第35小節目:ループ&ループ
ということで、第一回アーティスト写真撮影会議の開始である。
「構図、あたしの方で色々調べてみたんだ。ほら、これ見てみて」
そういって吾妻はスマホで、プロのアー写をスワイプして見せてくれる。
「いろんなパターンはあるんだよ。楽器持たないで並んで撮るパターンとか、それぞれの楽器を構えて演奏してる風のところ撮るパターンとか、演奏じゃない何かをしてるところを脇から撮ってもらうパターンとか……。撮影スタジオで撮っているようなやつだと、背景とかにメッセージ性を込めたりも出来るんだけど、どれが合ってるかなあって悩んじゃって……」
「わー、色々あるんだねえ……」
市川が画面を覗き込みながら感心している。
すると吾妻は大きく頷いた。
「それでね、あたし的にはやっぱり、amaneは青春バンドとして推していきたいところなんだよね」
「「「青春バンド……」」」
瞳を輝かせる吾妻と対照的にピンと来ていない3人。
「青春バンドって何」
「そりゃ、青春を奏でるんでしょ」
「あ、うん……」
沙子は質問の回答が満足いくものだったのか、それともこれ以上はどうせ分からないと諦めたのだけなのか、とりあえず引き下がる。(後者が濃厚)
おれにも、よく分からないけど、吾妻の熱意は伝わってきた。
「だから、これはちょっと短絡的と思われちゃうかもだけど、記号として分かりやすいものを背景に撮ったほうがいいと思うんだよね。だから、教室の黒板を背景に3人で楽器を持って立ってるところを撮るっていうのは……どうかな?」
「構図はいいと思うんだけど、3人って……?」
市川が首をかしげる。
おれはその脇で、別のことが気になっていた。
「ていうか、本当にごめん、小佐田さん。先に話して決めてから呼べって感じだよな……」
おれが頭を下げると、小佐田さんは両手を胸の前で振る。
「いえいえ、全然構いませんよ! それよりも、吾妻先輩は写真に入らなくていいんですか?」
「うん、あたしは、マネージャーだから」
首をかしげる小佐田さんに吾妻は返す。
すると沙子が脇から訝しげな視線を送る。
「いや、メンバーでしょ。4人で全部やってるんだから」
「そうだよ、由莉も含めて4人でamaneだよ?」
メンバーたちがずいっと詰め寄るのに対して、吾妻は困ったように笑った。
「ううーん……もちろん、そう言ってくれるのは嬉しいし、あたし自身も今さらあたしはメンバーじゃないなんていうつもりもないんだけどね。だとしてもあたしは写らなくていいよ。舞台に立たない人が写真に写ってたら観に来てくれた人が混乱するでしょ?」
ふーむ……。
たしかに、吾妻の言っていることは分からないではない。筋が通ってなくもない。
ただ、吾妻の場合は、そんな理屈よりも前に、写真に写るのが苦手だったり、自分の容姿への自信のなさみたいなことが影響している気がしてならない。
本当に、それでいいのか……? と問いかけようとした時、
「なるほどですね……」
小佐田さんが声を発する。
見やると、おれたち4人をしげしげと思案顔で見ている。
「……?」
そして、やがて、「そうだっ!」と手をたたいた。
「それじゃあ、吾妻先輩が3人の写真を撮るっていうのはどうですか?」
「え、あたし? いや、小佐田ちゃんが撮ったほうが絶対クオリティ上がるでしょ。あたし技術ないし……」
「いいんですいいんです、技術なんてもののは、シャッターを押す前の設定だけわたしがすればなんとかなります。それよりももっとエモーショナルな部分の方が大事ですっ!」
おいおい、そんなこと言っていいのか……? 世界中の写真家に怒られるんじゃないの……?
戸惑いながらも、とりあえずは教室で撮影するということになり、空き教室へと移動する。
途中、小佐田さんは「少々お待ちくださいっ!」と言って写真部の部室によって、何やらいくつか機材らしきものを取ってきた。
教室に着いたおれたちは教卓を掃除用具箱の横にずらし、教壇の上に3人で立つ。
市川はアコースティックギターを、沙子はベースを、おれはドラムを持ってくるわけにもいかず、スティックを束ねて手に持っている。
なんか、改めて撮られると思うとこっぱずかしいな……。
「吾妻さんはこちらのカメラでお願いします」
そういうと小佐田さんは首にかけているのとは別の、さっき部室から取ってきたらしいカメラを吾妻に手渡す。なんだか少しレトロな感じのするかっこいいカメラだ。
「それ、ヴィンテージもの!?」
教壇の上から市川が身を乗り出す。そういえば古いもの好きだったね……。
「いえ、ちょっと渋いですけど、中身はデジカメです。機能はとにかく、見た目がいいんですよね、えへへ」
「ふーん……? 見た目がねえ……。……機能はともかく?」
おれたちの向かい側、吾妻はカメラを見て首をかしげる。
「吾妻先輩、ちょっと構えていただいていいですか?」
「こ、こう?」
吾妻がカメラをぎこちなくも構えると、小佐田さんはその小さい体躯をカメラと吾妻の身体の間にすっと入り込ませて、画面を見ながら設定を調整したり、吾妻の腕をうごかしたりする。
なるほど、吾妻は本当にシャッターを切るだけの状態にするってことか。それにしても、もはやそれなら小佐田さんが撮ってくれても一緒なんじゃないか、と思うが……。
ときに、吾妻を横から見たり、吾妻の顔の角度の調整とかもしている。なんか知らんが、撮影する人の姿勢の黄金比みたいなものがあるんだろうか。
小佐田さんは当然おれたちにも、「波須先輩、もうちょっと前に出てください」とか「市川先輩と小沼先輩、場所入れ替わってください」とか、指示を出してくる。
調整に調整を重ねて、
「はい、これで大丈夫です!」
ニコッと笑った小佐田さんが少し離れて、窓際にもたれかかるように立つ。
「え? じゃあ、あたしこのまま押せばいいの?」
「ああ、顔を動かないでください、というかこちらを見ないでください。市川先輩たちもですよ、吾妻先輩のカメラだけ見ててくださいね! あと、吾妻先輩、そんな戸惑った顔で撮っちゃダメです。真剣さの中にわくわく感を込めた感じの笑顔お願いします!」
「む、難しいな……っていうか、あたしの表情関係なくない?」
「関係おおありですっ! 写真を見くびらないでください!」
え? 小佐田さんがそれいう? さっき散々見くびった発言してた気が……。
「とにかく、スマイルです! スマイル!」
視界の端なので分からないが、全身を動かして、口角をあげるよう伝えてくれているようだ。
「分かったよ……。じゃあ、撮ってみるよ? はい、1たす1は?」
「「古い……」」「にー!」
呆れ顔の一夏町出身の2人と、素直に乗っかる天使さん。可愛い……。
一度シャッターが切られるが、
「吾妻先輩もみなさんも、そのまま動かさないでくださいね。また同じ調整やらなくちゃいけないので」
と、すぐさま小佐田さんのつっこみが入る。
てっきり小佐田さんがカメラの画面を確認しにいくかと思ったが、「今のはテストということで……」と案外バッサリと仕切り直すことになった。
「それで、吾妻先輩、わたしが『せーの』って言ったら『はい、チーズ』でお願いします。そうじゃないと吾妻先輩が笑わないので」
「分かった分かった、そこがこだわりなんだね……」
おれは小佐田さんの『せーの』か吾妻の『はい、チーズ』でいい気がするんだけど、門外漢なので黙っておくことにする。
ふう、と吾妻は一つ息をついてから、
「じゃあ、いくよ……はい、」
それに合わせて、おれたちも声を揃えた。
「「「チーズ」」」!」
その瞬間。
吾妻の押したシャッターとは別のカメラが『カシャッ』と、より重厚な音を鳴らす。
「ん、小佐田ちゃん!?」
そちらを向けない吾妻が構えたまま声を出すと、
「……うん。楽にしていただいて大丈夫ですよ! みなさん!」
と小佐田さんがいう。
緊張を解いたおれたちがそちらを見ると、写真部部長はいたずらっこみたいに笑っていた。
「えへへ、ナイスショット撮れました、みなさん!」
「ど、どういうこと?」
「こちらです!」
小佐田さんが駆け寄ってきて、画面を見せてくる。
4人で顔を寄せて覗き込み、4人ともが感嘆のため息をついた。
「いいじゃん」
「なるほどなあ……」
「これは、amaneのアーティスト写真だね!」
「やられたあ……」
その画面には、amaneの演奏組3人と、その3人と向かい合って、カメラを向ける吾妻の姿があった。
「4人揃ってamane、なんですよね? 演奏する3人と、その3人が映えるように努力する吾妻さんで、一つのバンドってことじゃないですか」
それで、この構図を選んだってことか……。おれは小佐田さんの機転と理解に改めて感心する。
「せっかく一緒にいるのに、せっかくこんなに素晴らしい関係性なのに、それが残せないなんてやっぱり寂しいじゃないですか」
小佐田さんが優しく微笑むと、吾妻は圧倒されたように、手近な机に腰をあずける。
「小佐田ちゃんってすごいね……!」
「すごくないです! そうじゃなくて、恩返しというか……。わたし、本当に学園祭、感動したんですよ。今でも歌詞を覚えてます」
「ああ、『わたしのうた』の……?」
吾妻の口からこぼれたその言葉に、小佐田さんは、また笑う。
「その曲も素敵でした! でも、わたしが一番勇気をいただいた歌詞は……アンコール前の曲でしたっけ。『一番強くなるって 今、決めた』『私は、今日までの全部と一緒にこの曲を奏でるよ』って歌詞です」
「そっち、だったんだ……」
それは、吾妻が書いた『キョウソウ』の歌詞だった。
「だから、恩返しです。こうして、4人を撮らせていただけて、本当に良かったです!」
amaneが作った音楽が吾妻を動かし、おれを動かし、沙子を動かし。
そんなおれたちが作ったものが、小佐田さんを動かした。
そして、小佐田さんが撮った写真がきっとまた誰かを動かすのだろう。
ささやかかもしれないけど、それでもおれたちの感動は連鎖して、ささやかかもしれないけど、誰かの人生を変えていく。
「あの日、わたしに勇気をくださり、ありがとうございます!」




