第68.54小節目:ミス コンテスト(エントリーNo.4:吾妻由莉)
<作者コメント>
要注意です!
短編のあと、一番下(後書き部分)に、吾妻由莉のキャラデザ画像が掲載されています。
ビジュアルを脳内のみで進めたい方はご覧になるのをご注意くださいませ。
3人目の撮影を終え、おれは金髪様と共に4組へと向かう。
手前にあった6組の教室を通り過ぎるところで、
「ん。別に、送ってくれなくても大丈夫なんだけど」
と、沙子が小さく首をかしげた。
「あ、いや、4組に用があるだけなんだけど……」
あと、他のクラスにはそのクラスの人と行く方がまだ居心地がいいからなんだけど。
「……あっそ」
おれの返答が気に食わなかったらしく、沙子は0.数ミリ口をとがらせてまた歩き出す。
とはいえ、目当ての人が戻ってきてるとは限らないんだけどな。いなかったらラインでもしてみるか、と思ったその時。
「おー、小沼とさこはす。昼休み一緒にいるの珍しくない?」
なんとナイスタイミング。
ちょうど戻ってきたところらしい。サマーベストを着た吾妻ねえさんが角の向こうから現れて「よっ」と右手を挙げた。
「ゆりすけ、昼練終わったの」
「うん、お昼ご飯食べなきゃいけないから」
そう言って吾妻は左手に提げていた売店の透明なビニール袋を軽く胸元にかかげる。透明なビニールに入っているのは、おにぎりと缶のカルピスウォーター。
「その食べ合わせどうなの……」
沙子が気持ち悪そうに口を開けると、
「え、うそ、おかしい?」
と、袋を目線まで上げて、むむむ、と眺めた。
「えっと、もしかして、高校生はおにぎりとカルピス一緒に食べない……?」
「いや、むしろ中学生か高校生くらいしかそんな食べ合わせしないんじゃないの」
吾妻が不安そうに尋ねて、呆れたように沙子が答える。
その回答を聞いて、
「それなら、青春の味ってことじゃん!」
と、目をキラキラ輝かせて良い笑顔を見せる青春部部長。
「はあ、うん、別にいいけど……」
うーん、部長さんの行動基準はブレないなあ……。
「そんで、小沼はどしたの?」
呆れを通り越して感心するおれに吾妻が水を向ける。
「あー、いや、吾妻に用があったんだけど、これから昼飯食べるなら放課後でもいいか」
「ん? 何が?」
微笑みながら、『とりあえず言ってみ?』とばかりに首をかしげる吾妻ねえさん。
うーん、そういうことなら、
「えっと、ミスコンの撮影なんだけど」
と、伝えた瞬間。
「うにゃ!? ミスコン!?」
その大声が廊下に響く。
「うっさい……」
沙子が肩をビクッとさせて、とっさに耳をふさぐ。
大声の主はわなわなと手を震わせて信じられないといった顔をしていた。
「あたしでいいの……?」
そんな純粋な瞳でおれのことを見られても、おれは撮影係を請け負っただけなので吾妻でいいのかは分からない。分からないけど、
「ゆりすけの何が問題あるっての」
沙子の意見に同意だ。
というか、吾妻は去年エントリーされてなかったのか。
「えっと、他の候補は……?」
「市川と英里奈さんと沙子」
「うそでしょ、amane様と同じ土俵に立つってこと……!?」
「いや、うちと英里奈もいるんだけど」
全然眼中にないと言われたも同然の扱われ方をした沙子が当然のごとく憮然とツッコミを入れるものの、吾妻はそれにも応じず呆然としているので実際どう思っているかは判然としない。(なんの脈絡もなく発生したシンコガネイ・ディビジョン)
「えーと……、ということで、吾妻の撮影したいんだけど、放課後部活行く前に少し時間もらえるか?」
「ふぇっ……?」
「いや、意識飛びすぎだろ……」
CDデビューが決まったアーティストだって、そこまでにはならないんじゃないの?
「ちょっと、ゆりすけ。ゆりすけは普通に可愛いから。あの女よりも可愛いっつーの」
また沙子さんは市川のことをあの女呼ばわりする……。嫌いなの? それとも嫌おうとして強がってるだけなの? ツンデレなの?
「そんな、あっしみたいなもんがとんでもねえですよ……」
「その口調は可愛くない……」
信者モードが加速して卑屈になった吾妻が右手で髪をくしくしといじったあと、
「ご、ごめん……。まだちょっと実感が湧かなくて……。えっと、撮影は今でも大丈夫だよ。というか放課後は部長が部活に遅れるわけにいかないから、今の方が助かる。そういうことならお昼ご飯食べないし」
「え、昼飯食べないでいいの?」
「うん、だって、食べない方が痩せてるだろうし……」
「いや、さすがにストイックすぎじゃない? そんな瞬時に太らないだろ、別に元々太ってないし……」
「え、そうかな?」
吾妻が自分の身体をペタペタと触りながら訊いてくるので、なんだかそのラインを意識してしまい、
「と、とにかく、ととと撮るならははは早くしようぜ」
と、どもりまくりながら廊下を早足で歩みを進めた。
「あれ、小沼あ、どうしたのー?」
いつもなら《読心術》で一発だろうに、吾妻はいつぞやの肝試しみたいな話し方で質問しながらとことこと後をついてくる。
「くそっ……」
どこかの金髪のずいぶん悔しそうな声とペタペタと自分の身体を触るような音が後ろから聞こえた。
いつの間にか撮影スタジオと化した空き教室に再び戻る。
「それじゃ、撮るから壁の方に立って」
「う、うん」
緊張したように吾妻がうなずいた。
おれはカメラをそっと構える。
すると吾妻は気をつけの姿勢で立って、
「ど、どこを見たら良いの……?」
と、戸惑っている。
あまりの緊張具合になんだか気の毒になり、一旦カメラを下ろした。
「吾妻って写真撮られ慣れてないのか? いや、おれが言うことでもないんだけど……」
「あー……。まあ、写真があんまり得意じゃないのはそうなんだけど、そうじゃなくて、なんというか……」
珍しく気弱そうにもじもじとする吾妻がやがて意を決したように、顔をあげて、おれの目をまっすぐ見つめる。
「ねえ、小沼。ミスコン候補、あたしでいいのかな?」
「へ?」
再度の質問に間抜けな声が出てしまう。
「いやだから、さっき沙子も言ってた通りで……」
「さこはすが可愛いって言ってくれたのは、着飾ったあたしでしょ?」
「……どういう意味?」
問いかけると、吾妻はうつむき気味にはにかんで、話を続けた。
「ちょっと前に話したことあったでしょ、あたしが高校デビューだって話」
「まあ、それは聞いたけど……」
たしか、中学時代にクラスの中心から離れたところにいて、詞を書いているところとかを見られたりして、思い描いていた青春を送れなかったと言う話だ。
「だからね、ありのままのあたしっていうか、素のあたしって、こんなんじゃないんだよ。中学時代に憧れたamane様や、クラスの中心にいたあの子たちみたいになりたくて……。それでなんとか見せられそうな部分を探して、沢山あるみにくいところを隠して取り繕って、それでなんとか成り立たせてるってだけで」
「はあ……」
おれは首をかしげる。
「つまり、みんなに見せているあたしは、イミテーションっていうか、まがい物っていうかさ。だから、あたしなんかでいいのかなって……。あたしは、あたしが本当はこんなんじゃないって知ってるから」
「……普段の吾妻は嘘だっていうのか?」
「んん、うそとまでは言わないけど……」
吾妻は自嘲気味に笑い、うつむいている。
おれは、頭をかいた。
自信を持てとかって言うのは、おれの言えることでは絶対にないし言うつもりもないんだけど、今の吾妻の話は理屈としておかしいなと思うところがあったのだ。
「んーと。例えばさ、楽器が下手な人がいたとするだろ? ていうか、楽器なんか最初はみんな初心者なんだから、誰しも下手からのスタートだよな。で、その人が一生懸命練習を重ねて上手くなった時に、『元々のお前は下手くそじゃん』とか、『本当のお前は下手くそじゃん』とか言うやつがいると思うか?」
「ほえ?」
突然長文で語りかけるおれに可愛らしい声をあげて首をかしげてきた。
「ごめん、ちょっと喩えが下手でわかりづらいんだけど……」
と思ったら、眉間にしわを寄せて全然可愛くないこと言ってきた。いや、自信なさげな割に結構辛辣ですね……。
「いや、だから、今の吾妻が……」
それだけ可愛いのは、と続けようとして、ぐっと飲み込む。
「……あー、えっと、つまり、ミスコンに選ばれるくらいになったのは、努力した結果でしかないだろ?」
吾妻が大きな瞳をさらに見開く。
「どゆこと?」
「だから。努力によって、元々の吾妻の上に重ねた部分も全部、吾妻自身だろ」
「……ほんとに?」
「本当に」
吾妻は目を丸くしておれの表情を見て、小さく「そっかあ、本心なんだあ……」とつぶやいた。
そして、やがて、
「はあー……」
と、深くため息をつきながら肩を落とす。
「なんでため息だし……」
「小沼ってさあ……、そういうの、本当に無自覚でやってんの?」
じろーっと横目で見られた。
「はあ?」
「……ううん、なんでもないっ」
今度はおれが眉間にしわを寄せて思い切り嫌な顔をしてやると、それを無視し、んんーっと何かが吹っ切れたみたいに後ろに両手を回して伸びをする。
「なーんか、スッキリした!」
ニコッと笑ってこちらを見る吾妻。
「今なら写真、大丈夫な気がする」
「お、おお」
おれはその感情が持続しているうちに、と急いでカメラを起動し直す。
「ねえ、小沼」
「ん?」
設定画面を見ながらそう答えると、やけに照れ臭そうな声音が聞こえた。
「んと……ありがとね?」
「へ?」
あんまり珍しいことを言ってきたので画面から目を離してそちらを向くと、
「ちょっと、こっち見んなし!」
と顔を赤くしている吾妻。
「いや、そっち見ないと写真撮れないし……。はい、撮るよ」
なんだかおれも照れそうになったのを誤魔化す意味も込めて、そっとカメラを構えた。
すると、ファインダーの中、吾妻は控えめに微笑み、左手を後ろ手に回し、右手をパーなのかチョキなのか、なんと形容したらいいのか分からない、ピースの出来損ないみたいな形にした。
「そのポーズなんだし……」
「なんだろね、あはは」
だけど、吾妻のそのポーズは、なんというか。
おれが想像するギャルとは全然違うし、多分リア充はそんなポーズしないだろっていうような全然意味のわからないものだったけれど。
そんなところこそ、吾妻らしくてすごく魅力的だとそう思うのだった。
「……ほんと、悪いやつだなあ」




