第70小節目:虹
「……中学の時の同級生が、並んでる」
それって……。
「吾妻が歌詞を書いてることを人に言えなくなったきっかけの……?」
「……うん、ちょうどその人たち。前島さんと……大田さん」
「まじか……」
間、余計なもの呼び寄せてんじゃねえよ……。いや、間は悪くないけども……。
「あ、でもね、体育館入ったら暗いし、今並んでるのもすっごく前の方だからその列から外れることもないだろうし、多分すれ違わずにやりすごせると思うから、大丈夫だよ」
吾妻は自分にも言い聞かせるように、続けた。
「さこはすと英里奈と、健次のこれまで頑張って来た成果だからさ、見届けたいんだ」
「……そっか」
そんな風にうなずくことしか出来ない自分が情けなくて仕方ない。
唇を噛んでいると、
「だから小沼、」
吾妻は困ったように微笑んで、おれを見上げた。
「そんな顔、しないで?」
開場が始まり、並んでいる順に体育館へと入って行く。
全校集会にも使われている体育館にはパイプイスがかなりの数並んでおり、それでも場内満員になる勢いだった。
「器楽部もこんなに集まるかなあ……」
「絶対絶対集まりますよっ」
体育館の中に入ったことで、吾妻の気分も回復したのだろうか。弟子と普通に会話が出来ている。
腰掛けて少しすると、舞台に一筋のスポットライトがあたる。
「みなさんこんにちはぁー! 本日は来てくださってありがとうございまぁーす! ダンス部の公演をお楽しみくださぁーい!」
甘えた声の某悪魔さんが満面の笑みで公演のスタートを宣言した。
「可愛すぎと違うか」「なんかエロすぎと違うか」「人形感やばすぎと違うか」「笑顔が天使すぎと違うか」「それな」「それな」「それな」「それな」
後ろの席に座った、多分他校の男子たちが口々に英里奈さんを褒めている。(話し方統一されすぎと違うか?)
改めて舞台に立つ英里奈さんを見てみる。衣装に着替えて化粧もバッチリした英里奈さんは、なんだかいつもと別人みたいだ。
その姿に妙な誇らしさと妙な寂しさを感じる。なにこれ、親心?
「それでは、まずは、男子の部でぇーす!」
その言葉を合図に、大音量で何やらかっこいい音楽が流れ始める。
舞台袖から3人の男子が出て来て、カッチリと、しかし激しく踊り始めた。
ダンスの種類の名前はおれにはよく分からないが、3人がぴったり揃ったダンスは生で見ると圧巻だった。
「おお……」
普段テレビ越しにダンサーの人たちを見ているときは、『あーおれとは違う人種の人だ。こんな人クラスにいたら絶対仲良くなれないわ、いや、別に誰とも仲良くないんだけど……』と思うくらいで、なんなら軽犯罪とかも犯してそうだと勝手なイメージを抱いていたが(ほんとにすみません)、生で見てみると、
「かっこよ……」
素直にそんな感想が出て来てしまう。
そのセンターで一際シャープに踊っているのが、間だった。
ダンスにこれだけかけてたら、そりゃ、チェリー以外に練習する暇ないよなあ……。むしろよくチェリーをあれだけの完成度に持っていってるな……。
他の部員も色々な組み合わせで出て来て、数十分、男子のダンス公演が続いた。
男子の部が終わると、少し舞台がまた暗くなって、スポットライトが一人にあたる。
「みなさん、オレら男子ダンス部はいかがでしたかー?」
「「「「ぎゃああああああ!!!!」」」」
黄色い声が体育館中の壁を震わせる。
間はその歓声を受けて、満足そうに爽やかに笑うと、
「それじゃ、これから女子ダンス部です! こっちも盛り上がっていきましょうヨロシクぅぅぅ!!」
「「「「ぎゃああああああ!!」」」」
再び会場のボルテージが高まる。(ボルテージって言葉初めて使うわ)
前回のロックオンでのチェリーといい、合宿の露天風呂での『オレは貧乳派』事件といい、間って、盛り上げ上手だよなあ……。
特別気の利いたことを言っているとかではないのだが、その言い方やタイミングとかで、周りを巻き込むチカラがすごいのだろう。
少し前だったら、『パリピ乙』で一蹴していたようなことだが、これは実際にすごい能力だな、と感心する。
「ななな、なんですかこのリア充空間は……!」
そんな風に思っていると、一個挟んで隣の平良ちゃんはまだ身体が拒否反応を起こしているらしい。そんな後輩を見てなんとなく微笑ましく思う自分がいた。
そんなことを思っている間に舞台がパッと明るくなり、女子が2人ステージにおどり出る。(二つの意味で)
それは、英里奈さんと沙子だった。
英里奈さんは普段の甘ったるい話し方からは考えられないほど機敏に動き、沙子は金髪をはためかせて、完璧なリズム感で踊っている。
「すっげえ……」
おれはこちらにも圧倒されていると、
「沙子さぁああああああああああんん! 英里奈ちゃあああああああん!」
「「!?」」
左から金切り声が聞こえた。おれの右で吾妻もバッとこちらを向いた気配がした。
「ちょっと市川、声! 歌うんだから温存しといて!」
「あ、そうだね……! ごめん、ついつい……!」
えへへ、と頭をかく市川。その動きがなんか可愛らしいのは結構なのだが、なんでこの人は元プロなのにそういうところの意識が低いのだろうか……。
舞台に視線を戻すと、そこには相変わらずかっこよく踊るきらびやかな二人の姿があった。
「青春、だなあ……」
右側で吾妻が小さくつぶやいた。
吾妻が器楽部にかけるように、市川が音楽にかけるように、ダンス部にはダンス部の情熱があり、青春がある。
それは当たり前に、他の部活もみんなそうだ。
人前でやるようなものであっても、そうでなくても、一人一人に日常があって、喜怒哀楽があって、駆けずり回ったり、叫んだり、そんなことをしているのだろう。
これがダンス部の引退公演というわけでもないのだが、なんとなくそんなことが妙に感慨深く思い起こされる。
きっと、普段教室やスタジオでしか会わない沙子や英里奈さんがダンスに打ち込んでいるところを、初めて目の当たりにしたからだろう。
ダンッ!! と最後の一発が鳴ると共に、曲が終わり、ダンスがバシッと止まる。
若干息を切らせながらも、0.数秒のブレイクのあと、
「おおおおおお!!!!!!」
と、歓声と拍手で会場が包まれた。
ダンス部の発表が終わって、体育館の出口から出ると、別の出口から出たのであろう、
「ありがとうございましたぁー!」
と、ダンス部の面々が並んで、来てくれたお客さんに挨拶をしたり友人と一緒に写真を撮ったりしている。
その中でも間と沙子と英里奈さんはいつもみたく3人並んでいるのだが、その前に、ちょっとした人だかりが出来ている。ほとんどが他校の制服を着ている女子のようだった。
「うひゃー、私たちが挨拶するのはちょっと申し訳ないねー……」
「ですねですね、というかこの空間息苦しいので早々に抜け出したいところです……!」
市川と平良ちゃんがそんなことをいいながら前を少しだけ早歩き気味に歩いていくのに、おれと吾妻も付いていく。
そして、その時、おれは。
生まれて初めて、自分のこの冴えない見た目と、大きくない体格を悔やむことになる。
「あれ、アイスちゃんじゃない?」




