第27小節目:『おまもり』
そして、土曜日の放課後がやってくる。
学校から吉祥寺のスタジオまでamane4人での移動は、市川と沙子、おれと吾妻でそれぞれ話しながら歩いていた。
「吾妻、歌詞出来たのか?」
「うん、出来たよ」
頷きを返してくれる吾妻は、眠そうなそぶりひとつ見せない。
「おお、さすがだな……。昨日来てなかったから、もしかしたらスタジオに行くまでの電車の中とかでも書くのかなって思ってたけど」
そう言うと、にひっと吾妻は嬉しそうに笑った。
「へへ、すごいでしょ? 褒めてくれてもいいよ? あたしにもたまにあるんだよね、少年マンガでいう覚醒回みたいなやつ。覚悟とか思いが固まると、一気に指が動くっていうか……! それが昨日の夜に来たってわけ」
「へえ……そんなんあるかなあ……」
おれは自分の作曲に置き換えて考えてみると……まあ、思い当たることがないわけでもないか。
「ていうかそれなら、昨日出来た時に送ってくれたら良かったのに」
おれがいうと、吾妻が頬をかく。
「んーまあ……みんながいるところが良いかなって思って。ちゃんと、自分の手で渡したいからさ」
「なにそれ。歌詞の一部かなんか?」
「違うっての」
はは、と少し笑う。
その言葉の意図を読み取りきることは出来なかったが、多分、自分のいるところで反応がみたいというようなことなんだろう。
そんなこんなで、おれたちは吉祥寺のスタジオに到着する。
スタジオに入って楽器の準備を終えると、
「よし、じゃあ、やりますか!」
と、市川が号令をかける。
「ああ……」「うん……」「そうなあ……」
その小さな防音室には、早速、どことなく緊張した雰囲気が充満していた。
「あれ、3人ともどうしたの?」
唯一ほんわかモードなうちのギターボーカルが首をかしげる。
「いや、なんか今日、ライブに出られるかどうか決まると思うと……」
その緊張感の理由をおれが代表して言うと、
「ん、どちらにしても、ライブには出るんじゃないの?」
と市川は反対方向に首をかたむけた。
「「「え」?」」
3人の声が重なる。
「いや市川さん、3曲出来る目処が立たないと出ないって言ってたじゃん」
沙子がそう問いかけると、
「ん? でも、だって、新曲、英里奈ちゃんに贈るんだよね?」
市川はおれの方を見てきた。
「うん、そうなあ……。いつでも聴いてもらえるような、寄り添えるような音楽になってくれたらって……」
「ちょっと小沼、いきなり曲に込めた思いを話さないでよ、無粋! それも含めてあたしが歌詞にして来てるっての」
作詞家ねえさんの主義に反するものだったらしく、強めのツッコミが入る。
「あはは……でも、そしたら、レコーディングした音源を渡さないとでしょ?」
おれたちのやりとりを見ながら市川は笑って続ける。
「それで、今回のライブは『レコーディング権争奪ライブ』なんだよね? だったら、ここで勝ってレコーディングするしかない! って思ってたんだけど……」
「たしかに……」
沙子がつぶやく。
「でも、3曲出来る目処を立てないと出ないって市川さんが……」
そしてもう一度最初とほぼ同じ質問をする。
「うん。だから、何が何でも3曲作って出ようよ!」
と市川が強気に笑い、
「まあ、それでいいならいいけど……」
沙子は、0.数ミリの呆れ笑いと共に、それを飲み込んだ。
「……それで、その肝心の新曲を私だけ聴いていないみたいなんだけど……?」
市川は怒った感じでも拗ねた感じでもなく、むしろ、今日聴くことが出来ることが楽しみなのか、期待したように目を輝かせる。
「ああ……そうだな」
おれは沙子と吾妻の方を見る。
「うちはベース考えてきたよ。ゆりすけは」
吾妻は、ふう……と大きく息をついて、
「うん、歌詞も、出来たよ」
と、顔をあげた。
「ありがとう! そしたら、せっかくだから、小沼くんの作ったデモを聴きながら、歌詞を読みたいかな」
「わかった、そうしよう」
おれはドラムイスから立ち上がり、自分のスマホをスタジオのスピーカーにつないだ。
「よし、再生できる」
おれが声をかけると、
「わかった、じゃあ、送るね」
吾妻は、スマホを操作する。
その指は少し震えているように見えた。
「吾妻、大丈夫か?」
「……うん、今回のは、その……あたしに書ける精一杯だから、ちょっとドキドキするね、あはは」
そう言って、困り眉で笑ってみせた。
「でも、きっと、大丈夫」
そして自分を鼓舞するように強く頷いてから。
吾妻がぐっとスマホの送信ボタンを押す。
それぞれのスマホが震えて、
『由莉がノートを作成しました。』
歌詞が届いた。
* * *
『おまもり』
あなたがたった一言で 世界をひっくり返したあの日
心の底から かっこいいと思ったんだ
あなたはきっとこれからも この視線を奪い続けていく
おなかの底から かなわないと笑ったんだ
その勇気を分けてもらって
そこから糸を紡いで 縦と横に編んだら
ほら 一つ 曲ができたよ
なんの足しにもならないかもしれないけど
きっとあなたがあの人を想うのと同じくらい
あなたのことが好きだよ
それがどういう意味合いかは内緒だけど
そしたら「なにそれ」って
あなたが いつもみたいに笑ってくれるなら
ちょっとでも その心があったかくなるのなら
泣くほど嬉しくなるんだ
ねえ それだけで 伝えて良かった
あなたが誰かのために 世界をひっくり返したあの日
心の底から 幸せを願ったんだ
その覚悟を貸してもらって
その言葉を紡いで 大切に編んだら
ほら 一つ 歌ができたよ
なんの役にも立たないかもしれないけど
きっとあなたがあの人を想うのと同じくらい
あなたのことが好きだよ
それがどういう意味合いかは内緒だけど
そしたら「なにそれ」って
あなたが いつもみたいに笑ってくれるなら
ちょっとでも その心が前を向いてくれるなら
あの人だって同じはずだよ
ほら それだけで 伝えて良かった
苦しいときは歌って
それが いつもみたいな笑顔の力になるなら
ちょっとでも その心があったかくなるのなら
泣くほど嬉しくなるんだ
ねえ 好きになれて 本当に良かった
長くなってごめんね
ありったけの思いと ありったけの祈りを 編み込んで
おまもり 作ったから
もしよかったら
この歌だけ あなたのそばにおいてね
この歌だけでも あなたのそばにおいてね
* * *
音が鳴り終わり、小さく沙子が口を開く。
「ねえ、ゆりすけ、これって……」
「小沼とあたしたちから、英里奈へ贈る曲だよ」
何かを言いかけるのを吾妻が遮り、言い切った。
「うん、そう、だけど……」
吾妻はなんだか泣きそうな顔になって微笑む。
「もう、さこはす。歌詞の解釈を作詞家に聞くなんて、無粋だよー?」
「ごめん……」
そして吾妻は、何かをこらえるみたいに下唇をぎゅっと噛んで、市川に向き直る。
「ねえ、天音?」
「……なに?」
「この歌詞で、歌ってくれる? これが、今のあたしに書ける精一杯、だから。……だから、」
ふっと、息を吐いて、まっすぐ市川の目を見て告げた。
「天音に託したいんだ」
「……うん、もちろん」
市川はしっかりと真顔でうなずく。
その瞳は少し潤んでいるように見えた。
「バトンはちゃんと、受け取ったよ。由莉」




