第55小節目:すごい速さ
「ふはぁー、眠いなぁー……」
高校の体育館。
大きな窓の外からは朝日が射し込んできて、熱をこもらせる。
『夏休みが終わり、二学期が始まりました。もう二週間後には文化祭と体育祭があります。みなさんの力でぜひ……』
まだ夏服を着た生徒たちが2列に整列して、登壇した校長か教頭かどっちか(始業式と終業式でしか見ないから分からない)の話をあくびしながら聞いている。
長かったようにも感じるし短かったようにも感じる、充実してたようでそれでもまだまだ満足は出来ないような。いずれにせよ一生に一回しかない高二の夏休みを終え、おれたちは始業式の場に立っていた。
「ねぇー、たくとくんってばぁー」
後ろからまどろんだ声の主が脇腹をつついてくる。
「ヒッ……! こほん……なんですか英里奈さん」
脇腹の感触についつい反応してしまった声をごまかして、返事をする。
「眠いんだってばぁー」
「そんなこと言われても知らないんだけど……」
「つめたぁーいよぉー……」
「残った残暑が暑いからちょうどいいざんしょ?」
「うげぇー、さむぅーいよぉー……」
人間クーラーと化したおれの隣から、天才美少女が振り返り、英里奈さんを諭す。
「英里奈ちゃん、夏休み中、不規則な生活送ってたんじゃない? 遅寝遅起きはよくないよー?」
「違うよぉ、えりな、時差ボケなんだよぉー……。おとといまでイギリスにいたんだもんー。ていうかなんで天音ちゃんはそんなに元気なのぉー? 家近いからぁ?」
そうか、英里奈さんはあの白い粉を輸入しているお父さんに会いに行っていたのか。だから最近会わなかったんだね。仕方ないね。
「ううん、私は毎朝5時には起きてるよー」
「うへぇーマジメぇー……、そんなに朝早く起きて何してるのぉ……?」
英里奈さんが考えただけでも萎えるといった感じでだらりと舌を出してから質問すると、市川は両腕をクロスさせて開く『例の動作』をしながら、
「ラジオ体操っ」
と笑顔で答えた。
「「ラジオ体操!?」」
周りがこちらをじろっと見る。
すみません、元ぼっち2名とリア充1名がうるさくしました……。
いやでも、ラジオ体操って、小学生かよ!
と、おれが心の中で大声を出して突っ込んでる間も、市川は『手足の運動』を続けている。
「え、今朝もやってきたの?」
「うん、そだよ?」
首をかしげる市川。
「へぇー……」
いやまあ、キャラに合ってていいんじゃない? ていうか首をかしげながら手足の運動する市川やけに可愛いんですけど……。
「たくとくん、にやけてるねぇー」
「にやけてない」
おれはスッと自我を取り戻し真顔で答える。
「ふぅーん……?」
英里奈さんがおれの顔を覗き込んでから、ニタァーっと笑う。
「なんすか……?」
「なんか、たくとくん、顔つきが変わったねぇ」
「そうか?」
「だってぇ、前ならこーゆー時むっちゃキョドってたじゃんかぁー」
うりうりーと肘でぐりぐりしてくる英里奈さんの攻撃にキョドらないように、おれが眉間にしわを寄せていると、
「そうなんだよ、英里奈ちゃん!」
小声ながらも興奮した様子で市川が激しく同意していた。
「小沼くんは夏休みを超えて大人になったみたいなんだよ!」
両手で握りこぶしを作って胸の前でぎゅっと握る。
「は、まじで? 誰と?」
すると、突然低い声になる英里奈さん。あれぇ、語尾伸びてないよぉー……?
「誰と……? 一人で……じゃないかな?」
「は? 天音ちゃん何言ってんの? 一人じゃオトナになれなくない? マジメに答えてもらっていい?」
「え、なんか、英里奈ちゃん、圧が強い……」
質問の意味が分からず、唇に指をあてて戸惑う天使さんと、『オトナ』の件にやけに前のめりな悪魔さん。
いや、おれはまだコドモのままだから……。
すると、おれの前に立っていた安藤が振り返り、鼻の下を伸ばしまくった変な顔していた。
なに……?
「英里奈姫ー、俺は大人になったぜよ!」
なぜか坂本龍馬風に報告してくる安藤と、
「夏達くんのことはどうでもいい」
それを一蹴する英里奈さん。
……え!? おれは結構興味あるけど!? っていうかバンド名の存続の危機なんじゃないのそれ!?
「みんな、本当になんの話してるのー……?」
くぅ、天使が天使すぎるぜよ……。
始業式が終わり、教室でのホームルームも短時間で終わった。
今日は吉祥寺のスタジオで練習だ。
おれは、夏休み最後の練習の時に学校のスタジオに置き忘れたスティックがあったので、それを取りに行こうと席を立とうとする。
スタジオはチェリーボーイズ(安藤のせいで暫定)が取ってるって言ってたから、その練習が始まる前にいかないと。
急いで教室を出ようとすると、市川がタタタっとやってきた。
「小沼くん……どこ行くの? 練習は?」
「いや、ロック部のスタジオにスティック忘れちゃったから、一旦取りに行こうかと……?」
おれがそう言うと、
「そうなんだ、それ、一緒にいってもいい……?」
市川がそう聞いてくる。
「……というか今日、一緒に居て欲しいんだけど、いいかな……?」
その上目遣いのおねだり顔があまりにも、なんというか、あれ過ぎて。
「あ、え、あ、うん、いいお」
おれは、子音を失った。
「ソレデハイキマスカ」
冷静でいるために鉄の心臓にした結果、ロボットになったおれが市川と教室を出ると、
「今日は、こっちから行こう?」
と、市川がいつもと逆側、教室を出て左側を指差す。
「え?」
通常、教室を出て右側、5組と4組の教室の前を通って、渡り廊下を経てスタジオに行くのが最短距離だ。
「なんで? 遠回りじゃん」
「……遠回りしちゃ、だめ、かな?」
また小首を傾げる市川に、
「ダメデハナイデス」
ロボット化を余儀なくされるおれ。
今日の市川さん、なんなんだ!?
市川天音プロデュースの謎の遠回りルートでスタジオへ向かうと、スタジオの前に見知らぬ男子生徒が立っていた。
好青年って感じのイケメンだ。ジャニーズとかよりは西島秀俊さん的な、男性的でも手放しでイケメンと言ってしまえる系の。
構わずスタジオに近づこうとすると、くいっと腕を引っ張られる。
「ドウシマシタカ?」
振り返ると、市川がこちらを見上げている。
「あの、小沼くん、やっぱさ、スティック、明日じゃダメ?」
「は、なんで?」
「いや、あの、それは……」
まごつく市川を見て首を傾げていると、
「おーっ、徳川先輩じゃないスか!」
間の声がした。
「おー、ケンジ」
「留学から帰ってきたんスね!」
嬉しそうに話しかける間と、それに笑顔で答える徳川先輩とやら。
「そう、だから、もう、先輩じゃないよ。同級生」
「たしかにそーっスね!」
留学? あー、そういえば、合宿で先輩が留学に行って帰ってくるから同学年になる的な、そんな話を聞いたような……。
なんでそんな話聞いたんだっけ?
……あ。
「市川、あの人、ホタル池の……?」
「ううー、小沼くん、どうしよう……?」
涙目でおれを見上げる市川を見ながらも、
「いやー……」
んーなんででしょう、いまいちロボットになりきれないおれがそこにいた。




