表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
236/362

第76小節目:Who Did You Think I Was

「スタジオに入って演奏を見せていただくことってできますか?」


 おれの言葉に、一瞬時間が止まったかのように思えた。


「小沼、ちょっと……!」



 が、次の瞬間。



「いーよ?」



 と神野じんのさんが呆気あっけなくポニーテールを揺らす。



「で、ほかのみんなはー?」


 神野さんに突然水を向けられて戸惑とまどいつつも、市川いちかわ沙子さこが応じる。


「すみません、私は夜ご飯作ってお母さんが家で待っているので、そろそろ帰らないと……」


「うちも帰ります。また拓人そいつがむかつく顔しそうだから」


 むかつく顔って……。


 そんな中、ただ1人。


「あたしは……もし見せていただけるなら見たいです」


 吾妻が妙に覚悟を決めた顔をして参加の意思を表明する。


「ふーん、じゃあ、ユリボウと、えーっと……」


 名前がぱっとは浮かばなかったのだろう。おれを1、2秒見てから、「あ、そーだ」と小さく思い出したような声を出す。




「あと、タクトが観に来るんでいーか?」




「「なっ……!?」」



 市川と沙子が同じような表情で同じような声をあげる。





 市川と沙子が不満げな顔をしながらも「じゃあね」とか「ほどほどにして帰ってね?」とか言いながらエレベーターに乗って帰っていくのを見送ったあと、Butter(バター)の面々について、おれと吾妻がスタジオに入る。



「にしても後夜祭こうやさい以来だなー、3人で合わせんの。2人はちゃんと練習してきたかー?」


「いやいや、ウチらは受験生なんだって。舞花まいかみたいに一日中練習してるヒマはないの」


「そーだよー? 今日だってたまたま塾の日じゃなかったから来れてる感じだけど、親には自習室行ってるって言ってる感じなんだからー」


 楽器を取り出しながら3年生3人が気安い会話をはじめる。ていうか合奏、後夜祭以来なのか。そしたら結構(うで)にぶってるのでは?


 ……などと考えたのが甘かった。


「ま、毎日()いてはいるけどね」


「わかるー、おふろとかと一緒の感じで、寝る前に1時間はかないと1日を終われない感じだよねー」


「ははっ、だろーなー」


 依然いぜんとして当たり前のように続けられている会話に、自分の底の浅さを見せつけられているような気がした。


 おれだって今はほとんど毎日楽器に触れる生活はしているけど、受験生になってもそれが出来るのだろうか。……ていうかこの人たち、受験は大丈夫なんだろうか?


 下級生のおれが勝手にいらぬ心配をしていると、


「なー、タクト」


 と神野さんが話しかけてくる。


舞花まいか部長、その『タクト』って呼び方……」


 おれが答える前に、吾妻がおずおずと差し込む。


「んー? まずいか? 名前にコンプレックスとかあんの?」


「いえ、まずくはないですし、多分本人にはコンプレックスはないですけど……」


「じゃーなんだ?」


 首をかしげる神野さんに、


「……いえ、なんでもないです」


「ん? そーか?」


 あたし、何言ってんだろ……とほほをかきながら吾妻が取り下げる。



「じゃあ、タクト」


「はい」


 改めて呼びかけられて、おれはピンと背筋せすじを伸ばした。


「何が聴きたい? なんでアタシらの演奏聴きたいんだー?」


「そうですね……」


 おれはその理由の言語化に少しだけ逡巡しゅんじゅんする。


「自分たちの演奏しか聴いてないから、今の状態でButter(バター)にどれくらい届いているのかわからなくって……」


「アタシらに?」


「はい」


 一つずつ、自分の頭の整理も含めて話してみる。


後夜祭こうやさいの演奏、本当にすごかったです。心から感動しました。あれが本物の音楽だと思いました。本物のライブだと、そう思いました」


「へえ……」

「すっごーい」


 ギターやベースをアンプに繋ぎながら、江里口えりぐちさんとしゃくさんがめられて嬉しそうにしている。


「おれたち……amaneも、あの後夜祭から短い期間ですけど、色々あって、折れそうになったり分からなくなったりしながらも、おれたちなりに考えて、見つけて、乗り越えてきていて、成長もそれなりに……いや、かなりしたつもりです」


「へえ、そう言い切れるのはすげーじゃん」


 神野さんはすっかり先輩の顔つきで笑う。


「ありがとうございます。……そして、その現状で、Butter(バター)と同じ舞台に立つってことになった時に、本当に張り合える状態になっているのか、知っておきたくて。もし張り合えるようになってなくても、明日の本番のタイミングになってからそれを知りたくはないっていうか。……それで、明日を迎える前に聴けたらなって。ダメ元だったんですけど」


 たどたどしかっただろうが、なんとなく言いたいことは言えた気がする。


「あんなにベタめしてたウチらと張り合うつもりなんだ、同じ軸じゃないと思うけどな」

「ジャンルも違う感じだしねー」


「まーまー2人とも」


 神野さんが江里口えりぐちさんとしゃくさんをなだめてから、おれに向き直った。


「ま、それは全然いーんだけどさ、amaneはもうさっきので最後の練習終わったんだろー? 今見て、もし張り合えるレベルになってねーなーって思ったとして、何か変えられんのか?」


 嫌味いやみでもなく、おごっているわけでもなく、純粋な疑問として、もしくは純粋な心配として、神野さんは思っているのだろう。


 その言葉は、


『本番前日にButter(バター)にうちのめされるだけになるんじゃねーのか?』


 と問いかけていた。


 おれは、そっと拳を握る。


「それは……」


「大丈夫です」


 一瞬言いよどんだおれを吾妻の声がさえぎった。


 声の方を見ると、いどみかかるように、覚悟を見せつけるように、先代の部長を見据みすえている、真剣な横顔があった。




「そうなった時は、明日までに、あたしたちはもっと成長します」




 根拠こんきょがあるのかないのか、おれにはさっぱり分からなかったが、そこには確固かっこたる自信があるようだった。




「へー、……ユリボウがそーゆーなら大丈夫なんだろーな」


 そう笑ってから、神野さんはドラムイスに座り直す。


「んじゃ、やるかー。2人とも準備はいーか?」


「ん」「ほーい、いい感じだよー」


 軽く2人が音を出す。その音で音量のバランスを見定めたようにうなずく。


「んじゃ、ユリボウもタクトも、ー失うなよー?」


 八重歯やえばを見せて、神野さんがカウントを始める。




「1、2、3、4……」




 そして、3人の音が鳴り始めた瞬間に。



 おれは、思い出してしまう。


 おれは、思い知ってしまう。





 そうだった、これがButter(バター)の音だった。



 下唇を噛みながらにらむように3人の演奏を見つめる吾妻の隣で、おれは本当にバカみたいに口を開けながら、思う。








 なんでおれはこの人たちと、ちょっとでも張り合えると思ったんだろうか?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2021年10月1日、角川スニーカー文庫より
『宅録ぼっちのおれが、あの天才美少女のゴーストライターになるなんて。』が発売中です!

購入はこちら!(amazon)
作中曲『わたしのうた』MV
― 新着の感想 ―
[一言] 本番前にちょっと不穏な感じですね。打ちのめされて自信喪失にならないといいのですが。 他の方も書いている通り必ずしも張り合う必要はないと思うのでいい感じに覚醒してくれるといいんですが。 拓人だ…
[一言] 「張り合える」かー いつも音楽で競い合う物語を見る度にもにょもにょっとしてる勢です。 スゴさ(演奏レベルの高さや多彩さ)を競い合うなら、現実で言うと矢野顕子、椎名林檎、小野リサ(敬称略)あ…
[一言] 音楽って他人と張り合わなきゃいけないもんではないと思うのですが、一方で同じライブにでる以上競わなければいけないというのがジレンマですね。 1曲目も2曲目も自分との戦いみたいな面が強くて、変な…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ