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第60小節目:You Won’t See Me

 平良たいらちゃんの言う通りだった。


 平良ちゃんと話している時にはなんとなくまぎれていた思考が、感情が、一人になったとたんにどろりと粘度ねんどを保ったままなだれ込んで来る。


 時刻の問題もあるだろう。


 順当にいけば市川と徳川さんの会話は終わっていて、解散しててもおかしくない時間だ。


 だけど、市川から何かの連絡が来るわけでもなく、というかそもそも連絡など来るわけもなく、その会話の『結果』がどうなっているのかも、分からないままだ。


 もしかしたら、今ごろ……なんというか。……なんというか、なんとかなってるかもしれない、というか。


 いやだから、それはおれには無関係なんだ、と自分に言い聞かせてみても、もはや無意味だ。無関係ではあれど、無関心ではないらしい。


 平良ちゃんに言われたことを思い出す。『好き』の反対が『無関心』なのだとしたら、『無関心』の反対はなんなんだろうか……?


 そんなポエムな疑問まで取り込みながら、どす黒いものが頭と胸のあたりでとぐろを巻いていく。中央線の景色も武蔵野線の景色も、ちっとも爽やかでもセンチメンタルでもない。


 悶々(もんもん)とした状態を抱えながらもなんとか家に帰りつき、すぐさま部屋に閉じこもってベッドで横になった。


 もちろん、ただいまも言わなかったが、それをとがめる声はどこからも聞こえてこない。珍しく、ゆずよりも先に帰ってきたらしい。……部活も何もせずにまっすぐ帰ってきてるからか。


 視線の先、手の届くところにあったギターを手に取る。


 ぽろん、と雑にCのコードを弾いてみるが、その響きまでも、心の中をざわつかせるばかりだった。


『どんな気持ちも音楽にすれば発散できる』なんていう話があるが、あれは嘘なんだと知った。気持ちがぐちゃぐちゃになっていては、そのノイズが大きすぎて、鳴らす音も見付からないものらしい。


 なんやかんや落ち着いた頃にその時の気持ちを必死に思い出して音をつむぐのなら、それは本物にはなりうるんだろうか。


「くっそ……」


 眠気は感じるのに目を閉じても眠りにつくことが出来ず、ベッドの上を貧乏ゆすりと寝返りで揺らし、なかばのたうちまわるようにゴロゴロしていると、


「ただいまー」


 と、妹が家に入ってくる音がした。


「ん、たっくんのくつ


 そして玄関におれの靴があることに気づいたらしい。


 ていうか、ゆず、家にひとりで帰ってきてるときにも『ただいまー』って言ってるんだ……。


「たっくんー? 帰って来てんのー……?」


 ガチャリ、とおれの部屋のドアが開く。廊下からかすかに光が漏れ入ってきた。


「うわ、真っ暗なんだけど……。え、いないの……?」


「いる」


「ひゃっ!?」


 むくりと起き上がったおれを見て腰を抜かすゆず。


「いるならいるって言ってよー……!」


「いるからいるって言っただろ」


「……言ってて恥ずかしくない?」


「そうなあ……」


 自分でもちょっとあきれました。


「なに、部屋真っ暗にして、どしたの?」


「いや、別に……」

 

 そもそもゆずに言ったところで何も分かりはしないだろう。というか、おれの中でもまだ整理がついてない。


「ふーん……誰かとケンカでもしたの?」


「……別に」


 いきなり図星を突かれて、ポスン、と、おれが再度横になると、ベッドの端っこにそっとゆずが腰掛けた。


「いつの間にかずいぶんとリア充しちゃってまあ」


「リア充……?」


 これのどこがリアルが充実してんだよ。夕方から家でふて寝してんだぞ?


「一人じゃケンカ出来ないもん。だってほら、もともとたっくん、ケンカする相手なんか、沙子ちゃんくらいしかいなかったじゃん」


「……うるせえな」


「いやいや、ゆずに当たんないでよ。で、なんでケンカしたの? たっくんがなんか余計なこと言ったんじゃないの?」


「……言った」


「言ったんかい」


 ゆずがツッコミつつ苦笑する。


「じゃあ、たっくんが謝んなきゃじゃん」


「……何をどう謝ったらいいか分かんない」


「うわ、この高校二年生、めっちゃお子さまなんだけど……」


 大層たいそうひいていらっしゃる……。 


「普通に、『余計なこと言ってごめん』って言えばいいんじゃないの?」


「なんで自分が余計なことを言ったのか分からないし、本当に余計なことなのかもよく分からん。分からないまま謝っても、すぐ同じことになる気がする」


「はっはー……。たっくんは相変わらず無駄に真面目だねえ……」


 妹は妹のくせに優しい声で「まあ、良いとこでもあるんだけど」とそっと言葉をくるむ。


「でもね、たっくん」


「はい……」


「たっくんの頭じゃ、多分、いくら一人で考えてても、分からないことは分からないままかもねえ」


「そうですかね……?」


 ゆずはその質問には答えず、ぽん、とベッドからはずみをつけて立ち上がる。


「ご飯食べる?」


「……食べない」


「あっそ。勝手になさいな。ゆずは自分の分だけ作るもーん」


 ゆずはひらひらと手を振って、部屋を出ていった。


「……まー、分からないってことが分かるまで悩んでみるっていうのもありなんじゃないの」


 それにしても、なんであいつは時々悟ったようなことを言うんだろうか……。





 翌日。


 夜通し考えてみたが、ゆずの予言通り、全然答えが出ないまま、眠気を引きずって登校する。


 半分目を閉じたみたいな状態で始業のチャイムが鳴るのと同時に教室に入ると、すぐにホームルームが始まった。


 窓際の席をちらっと見ると、市川はこちらには背を向けて、頬杖ほおづえをついて窓の外を見ていた。


 はあ、と誰にも気づかれないくらいのボリュームでため息をつき、少しでも眠気を解消しようと思って机に突っ伏していると、ちょっとした連絡事項だけですぐにショートホームルームは終わった。


 頭をあげて一限目に向かわないと……と思っていると、頭上から、声がした。




「小沼くん、目の下、クマすごいよ?」





 その声にガバッと起き上がると、そこには。


「天音ちゃんかと思ったぁ? 残念! えりなでしたぁー!」


 ニタァーっと意地悪に笑う悪魔さんが立っていた。


「はあ……」


 おれは深いため息をつきながらもう一度机に伏せる。最近はお互いモノマネがよく似ていらっしゃることで……。


 同時におれの机の上に顔を置けるよう、英里奈さんもかがんだらしい。小声で話しかけてくる。


「残念がりすぎなんだけどぉー。うりうりぃー」


 ツンツンツン、と頭をつつかれる。


「別に……」


 かすれた声が出る。そういえば今日初めて声を発するわ……。


「仲直りしたらぁー?」


 英里奈さんが優しく話しかけて来る。ていうか、


「……なんで」


 なんで、英里奈さんにまで状況がバレてんだよ……。


「もぉー」


 英里奈さんが呆れたように息をつく。また、柑橘系の甘い匂いだ。


「その目の下のクマが、誰かさんとおそろいになってるからだよぉー」


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