第53小節目:ムスタング
「amane様が、山津瑠衣様だったのですね……!」
「ええ……?」「うにゃ……?」
名指しされた市川だけでなく、なぜか吾妻までが、いつぶりか、猫化して答えている。
「ヤマズルイって誰」
「たしか、平良ちゃんが好きな作詞家? の人だったと思う」
「ほーん……」
「こら、あいづち」
その脇でおれと沙子は小声でやりとりしていた。
「えーっと、まず、amane様っていうのは……?」
市川が目を白黒させながら平良ちゃんに質問する。
「も、申し遅れました! 自分は、本当は、amane様の大ファンなのです!」
「え、そうなの!?」
驚くamane様。そっか、本人には伝えてなかったのか。
「はい……! 自分の好意がプレッシャーになってはいけないと思い、これまではお伝えをしてはいなかったのですが……! もう好きすぎて好きすぎて、CDに耳をあてるだけで音が聴こえるほどにもうこの身体、訓練されております……!」
「うっわ……」
衝撃の告白に引く沙子と、
「「わかる……」」
同意する信者2人であった。
「そ、そうなんだ……えーっと、ありがとう、ね?」
「いえいえいえいえいえいえいえいえい! とんでもないです! こちらこそありがとうございますです! 本当に、これまで、amane様の音楽に救われて生きております! はい!」
いや、最初の謙遜的な否定、繰り返しすぎて最後「いえい!」って小気味良い感じになっちゃってるから。
「あははー……、光栄、です。本当にありがとう」
市川が微笑んでそっとお辞儀をして、
「それで、山津瑠衣っていうのは……?」
それから、当然の疑問を投げかけた。
「へ……? いえいえ、もうとぼけていただく必要はないのですよっ!? かの、名作歌詞の投稿されたサイト『あたしの歌詞』の管理人であり投稿者の山津瑠衣さまのことですっ! amane様と同一人物なのですよね!?」
目を輝かせる平良ちゃん。
ん、なんでそうなるの?
「えーっと……本当に、なんのことかな……?」
市川がキョトンと首をかしげる。
「……あれあれ? いえいえ、でもでも、今さきほど歌っていらっしゃった曲の、『平日』の歌詞は、『あたしの歌詞』に一学期に投稿されたもののはずですっ! 全文ではないですが、前半のところは6月ごろに自分、読みましたっ! 久しぶりの長文キタコレ! と大はしゃぎで何度も読み返したのです!」
……ほう、ちょっとわかってきた。
「『平日』の作詞家が山津瑠衣さまで、そして『平日』はamane様が作られた曲なのですから、すなわち、山津瑠衣さまとamane様は同一人物ということになります、よね……?」
その平良ちゃんの名推理に。
「「「ああー……」」」
合点がいき、1名をのぞいて間延びした声を出す。
のぞかれた1名の方を見てみると。
「にゃあー……」
そこには顔を真っ赤にしてプルプル震えるポエマーの姿があった。(……なんで吾妻は痛いところをつかれると猫化するの?)
まあ、つまり、そういうことらしい。
山津瑠衣さんの『あたしの歌詞』というサイトは、以前吾妻が話していた、吾妻が誰にも言わずに歌詞を投稿しているブログのことだった。
6月ごろ、そのブログに『平日』が投稿される。
それを平良ちゃんが見つけて読んでおり、『平日』はamaneが作詞作曲したと思っている平良ちゃんは、山津瑠衣とamaneは同一人物だったと推理。(音響が悪いロックオンの時には歌詞が聞き取れなかったが、さっきの練習で聴いたら歌詞も聞き取れたと言うことなのだろう。)
だけど、『平日』は本当は吾妻が書いた歌詞だと知っているおれたち3人からすると、山津瑠衣は吾妻由莉その人であるということが分かると言うことである。
それにしても、山津瑠衣っていうのはどういう意味のペンネームなんだろう?
そんな疑問を頭に浮かべながら吾妻の方を見ると、そのうるんだ瞳と目が合う。
「あにゃぐらむ……」
はあ……?
「あにゃぐらむ……!」
……ああ、「アナグラム」ね。
おれの疑問にスキル《読心術》を使って答えてくれたらしい。
吾妻・猫バージョン(通称あずにゃん)になってもスキルは使えるんですね。
アナグラムというのは、たしか、文字を入れ替えて別の言葉にする遊びのことだ。「森田」→「タモリ」的な。小林賢太郎がやってたやつだ。見たことある。
あずまゆり……やまづるい……。
いや、「ま」と「づ(ず)」しかあってないんだけど?
だとすると、ローマ字か?
ああ。azuma yuri→yamazu rui ね。
なるほど。
はあ。スッキリ。
……で、どうします? この状況。
「えーっと、じゃあ、山津瑠衣さんは私ってことで、いいのかな……?」
市川さんがほぼ助け舟になっていない助け舟をあずにゃんに出す。
「にゃん……」
いや、どっちだよ……。
「……あのですね」
2年生組がほぼ目線だけで会話を交わすハイコンテクストなやりとりをしていると、平良ちゃんが静かに口を開いた。
「自分が先輩方にどう思われてるかは分からないのですが、ちょっとおばかな自分でも、さすがに分かりますよ……?」
顔を伏せている平良ちゃんの表情は、ここからではよく分からない。
あれあれ、怒ってる……?
「つまり……山津瑠衣さんは、師匠なんですね!?」
と思うと、平良ちゃんがガバッと顔をあげ、瞳をキラッキラに輝かせて、吾妻の手を握る。
「……!」
顔を真っ赤にした吾妻は、しばらく唇を噛んで悩むような、迷うような表情をしていたが、ややあって、
「……そう、だよ」
と認めた。
「わー……!」
市川が嬉しそうにしている。
些細な一歩かもしれないけど、吾妻が、歌詞を書いていると知っている人がまた一人、増えた。
「すごいです……! 本当の本当に自分の師匠なのです……!」
「あはは、なに、それ……」
だけど、それはきっと、吾妻にとってはまだ、すごく勇気のいることで。
その手は、足は、わずかにだけど、震えていた。
「ゆりすけ、大丈夫」
沙子がそっと吾妻の近くに寄って、その身体を支える。
「さこはす、ありがと……」
嬉しそうに、吾妻が笑う。
「師匠……?」
そんな吾妻を見て、平良ちゃんが悲しみと心配が入り混じったような顔をする。
「師匠、歌詞を書いていると誰かに伝えることは、そこまで怖いことなのですか……?」
「……あはは、そう、かもね」
吾妻は苦笑する。
「ごめん、せっかく憧れてくれてるのに、情けない姿を見せちゃって」
すると、平良ちゃんが再び顔を伏せる。
「……やっぱり、許せません」
その声が、震えていた。
「つばめちゃん……?」
「才能ある人を、そんな風にしてしまうなんて……。師匠に、山津瑠衣さんに『つららみたいにするどい言葉』を投げつけたひどい人も、そして、」
平良ちゃんは泣き出しそうな顔で市川を見る。
「おい、平良ちゃん」
「amaneさんに……ひどいツイートをした人もそうです」
「……!」
沙子が、おれの隣で息を呑む。
「平良ちゃん、あのな……」「つばめちゃん、それはもう……!」
「平良さん」
おれと市川が言いかけた言葉を遮り、沙子が一歩前に出た。
「はい……?」
その横顔はひどく真剣で、
「そのツイートしたのは、うちだよ」
「は、波須、先輩が……?」
沙子の苦しいほどの覚悟と痛いほどの誠実さがにじみ出ていた。
「うちはもう、逃げも隠れもしない。ちゃんと、話そう」




