interlude:手紙
<作者コメント>
おやすみをいただいている中、突然の番外編の更新すみません!
告知だろ?とお思いの方、正解です。告知です。
告知と、もう一つ。
どうしてもこの場で伝えたいことがございますので、本編とあとがきまで読んでいただけたら幸いです。
まずは、本編から!
「小沼くん、お手紙、書いてくれないかな?」
2年6組の教室。
おれの机の上に、便箋の束とボールペンを2本置きながら市川が困ったように笑う。
「お手紙……?」
座ったままのおれが顔をしかめているのを見ながら、市川はおれの前の席をこちらに向けながら座った。
「そんな嫌そうな顔しないでもいいじゃん……! OBの方から部費の寄付をいただいたみたいでね、お礼のお手紙を書きなさいって顧問の先生が」
「ほーん……?」
なんで手紙なんだよ、メールでいいだろ。ていうか顧問て誰だよ。合宿に来てたか?
「いやあ、大変なんだな、部長って……」
「他人事だね……?」
不満げに小首をかしげる市川部長。
「いや、だって、市川の方がおれより圧倒的に字上手いしおれが書く意味はないっていうか……」
ぶつぶつ言っていると、市川が「もー……」と、ため息を吐く。
「二通書かないといけないんだよ、2人からいただいたから。だから、私と小沼くんで一通ずつ書けたらなって思って。どうかな?」
「あず」「由莉は今日バイト」「うす……」
吾妻も字が端正だから適任だと提案しようとしたのだが、食い気味にNGを食らってしまった。くう……。
「……分かったよ、やるよ」
「ありがとう!」
降参するおれを見て、ニコッと笑う市川。
しぶしぶ机の上の便箋を一枚手前に引き寄せ、下敷きがわりのノートの上に置きながら自嘲的に笑う。
「となると、市川のがアタリ、おれのがハズレだな……」
「そんなことないよ? 私、小沼くんからお手紙もらったらすっごく嬉しいもん!」
「……なんだそれ」
無邪気な笑顔で殺し文句を言われてしまい、もはや完全に退路を断たれた。
本当にあざといのは英里奈さんなんかじゃなくて、こっちの天然天使の方だろうな。と思うのはいったい何回目だろう。
「……で、なんて書けばいいんだ? 拝啓、どうたら、的な……?」
「あ、これ文面」
市川がカバンから差し出してくれた紙には、ワードで打ち込んだであろう文章がプリントアウトされている。
「顧問の先生が用意してくれたんだ」
「まじか顧問」
ちょっと見直したぞ顧問。でも誰だ顧問。
ていうか顧問。
「これを折り畳んで封筒に入れて送るんじゃだめなのか顧問」
「私は顧問じゃないよ?」
しつこくも書かない選択肢を模索し続けるおれをたしなめるように、市川がため息混じりに笑う。
「手書きのお手紙って本当に嬉しいものだよ?」
「そんなもんか……? 下手な字よりもプリントアウトされてるやつの方が良い気がするけどな」
「……私ね、ファンレターを直筆でもらったことがあるんだ」
「…………へえ」
しっとりとつぶやかれた言葉に、ペンを持ったおれの右手がぴくりと震える。
「匿名だったんだけどね。すっごく右上がりのあんまり上手じゃない字だったけど、それもすごく嬉しかったもん」
「……そうすか」
「どうしたの?」
「別に」
おれは心を無にして文面を書き写し始める。写経だ。背景、空高く澄みわたる今日このごろ……。
「そもそも感想を書こうとしてくれたこと、それを伝えようとしてくれたことがすごく嬉しかったんだ。その上、『この曲に出会えて良かったです』って言ってくれて。歌えなくなっちゃったあとも何回も読み返して……」
市川は、少し微笑んで、
「……あの手紙がなかったら、『もう一度歌いたい』なんてそもそも思えなかったかもしれない」
と、つぶやく。
「……そっか」
言葉少ななおれの態度をどう捉えたのか市川が意地悪な表情になり、こちらに身を乗り出してくる。
「あれ? 小沼くん、もしかして、ヤキモチかな?」
「い、いや、そういうんじゃなくて……!」
おれが否定しようと手のひらを市川に向けると、おれの書いていた便箋に市川の視線が落とされる。
……あ。
「…………っ!」
静かに、大きく彼女は息を呑んでいた。
「……私、小沼くんの字、ちゃんと見るの初めてかも」
「……見なくていい」
おれは慌てて両手で便箋を隠す。
「小沼くんの字って、」
「お、おい、手が止まってるぞ、市川。い、いつもの集中力はどうした」
「……すっごく右上がり、なんだね?」
みるみるうちに、市川の瞳がうるみはじめる。
「ねえ、もしかして……」
「しゅ、集中しろって……! ほら、書かないと帰れないんだろ?」
「で、でも……!」
「……おれは書くからな。その話はおしまいだ」
もう一度顔を伏せて続きを書く。
……が、字が震えてる。
こりゃ書き直しだな、とは分かっていても、おれは書くことを止められない。顔を上げるわけにはいかない。
「小沼くん、本当にありがとうね」
おれの鼓膜を、少し湿った声が震わせる。
「……何が」
「……苦手なのに、お手紙、書いてくれて」
「……今書いてるこれの話な?」
耳が、頬が、どうか赤くなっていませんように。
願っても無駄なことを念仏のように唱える。
「えへへ……」
市川が、はにかみ笑いを浮かべる声が聞こえた。
「……あなたに出会えて、私も、わたしのうたも、本当に幸せだなあ」
<作者コメント>
ということで!
以前、第26回スニーカー大賞で優秀賞をいただいたと報告した本作ですが、発売日が決定しました!
「宅録ぼっちのおれが、あの天才美少女のゴーストライターになるなんて。」と改題(「、」がついただけ)して、10月1日(金)に全国書店さんにて発売です!
公式twitterも稼働しています。ss風味のamaneメンバーのつぶやきや、毎日市川天音のひとことボイスが聞けたりします。twitterで「宅録ぼっち」と検索してみてください。
さらに、『わたしのうた』のミュージックビデオも作っていただきました!
作詞・作曲は市川天音名義で、どちらも石田が担当しております。
歌唱、ひとことボイス共に市川天音を演じてくださっているのは声優の前田佳織里さんです。
下部にリンクが貼ってありますので、是非!
(もうすぐ『平日』も出ますよ!)
4曲目の再開もそろそろしないといけませんね。お待たせしてしまいすみません。
そして、何より。
この場でこそ改めてお伝えしたいことがございます。
なんのことはないのですが、改めて、ここまで応援してくださったみなさんに御礼を申し上げたいです。
今、この文章を読んでくださっているあなたのおかげでここまで来ることが出来ました。
誰にも読まれないだろうな、なんて思いながら暗い部屋でポツポツと書いていた一文字目から始まった作品。
何度もへこたれそうになりました。何度も折れそうになりました。
というか、実際だいぶへこたれてましたし、なんなら折れちゃってた時もあると思います。
それでも、そんな時、みなさんにいただいたご感想やレビューを、何度も読み返しました。
「笑った」と言っていただきました。
「泣いた」と言っていただきました。
「毎日の楽しみです」と言っていただきました。
「明日からも頑張ろうと思った」と言っていただきました。
「人生が変わった」と言っていただきました。
苦しいことばかりの日々の中、届かないことばかりの日々の中、今日を投げ出さずにいられたのは、他の何でもなく、あなたからいただいた言葉のおかげです。
あなたの言葉に優しく強く背中を押されて、やっとスタートラインに立つことが出来ました。
『宅録ぼっち』でデビュー出来ることが何よりも嬉しいのは、その意味を、その事実を共有出来るあなたがいるからです。
あなたからいただいた応援こそが、誇りであり、勲章です。
色んな方に読んでいただいている手前、twitterで言えないことなので、ここで言わせてください。
ここまで応援してきてくださったあなたのことを、これからもずっと、心から大切に思っています。
いくら感謝してもしきれません。
どうか、これからの未来でお返しさせてください。
だから本を買ってくれとかそういうことではなく(もちろん読んでくださったら嬉しいですが)、とにかく、御礼をお伝えしそびれてしまっている感覚がずっとあって、それがもどかしかったので、告知よりもこちらが伝えたくて、一編挿入させていただきました。
改めて。
出会ってくれて、見つけてくれて、本当にありがとうございます。
もしよろしければ、これからも一緒に次の景色を見てくださったら、それ以上に嬉しいことはありません。
2021.09.23 石田灯葉




