高校時代にしか出来ない格好という意味では素晴らしいと思う。でも、制服っていう一番完全な形を崩しているものでもあるでしょ? 制服側にこういう風に着てもらう意図はないっていうか……。それに、目的が制服を可愛く着ることじゃなくて機能性に振り切っちゃってるあたりがちょっと……。いや、その無頓着むとんちゃくさが青春っぽいと言えなくもないんだけど……」


「あ、うん……」


 吾妻ねえさん、1聞いたら10くらい返ってきて市川が引いてるよ。


「さこはすがスカジャースタイルなのはかなりアリだと思うんだけどね。似合ってるし、北関東感あるし」


「「おい」」


 地元を北関東扱いされたおれと沙子が同時にツッコむ。


「でも、天音がそれをやるっていうのは……いや、半周回ってアリって気もするんだけど……」


「ごめんね、そんなに悩まなくて大丈夫だよ……?」


「いや、これは死活問題だから……」


 どこが死活問題なんだ。誰の生き死にを左右するんだ。


「ねえ、小沼はどう思う? タイツ派? スクールソックス派?」


「なんでもいいですけど……」


「なんでもいいが一番困る!」


 夕飯の献立こんだてを考えてくれてる時のゆずかよ。


拓人たくと生脚なまあし派だよ。それより、打ち合わせするんでしょ。今後の予定だっけ」


 ちょっと、さらっと勝手に人の性癖を暴露しないでもらえませんか……。あと、おれはタイツ派です。


「は? 生脚ってなに? スクールソックスってこと?」


「それとも、素足に靴ってこと、かな?」


 そして、あまり興味を持たないでくれませんか……? 特に市川さん、その真剣な顔をやめてください……。あと、おれはタイツ派です。


「……こほん、打ち合わせしようってば、せっかく集まったんだから。ほら、吾妻マネージャー、急ぎの話があるんだろ?」


 咳払いをして話を戻す。


「そうなんだよ! これから結構忙しくなるんじゃないかなって思って。ちょい待ち、えーっと……」


 吾妻が持ってきていたノートを広げて、その上にペンを立てた。


「まず、青春リベリオンの音源審査に送るための音源をレコーディングしないといけないでしょ?」


「うん、そうだね!」


 青春リベリオン。


 それは、高校生のためのバンドコンテスト。いうなれば、バンド版の甲子園だ。


 本選は春休みの3月にあるが、その前に、音源審査や予選が12月〜2月の間に行われるらしい。


 シンガーソングライターamaneの元々所属していた音楽レーベル『バディ・ミュージック』の大黒おおぐろさんという人が主催をしている関係で、彼女の目にまればシード枠的に本選に出場出来るのだが、先日、そのチャンスは逃したところだ。


「そういえば、Butter(バター)は結局本選に進んだのかな? 由莉、何か聞いてる?」


「んー、特に聞いてないけど、まあ十中八九そうなるだろうね。ていうか、舞花まいか部長は出る気満々でめっちゃ練習頑張ってるっぽいし……」


 吾妻が苦笑いを浮かべる。


 Butterは、先日おれたちが対バンした、うちの高校の3年生3人で組まれたスリーピースバンドだ。超上手い。やばい。


 そのバンドのドラマーであり、多分リーダーもつとめているのが、神野じんの舞花まいかさんである。器楽部の先々代部長であり、おれたちのよく行く吉祥寺きちじょうじの貸し音楽スタジオ『オクタスタジオ』の店員さんでもある。超上手い。やばい。


「まあ、とにかく、あたしたちは『正規のルート』で勝ち上がらないとでしょ? 有賀ありがさんの申し出を誰かさんが勝手に断ったし?」


「まだ怒ってるの……?」


 市川が不安げな視線を向けると、「あはは、冗談冗談」と吾妻が笑う。


「まあ、レコーディング無料券、せっかくこの間のライブで勝ち取ったし」


「うん、それを使わない手はないでしょ。だから、まず、11月中にレコーディングをして音源を応募するところまでやる。これが一つ目にやることね」


「なるほど。それで、忙しいっていうのは?」


「12月のロックオンの準備もしないと、でしょ?」


「「「あー……」」」


 吾妻の言った当然の話に3人が納得のため息を漏らす。


「いやいや、天音は忘れないでよ、ロック部の部長なんだから……」


「ごめん、そうだよね……。あ、いや、忘れてないよ? この間、終業式の日の多目的室の使用申請書だって、私がちゃんと出したもん! 今、一瞬忘れてただけ!」


「忘れてるじゃん」


 そうか、1学期の終業式の日にある7月ロックオン、9月の学園祭ロックオン。その次にあるのは、2学期の終業式の日の12月ロックオンか。


「それで、その前には当然、期末試験もあるでしょ?」


「うはあ……」


 つい最近中間試験を終えたばかりなのに、嫌な話をしないで欲しい……。


「だから、ちゃんと予定立てておかないと、色々後悔を生むことになっちゃうなって思って」


「なるほどなあ……」


 さすが吾妻マネージャー、仕事が出来るぜ……!


「まとめると、」


 吾妻が人差し指を立てる。


(まるいち)、青春リベリオンで勝ち抜くための音源作り」


 そして、中指を追加した。


(まるに)、12月ロックオンで最高のパフォーマンスをする。これが2学期終わるまでのamaneの目標ってこと!」


 良い笑顔を浮かべるねえさんは、やっぱり頼りがいがある。


「分かった。それじゃあ、レコーディングする曲と、12月ロックオンのセットリスト決めないとだな。レコーディングは基本『おまもり』だと思ってるけど」


「まあ、そうだね。そのためにレコーディング無料券を取りに行ったみたいなところあるし」


「異論なしです!」


「うちもそれで良いと思う」


 3人がうなずいてくれる。


「じゃあ、あとは、ロックオンのセトリか。市川、今回のロックオンは何曲くらい演奏出来るんだ?」


「えーっとね……」


 市川が口を開いた、ちょうどその時。




『2年6組、ロック部、市川いちかわ天音あまねさん、市川天音さん。職員室まで来てください』




 校内放送を通して、教師が我がバンドのギターボーカルを呼び出した。


「ほら、市川さん、不純異性交遊で呼び出し受けてるよ」


「いやいや、だったら小沼も呼ばれてるでしょ」


「おい……」


 風評被害もいいところだし反応しづらいよ。


『繰り返します。2年6組、市川天音さん、職員室まで来てください』


「……はて?」


 当の市川は、今まで聞いたことない単語を発しながら首をかしげて立ち上がる。


「食器、片付けとくから行っていいよ、不純さん」


「違うってば! でも、ありがとう、ちょっと行ってくるね」


「あたしたちもすぐ行くから」


 市川の背中を見送りながら、立ち上がるおれたちを、すぐ横の席に座っていた一年生女子がじいっと見上げていた。


 金髪に、苛烈な印象を与える瞳。


「ん、どうかした?」


 吾妻姉さんが彼女に優しく問いかけると、


「……別に」


 ふいっとそっぽを向いてしまった。


「そう? じゃあ、いいけど」


 食器を持って食堂の中に入りながら沙子が言う。


「あの金髪の子、無愛想だったね」


「「そっすね」」


 おれと吾妻が含みを持たせたあいづちを打つと、じろっとこちらをにらんできた。


「……何か言いたいことでもあんの」


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