第4小節目:What Goes On
「小沼くん、もう大丈夫? 私、下の名前で呼んでないのに……」
「そ、そうなあ……」
おれは息も絶え絶えに、市川と共にとりあえずマックにたどり着いた。
レジに並んでいる最中、市川は「今日は何シェイクにしようかな?」とか言ってる。いや、マックシェイクしかないんだけど……。
ふむ、それにしても、だ。
こういう場合はやっぱりおれが市川の分も出した方がいいのだろうか。
うん、その方がなんというか……付き合ってるっぽい。気がする。
なんて思って、レジでオーダーをした市川(なぜかおれの頼もうとしたコーヒーも一緒に頼んでくれている)の横から、200円ちょっとを出そうとすると。
「私、自分の分は自分で出すよ?」
と制されてしまう。
「いや、でも……」
言い澱むおれをまっすぐに見上げて、彼女は言うのだった。
「それよりも、その分2倍、一緒にマックに来よ?」
「お、おう……!」
たじろくおれたちのトレイの上には、砂糖の長細い包みが10本くらい乱雑に置き放たれていた。なんすか……?
お会計を済ませて二階に上がり、窓際の席へと自然と足を向けると。
「「あっ……」」
そこには、ピンクベージュのふわふわツインテール、みんなのアイドル(だけどミスコンは4位)の小悪魔さんが一人で座っていた。
おれたちの声に気づいたらしく、じろっとこちらを振り返ると、
「うわぁぁぁぁぁぁんたくとくぅぅぅぅぅん!」
涙目で、すがりつくようにこちらにやってきた。
「それで、どうした?」
市川が英里奈さんをなだめたあと、2人して英里奈さんの正面に座ってみると、
「たくとくんがえりなのこと構ってくれないから一人でマック来てたぁ……」
「あ、いや、今何をしてたっていうよりは何があったのかってことなんだけど……」
今まったく燃えてない火種を作るようなことするのやめてくれない?
おれの心配などどこ吹く風で、本当に泣いてはいないくせに、スンとあざとく鼻を鳴らしてから、話し始めた。
「えりなさぁ、学園祭のロックオンで、チェリーボーイズのゲストボーカルで出たじゃぁん?」
「そうなあ……」
「あれ、すっごく可愛くてよかったよ!」
「あぁ、うん、ありがとぉ……」
チェリーボーイズのライブに突然サプライズゲスト的に出て来てYUIの『CHE.R.RY』を歌ったのだ。その小悪魔なアイドル性にみんな釘付けであった。
そして、そこで英里奈さんは、かねてからの想い人であるところの間健次にその曲の歌詞になぞらえて『多分、気づいているでしょ?』と、告白同然のことをしていた。
「あれから、なんか、健次の様子がおかしいんだよぉ……」
「どんな風に?」
「なぁんか、話しかけようとすると、爽やかに苦笑いしながらどっか行っちゃったりぃ……。えりなの気持ち、わからなかったのかなぁ……?」
英里奈さんはチョコのマックシェイクをずずずと吸い込む。
「いや、どっちかというと、伝わってるからおかしくなってるんじゃないの?」
「やっぱりそぉかなぁ!? だよねぇ……、じゃぁ、やっぱりダメってことなのかなぁ……。えりなもたしかにちょっと動きが早かったかもなぁ……。うぅー、もぉどっちでもいいから答え欲しいなぁ……」
ぼやきながら「ふへぇー」と机に突っぷす。
「分かるよ、英里奈ちゃん!」
すると、おれの隣で同意だドン! とばかりに机を叩いて前のめりになる女子がいた。
「ほへぇ?」
「これだけ分かりやすく言ってるのに分からないわけないよね、ってことだよね!?」
「う、うん……」
「なんでそれをはぐらかすようなことをするのかな、ってことだよね!?」
「そ、そぉです……!」
んん、なんで市川さんは熱が入っちゃったのかな?
「こっちはすっごく勇気出して言ってるんだから、それ相応の対応してもらいたいよね!?」
「そぉだよねぇ!?」
と思っていると、英里奈さんまでスイッチ入ってしまった。
「なんで男の子はそうなんだろうね!? あれ、どう考えても告白してたよね!? 学園祭まで延ばす意味あった!?」
「だよねぇ!?」
あれあれ、市川さんの『あれ』は英里奈さんの『あれ』のことですか? 間は学園祭まで延ばしてないよね? ……色々あったんだよ! 説明したじゃん! ごめんなさい!
「どう思うたくとくん!?」
勢いづいた英里奈さんがずいっと前のめりにおれに近づいてくる。
「いや、間にも色々あるんじゃ……」
「「色々って何!?」」
ちょっと2人とも、ここ公共の場だから……。
でも実際、間に色々あるのは本当であろう。そりゃもう、市川さんが怒ってる理由のその人よりも真っ当に色々あるに決まっている。
そもそも、普通に考えたら間は沙子のことをまだ想っているはずなのだ。その前提がある中で、英里奈さんからの告白を受けた。
3人組で仲が良く、英里奈さんは間にとっては恋の相談も出来る女友達。彼の交友関係には詳しくないが、はたから見ている感じだと、英里奈さんはその女友達ポジションの中でもきっと一番の仲良しなのだろう。
その関係性自体を壊したくないという気持ちは少なからずあるはずだ。じゃないと、むしろ英里奈さんが報われない。
だけど、英里奈さんの告白にぶっちゃけグッと来てしまった自分もいる。
『いやいや、波須への気持ちがそんなことでなくなるって、オレどうなん?』っていう彼なりの矜恃やら仁義やらも働き、要するにパニックなのだ。
ちゃんと断るべきなのか、受け入れるべきなのか。なんなら保留すべきなのかも分からずに、それすら保留しているというのが今の状態であろう。
……おれ、いつからこんなに人の心の機微が分かるようになったんだ?
鈍感であるという『逃げ』を捨ててアップデートされた自分に驚きながらも、たった一つ確かなことがあるとするのならば。
「完全に脈ナシってわけじゃないってことだろ」
「たくとくんのくせになんか分かったようなこと言ってるぅ……。たくとくんが偉そうに語る恋愛の論理何ひとつとしてピンと来ない……」
それは、辛いけど否めない……。
「むぅー……万策尽きたよぉ……」
再度机に突っ伏す英里奈さん。意外と難しい言葉知ってるんだね。
「どうしようかなあ……」
「そうなあ……」
んんーと腕組みして考えているおれたちのもとに。
「あ」「マジかっ……」
そこになんと。
「ありゃ、天才的にタイミングが悪いね……」
沙子と間が2人でそれぞれトレイを持って、階段の下から現れた。




