第49小節目:My Suger View
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これは、まだ、小沼くんにも話せない、ここだけの話。
私は昔から、なんでもそつなくこなす方だった。それは、たしかにそうだったと思う。
どの科目もテストがあれば満点近く取ることが多かったし、美術も音楽も5段階評価の5。
体育だって、徒競走もマラソンも水泳も、上から数えた方が早かった。
だけど、サッカーとかバスケとか、チームワークが必要な競技になると、私は突然、役立たずになる。
ボールが自分の手元(足元)に来たときに、パスを回すことが出来ない。自分でゴールまで持ち込む方法しか分からなかった。
小学生くらいまではそれでもある程度、活躍出来たのだけれど、中学生になってくると、さすがにその部活に入っている人たち相手に個人の力で切り抜けられるはずもなく。ただ単純に平均以下のプレイヤーになっていった。
そもそも、スポーツをはじめとして、なにごとに対しても熱意を持っていたわけでもないので、それが残念だったというわけでもないのだけど。
今思うと、一番残念に思うべきだったのは、それが残念でもなかったということ自体かもしれない。
そんな何にも頑張らない私は、自然と帰宅部になる。
……これも今思うと、誰かに部活に誘ってもらうみたいなこともなかったからなんだろうなあ。別に私以外のみんながみんな、何かにやる気満々だったわけじゃないだろうし。
作曲に出会ったのは、そうして一人で過ごす時間が増えていった時期のこと。家に置いてあったギターを何の気なしに触ってみたのが始まりだった。
全然聴かないわけじゃないけど、あんまり音楽に詳しいわけでもない私は、カバーとかコピーとかをするという発想があまりなく、CとかGとか、そういう簡単に押さえられるコードをいくつか覚えると、適当に耳触りのいいように並べて、それを伴奏にして思いついた鼻歌をのせていた。
その行為を作曲と呼ぶのだという自覚は最初はほとんどなかったのだけど。
ある日の放課後。
忘れ物に気づいて教室に戻ると、吹奏楽部の吉野夏織さんという女の子が、ギターと格闘していた。
「なんでこんな変な音しか出ないんだろう……」
頭をかきながら、うなっている吉野さんの手元をそっとのぞき込んで、
「えっと、多分、押さえ方、違うんじゃないかな?」
と声をかけた。
……だって、吉野さんはギターコードの本を逆さまにして読んでいたのだ。
「え、天音ちゃん、ギター弾けるの?」
ほとんど話したことのない同級生に突然名前を呼んでもらえたのがなんだか嬉しくて、照れてしまう。
「あ、えーっと、うん、弾けるってほどではないけど……」
「ほんと!? 教えてもらいたい!」
話を聞いてみると、吹奏楽部でスピッツの『チェリー』をやることになって、一年生でもあり本来のパートからあふれた吉野さんがギターを弾くことになったということらしい。
エレキギターは音楽室だと自分の音が聞こえないので(今思うと、アンプにつながないと音が出ないということも誰にも分からなかったってことなんだろう)、教室で練習しているところなのだそうだ。
その曲は、私がちょうど知っているコードばかりが使われていたので、一つ一つ押さえ方を教えてみせた。
「すごい! 天音ちゃん! 何か、曲弾けるの?」
「うーん、弾けるって言っていいのか分からないけど……」
そう前置きをしながら、その時に唯一私が弾ける曲、つまり自分で作った曲を弾いた。
「え……!? すっごく良い曲だね……! それ、誰のなんて歌!?」
おどろきで目を見開いた吉野さんを見て、
「これは私の歌だけど……?」
と、首をかしげる。
こんな素人が初めてつくったような曲が『すっごく良い曲』なんてことがあるのかな、と……。
でも、次に吉野さんが
「んっと、そういう名前の曲なの?」
と言った時に、私は悟った。
多分、普通の子は、作曲なんてしないのだ。
「う、うん。そういう、名前の、曲」
危なかった。また、変なことを口走りそうになっちゃった。
また、同級生との溝ができるところだった。
なんとなくその場を誤魔化して、またギターコードを教える作業に戻る。
とは言っても、吉野さんは逆さまにコードブックを見ていただけなので、ちょっと教えたらすぐに弾けるようになった。
なんなら、もともと私なんかよりも音楽の経験値が高い分、すぐに私よりも上手く弾けるように。
私はその時に、私はいくら、なんでも人並みにできても、熱意を持たなければ、何も人より優れては出来ないんだなあと思った。
そして、熱意を持ちさえすれば、自分の持っている『才能めいた何か』なんか、誰だって超えていけるのだろうとも。
「ありがとう、天音ちゃん! あ、時間だから合奏に行くね!」
吉野さんはお礼を言って、吹奏楽部の活動へと戻っていった。
私は手を出すことも出来ず、「友達になって欲しい」とも言えず、ただただ、状況を飲み込むばかり。
そのあと、吉野さんに言ったことを嘘にしてはいけない、というきっかけで作ったのが、『わたしのうた』だった。
もちろん、そのあとに色々なことを思い、考えて作った歌ではあったけど、きっかけはそんな感じ。
家で弾き語りをした『わたしのうた』を、なんとなく誰かに聴いてもらいたくて、その音源をオーディションみたいなものに送ったのが始まりで、音楽会社の人から電話がかかってきて、あれよあれよと言う間にデビューが決まっていた。
そんなこんなで、デビューして、歌って、発売して、色々あって、声が出なくなって。
だけど、デビューしていた期間が短すぎて、中学の友達の誰も、そんなことは知らなかった。
いや、今さら、自分を誤魔化しても仕方ないね。
誰も知らなったのは、デビューしていた期間が短かったからじゃないね。
私には、デビューをした時に言うような友達が一人もいなかったんだ。
そんな、私にとっては割と大きな挫折を経験して高校に入ってからも、状況はほとんどまったく変わらない。
もちろん、無視されるとか、ひどいことをされるとか、そんなことは一切ない。
ただただ、遠巻きで「なんだか異質な人」として扱われてるだけ。
『すごいね』『天才だね』『なんでも持ってるんだね』
そんな言葉をもらうことは出来る。
だけど、私からしたら、彼女みたいにキラキラとした世界にいるやり方が分からなかったし、それこそ才能だと思ったんだ。
私には、なんでも話せる友達なんて、たった一人もいない。
そんなある日のこと。
私は、小沼くんに出会った。
彼は、私のことを、amaneのことを知っていた。その上で、私に話しかけてこなかったのだと知った。
最初は正直、そんなに大きな決断になるとも、大きな出会いになるとも思っていたわけじゃなかった。
ある意味利害関係が一致しただけの彼と一緒に音楽をやろう、とそれくらいの理由。
だけど、それからの日々で、彼との生活で、私は気づくことになる。
小沼くんと過ごす時間は、これまでに無いほど、私を笑わせて、泣かせて、勇気付けて、臆病にして。
一つ一つの出来事が、行動が、いちいち私にとって意味を持って、いちいち私の心を揺さぶる。
自分でも本当に気づいていなかったけど、あの日まで、私は『ぼっち』だったらしい。
だってね。
世界がこんなにカラフルだなんて、私はちっとも知らなかったんだ。
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