第56小節目:きらきらひかれ
「今回のライブの目的意識を揃えておきたいなって思うんだ」
市川の家のリビング。
amane4人でやたらおしゃれなテーブルを囲んで座っているところ、吾妻がノートを取り出して、そう切り出した。
もちろん、ここに至るまでに、吾妻が「天音がそんなこと考えてたなんてショックが大きすぎる……」と悲しんでいたり、沙子が「市川さんも結局ただの雌だよね」と暴言を吐いたり、市川が「沙子さん、さては昔のこと反省してないね? ていうか2人ともそんなこと考えてるなら誤解だよ!?」と主張したり、そんなこんなで家の前について「え、市川の家、でかすぎ……?」となったり、家に入ったら入ったでいい匂いがしたり、色々あった気がするんですけど、おれはとにかく緊張しすぎていてあまり覚えていない。バンドの話が始まったこのタイミングでやっと状況を認識し始めた、というところだ。
「とかいいながら、結構覚えてるよね、小沼。ていうか長いよ独り言」
「え、なんだって?」
吾妻が人の心を読んでツッコミを入れてくる。難聴系主人公になっちゃうからやめてほしいなあ……。
「どうでもいい。それで、目的意識って何」
さこはすが冷たくスルーして吾妻に質問する。
「うん、『これが出来たらこのライブは成功!』っていう目標みたいなものを決めておきたいなって」
「それって、いつも舞台に上がる前に円陣組んでやってるやつかな?」
いえーい、とか言いながら市川が前に右手を出すが、「あはは」と笑って受け流す。
「あれはあれで、個人的な思いでいいんだけど、今回はバンドとしてってこと。つまりね、」
吾妻は指をピンと立てて説明を始める。(市川はさりげなく自分の膝の上に右手を戻してました)
「最初は、オーディションライブに向けての練習としての外のライブハウスでのライブ、だったでしょ? そんで、そのあとに、『おまもり』を英里奈に音源として渡すためのレコーディング権を手に入れるっていうことになったよね」
英里奈さんって名前久しぶりに聞いたな。元気かな……。
「そして、おととい、『青春リベリオン』のプロデューサーの大黒さんとamane元マネージャーの有賀さんが観に来てくれるってことになった」
「そう言われてみると、一つのライブにいろんな意味が乗っかってきてるんだね……?」
「そう。だから何か目標をハッキリさせておかないと、なんとなくライブしてなんとなく満足しちゃいそうだなって。課題を認識して克服することの出来ない団体は成長できないのですよ」
その話し方の後輩もしばらく見てないなあ、元気かなあ。
「なるほど」
沙子がうなずく。
「さこはすはどうしたい?」
「ん。うちは……やっぱり『おまもり』を録るためのレコーディング権を勝ち取りたい」
「だよねえ……」
市川はふむふむと納得したようにうなずく。
おれもそれには同意だ。
たしかにそうだろう。沙子と英里奈さんとのはっきりとした和解はまだ出来ていない。
「うん、なるほどね。それじゃあ、天音は?」
「私は、そうだなあ……青春リベリオン、出てみたいなって思ってる」
「え、そうなの」
沙子が驚いたように声をあげる。
「あたしも知らなかった。どうして?」
「ああ、うん、突然でごめんね? ……あのね、私、amaneを最強のバンドにしたいんだ」
「天音……!」
吾妻は嬉しそうに微笑む。
「まあ、最強って曖昧だし、本当は音楽って優劣をつけるようなものでもないと思うし、矛盾だらけなんだけどね」
市川は自分で苦笑いを浮かべた後に、続けた。
「……だけどね、だからこそ、青春リベリオンは高校生最強バンドを選ぶコンテストなら、少なくともそのグランプリを取らないと、『最強』とは名乗れないでしょ?」
「なるほど……じゃあ、今回のライブで、青春リベリオンのスカウト権を勝ち取るってこと?」
「うん、そうなるかな」
「そっか。わかった」
吾妻は手元のノートにすらすらと今の話を書き込む。
「じゃあ、小沼は?」
「おれは、そうだなあ……」
なんだろう、と考える。
だけど、答えは決まっていた。
「おれは、全部欲しい。レコーディング権も、青春リベリオンも、全部」
強く、断言する。
「おお……」「かっこいい……」
横から市川と沙子の賞賛の声がする。
またおれ何かやっちゃいました? と思って吾妻に向き直ると。
「……あんた、あたしの話聞いてた?」
おっと。吾妻ねえさんめっちゃ呆れてますね……。またおれ何かやっちゃいました?
「あのね、意識を揃えようって話をしてるわけ。全部、じゃ結局定まらないでしょ? カッコつけててもしょうがないんだっての」
「すみません……」
「たしかに……」「かっこわるい……」
おい女子2人、手のひらを返すな。
「そ、そういう吾妻はどうなんだよ? 自分はちゃんと考えてるんだろうな?」
そして窮地に追いやられたおれは、こういう時に最もカッコ悪いコマンド『逆ギレ』を選択していた。
「あたしはね、」
吾妻は、真面目な顔で切り出す。
「有賀マネージャーにバンドとしてのamaneを認めさせたい」
「なるほど……」
そして逆ギレ後一瞬で頷く。
一緒に有賀さんの話を聞いたおれにはすごく納得感があった。
「あのマネージャーの人を崇拝してたら、amaneの信者の時と一緒なんじゃないの」
沙子が責めるわけでもなく、疑問を口にする。
「いや、そうじゃなくてね。有賀さんはシンガーソングライターamaneのことはあんなに買ってるけど、バンドとしてのamaneは評価してないわけでしょ?」
「そうなあ……」
おれは相槌を挟んだ。市川天音1人の方が市川天音を含む4人よりも価値があるとすら言った。……思い出したらちょっとむかついてきたな。
「……だからこそ、あの人にバンドとしてamaneを認めさせるってことはそれはシンガーソングライターamaneを超えたってことになるのかなって。それは、実は一番最初に超えないといけないハードルだと思うんだ」
「ふーん」
沙子が頷く。
「……だめ、かな?」
「いや、いいんじゃない。実際あの人の口車に乗ったおかげで、うちらは前進してる気がしてるけど、その口車に本当に乗れているのかは確かめておきたい」
「うん、ありがとう」
沙子の賛同を得られた吾妻が安心したように微笑む。
「そしたら、4人の希望が出揃ったね? どれにしようか?」
市川が首をかしげる。
「つーか、有賀さんて人がレコーディング権の方も青春リベリオンの方も審査員だったら、全部それでいいのに」
沙子がどうしようもないことを不満げに漏らす。
「いやあ、レコーディング権の方はどうしようもないでしょ。まあ、青春リベリオンは、大黒さんから審査員の打診はされてるみたいだったけどね」
「じゃあ、なんで」
「さあ……『もう、責任の持てない仕事はしない』みたいなことを言ってたけど……」
吾妻も首をかしげると。
「独立、かなあ……」
ぽしょりと市川がつぶやく。
「独立?」
おれが聞くと、「あ、全然想像なんだけどね?」と笑ってから、市川は続けた。
「有賀さん、マネージャーだけじゃなくて全部やりたいって言ってたことがあって。バディ・ミュージックみたいな大きい会社だと部署を超えた仕事は目をつけられちゃうらしくて、だから独立とかしたいのかなって」
「そっか……?」
大人の世界のことはよく分からない。
「ほんとのところは分からないけどね。まあ、どちらにしても、有賀さんがそれを受けないなら仕方ないよ! でも、私も、由莉のいうことはわかりやすくていいと思う。私の青春リベリオンも、これから大黒さんにだけ認めてもらうっていうのもなんだか変な気がするし、有賀さんに認めさせるくらいの音楽をしたらきっと大黒さんも認めてくれるんじゃないかな」
市川が自分の目標も吾妻の目標に統合できることを伝える。
「そうだな」
「まあ、有賀マネージャーに認めてもらうのはあくまで結果であって、バンドとしてのamaneの力を最大限発揮するってことだしね」
おれと吾妻がうなずいた。
「でも、レコーディング権はどうしようか?」
「それはそれで、絶対欲しいんだよな」
市川が質問するのに乗っかって、おれも主張する。
「やっぱり、『おまもり』はレコーディングして、英里奈さんに届けないと。いつでも聴けるようにして渡すことに、意味があると思うんだ」
そこだけは譲れない。
「ううーん、小沼の言うこともわかるんだけど、それだと結局2つになっちゃうから……」
「……やっぱりだめか?」
吾妻の表情をうかがっていると。
「わ、分かったっての! 目を見るな! ま、まあ、2つくらいならいいか……」
急にわたわたとし始めた吾妻がノートに大きく書きはじめた。
* * *
『レコーディング権争奪ライブ』成功条件
・レコーディング権をゲット!
・有賀マネージャーがバンドamaneを認める!
* * *
「こ、これでいいでしょ?」
「おお、ありがとう」
ノートをこちらに向けてぐいっと押し出してくる吾妻にお礼を伝える。
「ゆりすけは結局拓人に甘いところがある」
「だよねー沙子さん、私もそう思うなあ」
「……そういう時だけ結託するのやめてくんない?」




