第45小節目:夏空
「……それじゃあ、そろそろ行きましょうか。遅くなってしまってごめんね」
「いえ、こちらこそすみません」「これ、ごちそうさまでした」
おれと吾妻は有賀さんに頭を下げる。
スマホの時計をみると、夜7時。今日はゆずに遅くなると伝えているから大丈夫だけど。
有賀さんはきついことを言った自覚があるらしく、あのあと、かなり優しく、あまり関係ない話を色々してくれた。
おれと吾妻も、『amaneについて考えなければ』という意識はあるものの、意気消沈してしまい、すぐには立ち上がるのも困難だったので、必要な時間だったと思う。
こういうところも、やっぱりマネージャーの気質なんだろうなあ、と勝手に納得し、勝手に感心する。かっこいい大人だと、素直に思う。
「二人とも、家はどこ?」
廊下を歩きながらも、有賀さんは話をつないでくれている。
「あたしは青梅です」
「おれは、一夏町っていうところです」
「一夏町かあ……」
懐かしそうに眼を細める有賀さん。
「知ってるんですか?」
「まあ、色々ね……」
どうしてですか、と聞こうとした時。
「お。有賀が高校生を連れ込んでる!」
エレベーターホールのあたりで、向かいから歩いて来た金髪ショートカットの女性が声をかけてくる。
「ああ、うるさい人が来た……」
有賀さんがため息をつく。
「ねえ有賀、この子たち演奏する人? アオリベに勧誘してもいい?」
「するなって言ってもするんでしょ……」
「その通りでーす」
「えっと……?」
話が見えないし、誰かもわからず、知らない単語 (アオリベ?)も出て来て、おれはかなり戸惑っていた。その表情を見て、金髪ショートの人がにひひ、と笑う。
「ごめんごめん驚かせて。どーも、大黒月子と言います! アタシ、これをやってるんだけど、もしよかったら君たちも応募しない?」
そう言って大黒さんは廊下に貼ってあるポスターを指差す。
その先には。
『青春リベリオン、今年も開催決定!』
「あ、これ……」
たしか、市川と一緒に楽器屋でみたポスターだ。
「え、青リベをやってるんですか!?」
「そー、アタシ、プロデューサー」
「ぷ、プロデューサー……!?」
おれのぬるい反応とは雲泥の差で、吾妻が目をキラキラさせている。そんなにすごいことなの?
「いや、小沼、あんたなんて顔してんの。高校生バンドのコンテストだよ! 去年と一昨年、やってたけど、今年は開催できるかって話題になってて……」
「ほーん……とにそうなんですねえ……!」
「ばーか……」
なんとかあいづちをごまかした。この場合、吾妻じゃなくて大黒さんに失礼だ。
「お。知ってくれてるの? それじゃー、未公開の情報も教えちゃおう!」
「えっ?」
ノリノリだな……。そんでもってなんか見たことある気がするんだよなあ、この人……。
「今年は、この有賀マネージャーが! なんと審査員をやります!」
「え、そうなんですか!?」
ババン! という雑な効果音とともに放たれた情報に、おれと吾妻がそちらに見向くが、当の有賀さんは首を横に振る。
「やりません。この人が勝手に言ってるだけ。ねえ月子、私はやらないって何回も言ったでしょう……? だいたい、私……マネージャーなんだから。もっと、その……プロデューサーとかを呼びなさい」
「アタシも何回も言ってるでしょー? 有賀くらい見る目がないと任せらんないんだよ。原石を見抜いちゃってよ」
「私は責任の取れない仕事はしないの」
ぷいっと顔を背ける有賀さんはどこか子供のようだった。
「ほー? 拗ねちゃって。こいつ、マネージャーが作品作りに徹底的に関与できないのが不満なんだよ」
「そ、そうなんですか……」
ていうか高校生にそんな込み入った話していいの……?
「なー、有賀ー、この機に発掘して一発当てて、プロデュースもできるマネージャーになっちゃおうよ」
「……この会社じゃ、無理だって」
「弱気だなー、もー。まだ新人のころ、中学生の娘っ子のデモ聞いて眼の色変えてさ、『才能を見抜きました! 誰か一緒にデビューさせましょう!』とか言って、あんな、すっからかんのデモ音源を社長含む全社にメールして怒られた時の情熱はどこにいったんだー?」
「ちょっと、その話は……!」
有賀さんは赤面する。
「あの、それって……?」
吾妻が質問しようとするが、聞くまでもなく、もしかしなくても、amaneのことだろう。
有賀さん、結構感情そのまま系なのかな……。
「お。2人はamaneを知ってるの?」
「はい、まあ、知ってるというか……」
答えていいものかとごにょごにょしていると、有賀さんが引き継いで説明してくれた。
「はあ……この二人は、今、天音さんと同じ高校で一緒にバンドをやっている小沼君と吾妻さん」
「……まじで?」
お調子者っぽくしていた大黒さんが不意に真剣な顔つきになる。
「今、あの子、声出るようになったの?」
「はい、夏頃に。校内ライブで」
おれが答えると、大黒さんは有賀さんに向き直る。
「有賀、もしかして……それで、審査員やらないって言ってんの?」
「……違う、そうじゃない。というか、今はその話はやめて」
「……そーだな、ごめん」
話が見えてこないけど……?
眉をひそめるおれに、「なんかごめんねー」と、ごまかすように少し笑ってから、
「ライブの予定とかないの?」
と聞いてくる。
「あ、あります。再来週の土曜日です」
そう俺が答えると。
「はあ!?」
横から有賀さんが素っ頓狂な声をあげる。
「「へ……?」」
あっけにとられたおれたちに詰め寄って来た。
「あるの!? ちょっと待って、それを先に言ってよ!」
次の瞬間、さっきおれたちが名前を書いた手帳をバラバラとめくりながら、『再来週の土曜日……!』と目を血走らせていた。
「……あるじゃん、情熱。アタシは空いてるから行くよ。青リベのスカウト制度はこういう時のために作ったんだし」
「スカウト制度?」
おれが首をかしげると、大黒さんは嬉しそうにうなずく。
「よしよし、説明しよう! 君たちが説明相手一般人部門1人目と2人目だ」
「はあ……」「ありがとうございます!」
またもやテンションに差があるな……。
「まず、青リベの3つの審査から! まず、12月から1月の『音源審査』、2月に各地方のライブハウスで行われる『ライブ予選』、そして3月末に東京の野外音楽堂で行われる『本選』という順にバンドをしぼって進んで行く。ここまでOK?」
「は、はい」
音源審査を通ったらライブ予選に出られて、それが通ると本選に出られるということだろう。単純だ。
「で、本選に出る20組の中から1組がグランプリ、1組が準グランプリ、審査員特別賞とか、そんなのもある。とにかく上の方だとデビューできたり賞金がもらえたりするってわけ」
ふと、横のポスターを見ると『グランプリは200万円!&デビュー確約!』と書いてある。200万円、か……おれはそっとつばを飲み込む。
「で、『スカウト制度』の説明ね。去年も一昨年も、審査員になったうちの社員が自分のネットワークで知った高校生バンドに声をかけて応募させるってことを結構してて。別になんも悪いことじゃないんだけど、なんかこそこそしてると悪いことしてるみたいに思われるから、どうせやるなら堂々とやっちゃいましょーってことで社内審査員は1人1枠、いきなり本選までスキップさせられる権利を持ってるってわけ。これがスカウト制度!」
「審査員は何人いるんですか?」
「審査員は10人、社内審査員は5人。ほら、バンドに詳しい系の女優ちゃんとか文化人とかも審査員やるからさ。スカウト制度使えるのは、そういう人じゃなくて、バディ・ミュージックの審査員だけね」
大黒さんはパーに手を広げた。
なるほど、5枠、本選に進めるシード枠みたいなものがあるってことか……。
「そのスカウト制度のアタシの枠を誰で埋めるか、もう審査が始まってるというわけだ! つーことで、そのライブ行くから、場所は?」
「あ、えっと、ライブハウス『惑星系』です」
「あー、吉祥寺か。りょーかいりょーかい。いやー、ジンジャーエール飲みに食堂来ただけなのに思わぬ収穫があったぜー」
スマホを取り出して予定を入れているらしい大黒さんに吾妻が挙手をした。
「あの、大黒さん」
「んー?」
「そのライブで認めていただけたら、そのスカウト枠に入れるってことですか?」
「だから、そー言ってんじゃん。んまー、期限ギリギリまで他のバンドも色々見て決めるから、その日すぐってわけにはいかないと思うけど、一応候補には入るって感じかな」
「わかりました……!」
吾妻がしっかりとうなずく。
「あなたたち、だとしてもさっきの話は……」
「説教かー?」
楽をしようとしていると思われたのかもしれない。苦言らしきものを呈そうとした有賀さんを大黒さんがにやにやしながら遮った。
「説教はほどほどにー。ビビってるやつからは良い音は出てこないんだから。つーか、そんなにこの子たちをなんとかしたいなら審査員になってスカウトするなり落とすなりすりゃいいじゃん」
「……断ります」
「うわー強情。モテないでしょ?」
「モテる必要がないもの」
「はいはいそーですか」
いや、まあ、そもそも青春リベリオンに出るとはまだ一言も言ってないのだが……。
「有賀マネージャー、あたしたち、ちゃんと考えて答えを見つけ出すつもりです。ただ、それとは別にデビューへの道筋を知っておきたくて」
「……そう」
吾妻は誤解されたままでいたくなかったのだろう。しっかりと言い切った。
「アツいねー青春だねー! じゃね、amaneのバンドの人たち。楽しみにしてるー」
そう言って大黒さんは背中越しに手を振って去っていった。
残されたおれたち。
「あ、それじゃあ、おれたちもここで……」
おれがエレベーターを呼ぶボタンを押すと、すぐにエレベーターが開く。
挨拶をしながら無人のエレベーターに吾妻と2人乗り込んだ。
「……あ、あの」
だが、エレベーターの閉まる間際。
「はい、なんでしょうか……?」
その扉をおさえて、これから告白でもするのだろうかという表情で頬を染めた有賀さんが小さく声を出した。
「ライブ、すっごく行きたいので、チケットを一枚取り置きしておいてもらえますか……?」




