第50小節目:Breakout
他の曲を一通り練習し、最後にもう一度市川に新曲を歌ってもらい、それをスマホに録音してスタジオを出た。
「それじゃあまた休み明け、かな?」
軽く手をあげて、市川が首をかしげる。
「うん、そうだね。じゃ。ねえゆりすけ、あの女の激しい方の新曲のベースなんだけど、ピックの方がいいと思う」
沙子が塩対応した後、吾妻にベースのことを相談しながら吉祥寺駅へと歩き始める。
「いや、あの女って……まあ、今はその精神をほんの少し分けて欲しいくらいだけど……。天音、ばいばい!」
それに引きずられるようにして吾妻も挨拶だけしてついていく。
「じゃあね、沙子さん、由莉!」
市川も沙子の対応には慣れてきたのか、ノーダメージの笑顔で手を振る。
「それじゃ、おれも」
「小沼くん、ちょっと待って」
2人に続こうとしたところ、袖口をきゅっとつかまれた。
「ん?」
「ねえ、小沼くん、明日って予定ある?」
「いや、ないけど……?」
「そしたら、その……明日、会いたいんだけど、だめかな?」
上目遣いで市川が聞いてくる。
「え? あ、はい、ダメじゃないです……」
そ、それってつまり、初めての休日デートということになるのでは……!?
「おい」
突然のお誘いに頬を染めるおれの肩が、強めに引っ張られる。
「何もたもたしてんの、行くよ」
ぐいっと引っ張られてそちらを見ると、沙子がいつの間にか戻ってきていた。
道の向こうのほうでは、吾妻が額に手を当てて「あちゃー」みたいな顔をしている。
「はいはい、沙子さん。じゃあね、小沼くん……またね?」
「お、おう……」
「早く」
沙子にカバンを引っ張られて、駅へと向かう。
「あんたら、キモい……」
「キモいって言うな……!」
吉祥寺駅のホームで、逆方面に行く吾妻に手を振り、おれと沙子は2人になる。
おれがスマホを取り出すと、ゆずからメッセージがきていた。
小沼ゆず『たっくん今日買い物よろしく!』
その下には、食材を書いたメモがキャプチャされて添付されていた。なんでコピペしないの?
「今日、拓人食事当番なの」
「まあ、昨日作ってもらっちゃったからな」
「ふーん。じゃあ、帰り、一緒に買い物してあげようか」
0.数ミリにやりとして、そんな提案をしてきた。
「いや、いいよ、自分で買えるよ」
「いやいや、地元のスーパーで一緒に買い物するのがいいんだって」
「いやいやいや、なんでだよ」
「いやいやいやいや、幼馴染っぽいじゃん」
こいつ、もしかして……。
「あの漫画の影響か?」
「いやー……」
沙子にしては珍しく、ばつが悪そうに目をそらす。
「何、そんなに面白いのか?」
「うん、まあまあ面白かった。幼馴染が欲しくなるっていう気持ちが少しだけ分かる」
「そうかい……」
こんなに瞳を輝かせている沙子ちゃんを見るのはいつぶりかな……。合宿の花火ぶりくらい? 『まあまあ』じゃなくて、かなり面白かったんだろうな……。
それからの電車の中では、『もう一度、恋した。』のどこがどう面白かったかという話をしてくれた。
このまま最寄り駅までつくかもな、なんて思っていたら、二度目の乗り換えのあと、沙子は突然話題を変える。
「……で、なんて言われたのマネージャーの人に」
……なるほど。
なぜか視線をそらしているあたり、本当はずっとそれが聞きたかったんだろう。
「ずっと気になってたなら聞けば良かったじゃん」
「なんか、拓人、言いたくないかもしれなかったから……」
「そうなあ……」
それでも我慢できなくなってしまったと言うところか。
……まあ、沙子には答えても構わないだろう。
「あのな……」
おれは、amaneの『わたしのうた』のデモを聴かせてもらったけど今とは歌詞もメロディも少しずつ違ったこと、シンガーソングライターamaneの信者であるおれたちは市川とバンドを組んでも市川に寄与することが出来ないのではないかと言われたこと、『キョウソウ』はゴーストライターを頼みたくなるほど良かったからそれがヒントになるのではないかと言われたことなど、おれはかいつまんで説明をする。
「ふーん……」
「沙子はさ、『あなたのうた』聴いた時、何か思うこととかあったか?」
「ん、どうだろう。うちは拓人たちよりも先に聴いてるし、状況もちょっと普通じゃなかったから。普通にいい曲だと思うし感動したけど」
「だよなあ……」
ふーん……と鼻から息を漏らす。沙子ですら感動した、と言ってるんだからやっぱり本物なんじゃないのか?
「いや、話を最後まで聞けっつーの」
「え?」
「『けど』って言ってんじゃん」
「はあ……?」
おれはてっきり『マジうけるんだけど!』の『けど』だと思ったが、続きがあったらしい。
「けど、なんだよ?」
沙子はコクリと一度うなずくと。
「けど、弾き語りの時の方が良かった気もする」
「とどめじゃん……」
けど、のあとにいいこと言うのかと思ったのに……。
でも、この感想は沙子にしか言えないな、と思った。もちろん口に出すことは出来るけど、それを嫌味じゃなく言えるのは、実際にバンドで音を鳴らしている沙子とおれだけだ。
「いや、違くて……なんていうの、今日歌ってたのもそうだけど、バンドでやると歌が少し埋もれるっていうか……」
「違くないじゃん…… 。まあいいや。じゃあ、『キョウソウ』は?」
おれはため息をついて質問を変える。
「んん……。あの曲は逆に、バンドでやるからこそいい曲。あの女も声が出てるし」
「声が出てる?」
「うん、あの女も頑張ってるんだって感じがする」
「いや、頑張ってるとは思うけど……でも……んん?」
沙子のその言葉に何か閃きそうになる。遠くの方にわずかにキラッと光るものが見える。気がする。
「どうしたの、拓人」
「んんー……」
沙子の期待するような視線を受け、腕組みをして、唸ってみるが……。
「ああ、だめだ……。有賀さんのようにはいかないなあ……」
再度ため息をついた。もう脳みそが疲れているのかもしれない。
「つーか、あのマネージャーの人、そんなにすごいの」
「うん、とにかくすごかったよ。何より有賀さんのamaneへの愛っていうかなんていうかそういうのがすごかった。吾妻が言いそうになった時に止めはしたけど、実際あの人がマネージメントしたら最強じゃんって感じはしたな」
「それ、本当にそうなの」
沙子が首をかしげる。
「そうなのって……?」
何を今さら、とおれは眉をひそめる。
「いや、別にあの人がどうかは知らないけど、本当にそんなにシンガーソングライターamaneのことを熟知してるならさ、」
「ん?」
ただただ疑問だと言うように、沙子は続ける。
「学園祭の日、どうして『キョウソウ』が市川さんの曲じゃないって分かんなかったわけ」




