第18小節目:We Will Go
放課後になり、学校のスタジオにamaneの4人が集まっていた。
市川だけが立って、他の3人はイスに座っている。(おれはドラムだから仕方ない)
先ほどから、おれが昨日の朝に吾妻に聞いた話をみんなに共有し、ライブに向けての方針について会議していた。
いや、会議というよりは……。
「と、いうことで! 今週の土曜日までに曲が出来そうな目処がついたらライブには出る、それまでに出来なかったらライブには出ない、ってことで良いかな?」
「うん……」「だねー……」
沙子と吾妻は心ここに在らずである。ほとんど一方的に市川が話しているので、会議というよりも講義みたいになっている。
「……ねえ小沼くん、この2人はどうしたの? 相槌が小沼くん並なんだけど……」
「無意味におれのこと傷つけるのやめてもらっていい?」
おそらく、沙子は今頃行われているであろう間と英里奈さんの話し合いが気になっていて、吾妻は一昨日に大友くんから話された何かについてまだ考えているということなんだろう。
沙子はともかく、吾妻が他の悩みをバンドの時間に持ち込むのはなんだか意外な気がした。
どちらにせよ、そのどちらの悩みについても市川は把握していないため、この温度差は仕方ない。
「本番もそんなに遠くないんだから、どんどん進めていきたいんだけどなあ……。歌いたい歌がないのに無理やり出るのも違うと思うけど、なんとなくでチャンスを逃すのは私もっと嫌だよ?」
「「そうなあ……」」
「あのさ、せめてその口ぐせでかぶるのはやめて?」
呆れたようにため息をついた市川は、「んんー、この集中力のない状態で言いたくないけど……」的なことをもごもご言っている。
「市川……?」
市川は目を閉じ、眉間にしわを寄せ、その人差し指と中指をおでこにあて、むむむ……と考えてから、やがて「よしっ」とぎゅっと拳を握った。
「はい!」
そして、挙手をする。
沙子と吾妻はほけーっとそれを見上げた。
「んんーっ!」
唇をとがらせておれに目線をやってくる市川。……ああ、おれしか指名できる人がいないのか。
「はい、市川さん……」
すると。
「市川、曲できたんですけど!」
「「「え、まじで」」?」
拗ね気味のその報告にさすがの2人も意識を取り戻す。
「そうだよ! それを言いたかったのに全然身が入ってないから……もー!」
頬を膨らませる市川に、
「ごめん、天音……!」
「市川さん、それを先に言ってくれたらうちももっとちゃんと聞いてたよ」
素直さんと強情さんがそれぞれ返事をした。いや、強情な方はちょっと反省しなさい。
ていうか、この人いつ曲作ってるんだろう……。昨日一緒に帰ったんだけどなあ……。
「あ、でも、歌詞はまだだけど……」
「それは本当なの」
沙子がわずかに首をかしげて質問する。
「うう、疑われてる……! 今回は本当だよ? この間みたいな、できてるけどってことじゃなくて……。乗せたい気持ちは決まってるんだけど、まだその言葉を拾えてないっていうか」
「わあ、詩的……!」
吾妻が目を見開いて感銘を受けている。君の方がいつもよっぽど詩的だけどね。
「それで、これから初披露するのでちゃんと聴いて欲しいです! 分かった?」
「「「はい」!!」」
3人それぞれが姿勢を正す。
「えへへ、よろしい! それじゃ、歌うね?」
そう言った次の瞬間、市川はピックを持った右手を振りかざす。
そして、その右手が振り下ろされて始まったのは。
激しいロックミュージックだった。
「おおー……!?」
感嘆と戸惑いが混ざったようなため息が漏れる。
「うひゃあ……!」
吾妻もその勇姿にとろんとした表情になる。
これまでの3曲『わたしのうた』『ボート』『あなたのうた』はどれもテンポの違いはあれど、優しさの中にどこか切ない曲調の、大別するならバラード調の曲だった。
だけど、今回はそれまでとは全然違う。
掻き毟るほどの勢いで弾き鳴らされるアコースティックギターはコードだけではなく、まるで自分は打楽器だと言わんばかりにリズムを刻み、そこに乗せられる市川の歌は、いつもの綺麗でよく通る声と同じとは思えないほど、ところどころしゃがれて、その強く出入りする呼吸と共に力強くこちらに圧力を与える。
3人それぞれが圧倒されっぱなしだった。沙子なんか口をあんぐりと開けている。
演奏を終えて、まばらな拍手が起こる。
「えっと……どうかな?」
それまであの攻撃的な演奏をしていた人とは思えないほどの柔和な、照れ臭そうな表情でこちらに聞いてくる。
「いや、これは……」
「市川さん」
おれが答えようとするのを、沙子が遮る。
「やばすぎるよ、これ……!」
「「!?」」
沙子の語尾におれと吾妻がぎょっと目を見開いた。
「沙子さん?」
「めっちゃカッコよかった……! 何、この頭のどこにそんなの隠してんの」
沙子はそういいながら市川に近づいていき、その頭を両手で掴む。
「近いよ? あれ、ちょっと? ねえ、頭振らないで!」
そしてその掴んだ頭を揺り動かすように振り始めた。まるでそうすることで何かが出てくると思っているみたいだ。
「さこはす! 天音、目が回っちゃうから!」
「あ、ごめん」
吾妻の言葉に沙子がそっと手を離す。
「んへえ……」
目を回した市川が片手で頭を抱えてしゃがみこんだ。
「こんなのどうやって作ったの、今まで作れたことなかったじゃん」
市川は沙子を片目で見上げながら、なんてことなく答える。
「別にいつもと変わらなくないかな? 思ったことを音にしただけだよ?」
「「でしょうねー……」」
信者サイド2人はもはや呆れ笑いを浮かべる。そんな『いかにも天才』みたいな、一周して恥ずかしいくらいの、むしろ『それ言おうと思って用意してたでしょ!』的なそんなセリフを、本当にてらうわけではなく、この人は素で口にするのだ。
「あ、そうすか……」
沙子も急速に戦意喪失している。
「え、その反応なにかな? 私は聞かれたことに答えただけなのに……」
納得いかないという表情でぶつぶつと文句を言った後、
「えっと、それで、この曲は……?」
とこちらに目線をあげてくる。
「ぜひ、やらせてください」
「やったね!」
おれが代表して答えると、ニコッと笑った。
とりあえず歌詞は『ラララ』で練習を重ねて、最終下校時刻になった。
「ど、どうも……部直、です……。あ、吾妻部長……!」
「ピアノの子だ」
「ステラ……! 一人で部直回れるようになったんだね……! ていうか今日の部直、器楽なのかあ……。う、器楽部ロスが……」
「由莉、大丈夫……?」
そんな突如始まった感動的っぽいやりとりを尻目にスタジオを出たところ、ポケットで小刻みにスマホが震える。
最近よく震えるな、おれのスマホ……。
『……今日ねぇ、結果がどっちでも、たくとくんにラインするからぁ』
そんでもって、その相手はもう、1人しか考えられない。
電話とは言ってなかったけど、LINE通話ならラインと言えるのか。どうなんだろう。どうでもいいか? どうでもいいな。
多分緊張をおさえるためにそんなことを少しだけ考えてから、その受話ボタンをぐっと押した。
「……もしもし?」
『あ、たくとくぅん! えっへへぇー。電話しちゃったぁー』
電話の向こうでは、きわめて上機嫌に聞こえる、へらへらとした笑い声。
「英里奈さん……えっと、その……」
おれは息を大きく吸い込んだ。
「どう、だった……?」
『えっへへー、それ聞いちゃうー? 聞きたいー?』
あははぁー、とひとしきり明るく笑ってから、その結果を告げた。
『だめ、だったよぉ……』




