第2小節目:帰り道
「小沼くん、歌詞は書かないの?」
「そうなあ……」
「んー、でも私も書けないんだよね……」
おれは、学校の最寄駅である新小金井駅までの下校道を市川と二人で歩いていた。
すました顔で音楽の話をしながらも、心の中では「やべえぞこれは」となっていた。『音楽的に』という枕詞がつくとはいえ、3年間も憧れていた女子との急接近に、おれの心臓はついてこられていない。
学校から新小金井駅までの唯一の信号に差し掛かったところで、市川が手を叩いて言う。
「あ、ファミマ寄ってこ。アイス買ってこ?」
「お、おう」
ファミマ特有の入場曲(っていうのか?)のあのジングルに迎えられ、弱冷房の店内へと入った。
「歌詞かあ、どうしようかなあ」
amaneの二曲は作詞もamaneだったはずだから、歌詞なら書けるんじゃ? と、少しは思ったが、市川が音楽を出来なくなった理由をかんがみたら、むしろ曲よりも歌詞の方が書けないのも納得がいく。
「ねえ、小沼くん、一旦書いてみられない?」
「いやだよ」
即答で断ると、
「あのね、小沼くん。詩を書けない瞬間なんてありえないんだってよ?」
市川が冷凍庫の中のアイスを選びながらも、さとすような口調で言った。
「は、なんで?」
「『詩を書けない』って内容の詩を書けば良いから」
「はあ」
自分のことを棚に上げてよく言う。
「だから、ほら、書いてみよう! 即興でなにか! はい、どうぞ!」
冷凍庫から取り出した、まだ買ってもない棒アイスをマイクみたいにしてこちらに向けてくる。
「あ、あ……」
慌てたおれは、反射的にぱっと出てきた歌詞をつぶやいた。
世界のどの曲よりも聞きこんでいる曲の歌詞を。
『ねえ、自分にしか』
と、そこまで言った瞬間、自分が何を言ってるか気づき、自らの口を手でふさぐ。
それは、amaneの曲の冒頭の歌詞だった。
見やると、目の前で市川が頬を染めている。
「それは、ダメでしょ……?」
うるんだ目、上目遣いでおれを見てきた。
「ちょ、ちょっと待て」
汗が吹き出る。暑い。まだ六月のはずなのに。
この店、冷房強くしたほうがいいんじゃないか、などと、心の中で悪質なクレームを入れていると、
「あの、お客さま、商品で遊ぶのやめてもらっていいですか? 溶けちゃいますんで」
通りがかった茶髪の若い女性店員(本物)に注意されてしまった。
「「あ、す、すみません......」」
二人して、しゅん、とする。
すると、店員は軽く片眉をあげた。
「……二人とも、武蔵野国際の生徒だよね?」
「「え、あ、はい......」」
うわ、なんか、学校に通報されたりするんだろうか?
ビクビクしながら見ると、
「あたしも!」
そう言ってニッコリと笑う店員。
ゆるくパーマをかけているショートボブ。大きい瞳に吸い込まれそうになる。
胸元の名札を見ると『吾妻』と書かれている。
……と、高校生にしては膨らんだそこを見てしまったことに罪悪感を感じてすっと目をそらした。
「ていうか、あま……市川さん、だよね? あたし、4組の吾妻由莉です!」
「え? あ、うん、よろしく……。あれ、私のこと知ってるの?」
「もちろん知ってるよー、何気に初絡みだけどね! で、そちらの男子は……何組だっけ?」
「……6組の小沼です」
「小沼君ね、覚えた!」
ニッコリと笑う吾妻。
そのリア充の鑑みたいな笑顔がなんだかすごく様になっていて、おれは少しだけ見とれてしまう。
吾妻は学校近くのこのファミマでバイトをしているらしい。
「なになに、そんなに見ないでよ! っていうかさ、」
吾妻はそこから少し声をひそめて、いたずらっぽく笑う。
「……二人って付き合ってたりしないよね?」
「へっ!? どうして!?」
顔を赤くして慌てた様子の市川の横で、おれはなぜか肝を冷やしていた。吾妻のさっきの声音や目の奥に、そら恐ろしいものを感じたのだ。
「いや、そんなわけないか、冗談冗談」
あはは、と笑う吾妻からは先ほどの怖いオーラは消えていた。
「てかさ、コヌマくん!」
「いや、オヌマ……」
「オヌマくん!」
「なに?」
「さっき言ってた歌詞ってさあ……」
……は? 歌詞?
隣では市川が目を見開いている。
こいつ、もしかして……?
警戒心で身を固くしていると、その後ろを通ったファミマの制服を着たおじさんがコホンと咳払いをした。
「あ、やば。ごめんごめん、あんま話してると怒られちゃうからいくね。その溶けまくりのアイス、ちゃんと買ってってよ?」
そう手を振りながら吾妻はバイトに戻っていく。
市川の手元には、溶けかかったアイス。
「……割り勘にするか?」
「……大丈夫、自分で払う」
おれの提案に、すねたように市川が言った。
アイスを買ってファミマを出る。
市川は、封をあけた瞬間に出てくるクリームをはむっとキャッチするが、横から何滴か白い雫がこぼれていく。
それを指でぬぐう仕草になんだかどきっとしてしまう自分を自分で叱った。
「歌詞、さ」
ファミマの前の横断歩道を渡りながら、市川が呟く。
「一回も書いてみなかったの?」
「どういう意味だ?」
おれはそっと首をかしげた。
「だって、曲があって、メロディがあって、インストのつもりで作ってないなら、歌をつけようと思ったわけでしょ? そしたら、歌詞書こうと思うものじゃないのかなって」
「まあ、それは、そうだけど......」
なんだか居心地が悪く、頬をかく。
「書いてみた歌詞、あるなら見せて欲しいなあ」
市川は、そう言いながら、はむっと、最後の一口にかぶりつく。
「まあもちろん、無理にとは言わないけどね?」
そう言って、寂しそうに笑った。
どうやらおれは、市川がその表情をするのがあまり好きじゃないらしい。
「明日」
「ん?」
市川が棒をくわえたまま首をかしげる。
「明日、ノート持ってくるわ」
そう言うと、市川は、アイスを飲み込んで、
「ありがと!」
と、にっこり笑ってくれた。