第6.15小節目:君にまつわるミステリー
* * *
放課後になっても、自分は教室でスマホの画面とにらめっこをしていました。
小沼先輩にほんの少しでも成長したところを見ていただきたくて、『自分がこの七不思議を解き明かします』なんてことを申し上げたものの、自分は勉強ができる方というわけでもありませんし、こういった謎解きが得意というわけでもないのです。
……んん、自分はどうして小沼先輩に成長を見せたかったのでしょうか?
……いえいえ、別の謎が首をもたげてきますが、今はどうでもいいことです。
自分も師匠の弟子ですから、師匠の考えていることは多少理解している自負はあるのですが、それにしてもヒントが少ない気もします。
きっと自分だけで考えていても分かりません。下手の考え休むに似たりです。
もっと聡明な方の力を借りでもしないと……。
……と思ったその時でした。
「つばめちゃん、どうしたの?」
「菜摘さん……!」
クラス1の小柄な優等生、小佐田菜摘さんが自分に救いの手を差し伸べてくださいました。……小柄は自分がいうことではないですが。
「うーんうーん、って声に出してうなってたけど?」
「ほ、ほんとですか……!」
それは恥ずかしいところを見せてしまいました……。
「それで? 何か悩んでるの?」
「菜摘さんって謎解きとかって得意だったりしますか?」
「謎解き!?」
大きな瞳の菜摘さんはその目を目一杯輝かせて(目だけに……)こちらに身を乗り出します。
「うん、大好き! どんな謎なの?」
「正確に申し上げると謎かどうかも分からないのですが……こちらです」
「うんうんっ!」
自分は小沼先輩からいただいた謎のメモを見せてみました。
* * *
①3:53
軽音楽室に置いてあるドラムセットのバスドラムの穴の中に2メートル離れたところからしゃがんだ状態で五円玉を放り投げて入れるとそこに未来の自分の姿が浮かび上がる。
②4:03
事務課しか見えない地点から右を向いて数歩歩いて見えた景色の中に、今後のキーパーソンが浮かび上がる。
③4:22
図書室から1階までの階段を一段ずつ数えた直後、1階から数えながら同じ階段を登ると1段多くなっている。
④4:44
散らかった理科実験室のすみっこに立っている二体の人体模型のうち、古い方にベージュのカーディガンをかけてあげると、大切なものが浮かび上がる。
⑤5:17
売れ残った数本のカルピスウォーター(缶)のうち1本は表示よりも1%濃度が高い
⑥5:45
※不可能?誰もいなくなった食堂の外のテーブルから、西日を手持ち鏡に反射させて積み上がったトレーの一番上に当てると、文字が浮かび上がる。
⑦6つの不思議を時間通りたどった者にだけ浮かび上がる。
* * *
「へえー……。これは……七不思議ってこと?」
「七不思議に見せかけた謎解きのようなのです。自分のししょ……敬愛する先輩がこれをご自身で作って、インターネットで拾ったもののように振る舞って、別の先輩に見せて、この七不思議巡りに誘ったということのようです」
「なるほど、そういう手もあるかあ……」
「そういう手……?」
「なんでもないっ!」
自分が首を傾げると、菜摘さんは自分の前で手を振ります。
「それで、その……つばめちゃんの敬愛する先輩と一緒に七不思議を巡った先輩との関係って?」
「か、関係ですかっ……?」
なんでしょうか、謎に必要なことなのかもしれませんが、自分にはあの二人の関係をどのように形容すべきか分かりかねます。
うーんうーん……と言いあぐねていると、
「……もしかして、幼馴染?」
菜摘さんが目を光らせて首をかしげてきました。
「いえいえ、それは違います」
「そっか……」
……菜摘さんは普段とてもスマートで可憐で素敵な方なのですが、幼馴染という単語を発する時だけはいつもなぜか少し怖いです。
とにもかくにも、今は師匠と小沼先輩の関係です。
うーん、一度小沼先輩にはそこまでではない、と否定されたような気もしますが。
「……親友、でしょうか。女性と男性ですが」
「なるほど……」
ふむふむ……と言いながら、菜摘さんはスマホの画面をとんとんと優しく叩きます。
「……お茶目な人なんだね、この先輩」
「何か分かったのですかっ!?」
「うん、多分。⑦の謎は、『謎』っていうよりは『質問』っていう方が正しいかなあ」
「そうなのですねっ! 教えてくださいっ!」
やはり、菜摘さんは頭脳明晰でした!
「こほん……それじゃあ、この七不思議に不自然な点がいくつかあるのって分かる?」
「どちらでしょうか……?」
読み返してみるものの、簡単には分かりません。
「まず、単語が不自然だよね」
「単語ですか……」
「うん、『軽音楽室』『事務課』なんて、そんな部屋はこの学校にないでしょ?」
「言われてみれば……」
本物の七不思議ということでしたら、過去にそう言った呼び方をしていた可能性というのもなくはないのでしょうが、現時点ではこれは師匠が作ったものと判明しています。
であれば、わざわざそういう言葉を使っているのになんらかの意味か理由があるのだとは推察はできます。
「次に、時間表示が不自然だね」
「時間表示……? あのあの、こちらの3:53とか4:03とかのことでしょうか?」
「そう! これ、時間を指定する七不思議なら、24時間制で書くべきじゃないかな? じゃないと、深夜かもしれないと思われちゃうから……。というか、普通は深夜のことだと思うよね。⑥の西日の話がなければ」
「そうですねえ……」
自分がほお……?と顔をしかめていると、
「……まあ、気づいた後の結果論なんだけどね」
と照れ臭そうに菜摘さんは笑いました。結果論……?
「あとはこの『※不可能?』とかっていうのもすっごく違和感があるから、ちょっと試してみたら、どうやら合ってるみたい」
「どういうことでしょうか……?」
「6つの謎を時間通りに辿るっていうのは、つまり……」
依然として分からない自分に優しく微笑みかけて、菜摘さんはカバンからノートを取り出し開きます。
「①3:53なら、この文章の3文字目と53文字目は何?」
「3文字目は『楽』ですね。53文字目は、えーっと……」
いち、にい、さん、しい……と一文字ずつ53個数えて。
「……『放』でしょうか」
「多分ね。そしたら、ここに書いてみるね」
菜摘さんはノートに、
* * *
① 楽 放
* * *
と書きました。
「あのあの、菜摘さん、つかぬことをお聞きしますが、そのノートはなんでしょうか……?」
「気にしないでっ!」
にこぱっと笑う菜摘さんですが、今開いているページの裏が透けて、なんだかおびたたしい量の文字が書いてあって気にしないという方が難しそうなのですが……。
そして、裏移りしているタイトルの部分に『徹底議論!〜幼馴染の絆は永遠に続くものか?〜』と書いてあるように読めるのですが……。
「つばめちゃん?」
「は、はい……!」
「他のも数えてみよう!」
その純粋無垢な笑顔にとりあえず自分は疑問をごくりと飲み込み。
そして、自分たちは一個一個数えて、一文字ずつ書いていきます。
……すると、そこに浮かび上がったのは。
「師匠、これは……!」
* * *
① 楽 放
② し 課
③ か 後
④ っ デ
⑤ た ー
⑥ ? ト
* * *
「……七不思議を一緒にめぐること自体が目的だったんだね、その先輩は」
菜摘さんが儚げな笑顔を浮かべます。
「そうですかあ……」
……師匠は、これをどうしたかったのでしょうか?
気づいて欲しかったのでしょうか? 気づかれたくなかったのでしょうか?
「うーんうーん……」
「あはは、つばめちゃん、解決したのにさっきよりも顔が険しくなってる」
「謎は深まるばかりです……!」
顔をしかめる自分に、菜摘さんはしばらく苦笑いで付き合ってくださいました。
* * *
「吾妻」
平良ちゃんと別れたあと、脳に糖分が欲しくなり、結局缶のカルピスを買って飲みながら教室の方に戻っていると、
「お、さすが元日直。良いもの持ってるじゃん」
向かい側からカルピス部の部長が歩いてきた。
「日直を過大評価しすぎだろ。じゃなくて、七不思議」
「七不思議? それがどうしたの?」
分かってるくせに、とぼけたようにわざとらしく肩をすくめた。
「平良ちゃんに聞いたよ、平良ちゃんから聞いたわけじゃなかったって」
「何その難解な日本語、うける」
「うけねえよ……。なんでそんな手の込んだことしたんだ?」
「あはは、暇だったんだよね。部活引退しちゃったし」
おれが問い詰めるまでもなく、あっさりと吾妻は自分が作ったものだと認めた。
「なんだそれ……。ていうか暇なら普通に声かけてくれれば良かったじゃん」
「『無意味に校内を巡ろうよ』って誘ったら一緒に巡ってくれた?」
「それは……」
ちょっとどうか分からないけど……。
「まあでも、小沼はクレームを言って当然だよね、貴重な放課後を無意味に使わせちゃってごめんね」
「いや、そういうことを言いたいわけじゃなくて……」
「あはは、気を遣ってくれてありがとうね。それじゃ」
そう言って吾妻はおれの顔を見ないまま軽くお辞儀をして立ち去ろうとする。
……別に、こんなしめっぽい感じにしたかったわけでもない。
ただ、おれは、吾妻と『答え合わせ』がしたかっただけだ。
「……楽しかったよ」
その背中に呟くと、吾妻が振り返ってその瞳を揺らした。
「小沼、もしかして……」
「……あれは、デートじゃないけどな」
おれは拙い演技力で精一杯の呆れ目を作って吾妻に伝える。
すると、吾妻はその大きな瞳を輝かせてから、
「小沼、何言ってんの? あたしがいつ『デート』だなんて言った?」
とびっきりに意地悪で幸せそうな笑顔を浮かべた。
「いや、吾妻、だってあの暗号……!」
「暗号? なんのことかしら?」
「うわあ、はめられた……!」
吾妻はもう一度ニヤリと笑うと「あはは、そんじゃね」と前を向き、上機嫌に売店の方へ向かった。
「なるほど、鈍感すぎる誰かさんも、暗号なら解けるってわけか……」
そんな今後何の役にも立たなそうな学びを呟きながら。




