最終小節(2拍目):『おまじない』
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【 h e i j i t s u 】
その8文字の単語を白い空欄に入れて『送信』を押すと、やっとカギが開いた。
なるほど……。
『別にパピコが食べたいわけじゃないよ。あたしは、割り勘でアイスを買いたいだけ』
『あ、帰りのコンビニ。アイス買ってこ』
『あ、夕暮れのベンチ』
『またね』
それで、あの日吾妻は、伏線みたいに、わざとらしく歌詞の中に入った言葉を置いていったのか。
『あたしがすごく大事にしているものをローマ字で入力してください』
いや、でも、それが『大事にしているもの』だって、一発ではわかんないだろ……。
苦笑が漏れ出る。
この吾妻の大事にしている『平日』っていうのは、あの曲のことなんだろうか?
それとも平日そのもののことなんだろうか?
学校が好きな吾妻のことだから、普通に平日そのもののことを思っている可能性もあるよな。
なんて思いながら、画面を改めて見てみると。
『あたしの歌詞』
そこに現れたのは、吾妻が『山津瑠衣』という名前でやっているはずの、歌詞を投稿しているブログだった。
『ほら、吾妻のサイト、あったじゃん。そこから選ぶってのは……』
『あれはダメ! やばい、そうじゃん……。鍵かけとこ……』
『読まれて困る歌詞があるのか?』
『あるに決まってんじゃん。現役女子高生がポエムをアップしてるんだよ?』
食堂で慌ててブログに鍵をかけていた吾妻を思い出す。
そっか、あのサイトが、これか。
そして、続きを読み進めたおれは。
その言葉に、立ち上がるのが困難なほど打ちのめされることになる。
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あたしの歌詞(うた)
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『おまじない』
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Wednesday - 02:56 comments(0) - by 吾妻由莉
小沼へ。
あなたがこれを読んでいるということは、あたしはもうあなたのそばにいないということだと思います。
…なんてね。
『あなたがこれを読んでいるということは、』っていうやつがやってみたかっただけです。そうそうそんな言葉を言えるタイミングってないでしょ?
大丈夫、そばにいるから。
冗談はさておき、きっと今頃小沼は、
『なんで吾妻はおれにあんなにひた隠しにしていた歌詞のサイトを教えてくれたんだ?』
とか
『で、この文章は、なんなんだ?』
とか思っていると思います。
この文章は、『おまじない』という詞だと思って読んでください。
句読点が多めの、無粋な詞。
鈍感で読解力が乏しい小沼にはきっと、これくらい分かりやすく言わないと分からないだろうから。
詞の一番の要は『技巧に優れていること』じゃなくて、『伝わること』だとそう思ってるから、小沼にだけ届けばいいこの詞は、こういう形をとっているっていうことです。
言い訳はこれくらいにして、それじゃ、本題。
今回のライブだけど。
全曲を最強の感情を最強の熱量で込めないと、きっとButterには勝てないと思う。
勝てないっていうのは審査員からの票がもらえないとかそういうことじゃなくて、自分自身が負けを認めることになるってこと。
それで、それぞれの曲についてなんだけど。
『スタートライン』『おまもり』『あしたのうた』は、人前で初めて演奏する曲だから、きっとすごい熱量で演奏することが出来ると思う。
『おまもり』は、英里奈のために作った曲だし、『あしたのうた』なんて、初めて4人で作った曲だもんね。この曲に感情を込められないんだったら、もう、あたしがなにをしても無駄だと思う。
あと。
『キョウソウ』についてもあたしは安心してる。4人の決意がもう一度結集した今、すごいエネルギーで演奏できると思うんだ。『スタートライン』からの流れもキマってるしね。
…で、一つだけ、前回のライブからこれまで、こなれてきちゃっている曲があるでしょ?
だからね。
残ってしまったその曲にとびっきりの感情を込められるおまじないをかけてあげる。
…緊張するなあ。
でも、言うね。そう、決めたから。
ねえ、小沼。
あたしは、小沼のことが好きだよ。
いつもダサいくせに、たまにかっこいい小沼が好き。
もともとぼっちのくせに、人のために奔走できる小沼が好き。
感情表現に乏しいくせに、人のために泣くことの出来る小沼が好き。
amaneの良さを世界中の誰よりもわかってくれる小沼が好き。
それで。
上のどれが欠けても、いつか全部なくなっちゃっても。
それでもきっと、まだ小沼のことが好き。
6組の教室で、小沼があたしに歌詞を書くことを頼んでくれた時。
あの時に、もう一つの、そして今はたった一つの青春が始まったんだ。
あの時から、あたしの『平日』はもっともっと輝くようになった。
だから、一回だけ、高2のうちに使わないと失効しちゃう『いつかあたしのために何かをしてくれる権』をここで使わせてください。
片思いの特権を、使わせてください。
今回のライブで、『平日』を、あたしのために演奏して欲しい。
もし、このあたしの告白で、小沼の心のどこかを少しでも動かしたのなら。
もし、あたしのこと、ちょっとでも、バンドメンバーとしてでも、友達としてでも、大切だって思ってくれるなら、その感情を全部音楽に込めてください。
ライブまでは口に出さないで。少しも漏らさないで、全部を音楽にぶつけてください。
『平日』は、あたしがはじめて小沼と作った曲だから。
あたしにとって、他の何よりも大事な曲なんだ。
あーあ。言っちゃった。
でも、これできっと小沼は『平日』を全身全霊で演奏してくれる。でしょ?
…してくれるといいなあ。これでヘボい演奏したら、ただじゃおかないからね。
あ、それと。
本当に、この告白に返事なんかいらないからね。
そんなわかりきったことを改めて言おうとしたりなんかしたら、絶対に許さないから。
あたしは、この気持ちも全部、天音にもう託したんだから。
ねえ、小沼。
あたしと出会ってくれてありがとう。
リア充の仮面をかぶったあたしじゃなくて、素顔のあたしを、ただのポエマーのあたしを認めてくれてありがとう。
中学時代に『山津瑠衣』にかぶせて捨てたはずのあたしを、すくいあげてくれてありがとう。もう一度生かしてくれてありがとう。
あたしの歌詞を好きだって言ってくれて、本当にありがとう。
こんなの絶対に叶わない恋だって分かっていても、それでも。
あたしの初恋の相手が小沼拓人で、本当によかった。
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