第10小節目:やぁ 無情
「そしたら、ベーシスト探しかあー」
再び歩き出しながら、市川がむー、と唇に人差し指をあてて上を向く。
「ロック部にやってくれそうな人いないのか?」
「んー、みんなバンド入ってるからなあ。兼バンなら入ってくれる人いるかもだけど」
「いや、鍵盤よりも先にベーシストの話をしてるんだが……」
いきなり別プランの話をする市川に指摘を入れると、市川の方が首をかしげた。
「え? そうじゃなくて、『兼バンド』の略だよ。バンドを兼ねる」
「ほ……!?」
衝撃だった。バンドを兼ねるなんてそんな器用なことをするやつがいるのか。
発想になさすぎた。おれなんか、一つだって組めないってのに。
口をあんぐり開けていると、吾妻が小さく挙手し、
「あたし、もしかしたら、弾ける人、一人知ってるかも……」
と、遠慮がちに提案した。
「えっ、誰だれ?」
市川が瞳を輝かせて吾妻に近づく。
「あの、女ダンで4組の、波須って子なんだけどね」
その名前を聞いて、おれの肩がビクっ、と跳ねる。
「あたしと同じ4組なんだけどね。こないだ一緒に掃除してた時に、教室の後ろに置いてあったあたしのベースをどかしながら、『ゆりすけ、プレべどかすよ』って言ってたんだよね」
「ゆりすけ? ぷれべ?」
キョトンとして小首をかしげる市川におれは横から説明をする。
「プレベは、プレシジョンベース。ベースの種類の一個。ゆりすけは知らん。ゆるキャラかなんかじゃね?」
「いやいや、どう考えてもあたしのあだ名でしょ! あたしの下の名前、由莉!」
吾妻が胸に手を当てて主張してくる。
「……ってそれはどうでもよくて、普通、『ベースどかすよ!』じゃない? もはや『ギターどかすよ!』でもおかしくないっていうか」
「たしかにそうだね……」
ふむ、と、市川が神妙な顔をして聞いている。
「だからその時、『さこはす、プレベとか知ってるんだ!』って言ったら、なんか焦りながら『うっさい』とか言われてさ」
「さこはす?」
再び首をかしげる市川。
「沙子のあだ名だろ。学習しようぜ」
おれがあきれ混じりに言うと、
「さこ……?」
と、市川がさらに深く首を傾げる。もはや物語シリーズ出られるレベル。
「小沼、さこはすのフルネーム知ってるんだ……?」
と、そこで、おれは自分がまあまあなミスを犯していたことに気付いた。
「あ、沙子さんて言うんだ! 波須さんの下の名前!」
市川がひらめいた! みたいに手を叩く。
「小沼、さこはすと最も関係無さそうな人種なのに。もしかして、さこはすの机も舐め回して......?」
「いや、舐めまわさねえよ! ってか吾妻、それ言うのまじでやめて! 濡れ衣だから!」
「濡れ衣!? 服まで舐め回して濡らしていると……?」
「んなわけねえだろ! ていうか、その発想を持ってる吾妻の方がやばいからな? 吾妻がそういうこという度に市川に距離取られてるんだって!」
ほら、市川がススーっと横移動してるじゃんか。
はあ……、とおれは深く息をつく。
「……小学校と中学校が一緒だっただけだよ」
おれは、諦めて白状した。
「さこはすと?」
「そう」
おれはそっとうなずく。
「あー、じゃあ、沙子さんって、あの人か! 今日、私たちが怒られた人!」
市川の頭上でピコン、と電球がついた。
「怒られたの? 今日? さこはすに? なんで?」
「多目的室の倉庫でイチャイチャするなー、って!」
「「はあ!?」」
市川の言葉に異口同音の反応をするおれと吾妻。
おれは、『なんでそんな疑われるような言い方すんの!?』という意味で。
吾妻は、『オヌマコロス! オヌマブチコロス!』という意味で。多分。
「オヌマコロス......オヌマブチコロス......」
ほら、合ってた。
「違う違う! ミキサーを見に多目的室の倉庫に行ったら、積まれてた段ボールが市川の上から倒れて来て、それをかばっただけで!」
「……ほんと? そんなマンガみたいなことある?」
「ほんとだって!」
そんなラノベみたいなことがあったんだよ!
「あははー、小沼くんの言ってることはほんとだよ、由莉。驚かしてごめんね。小沼くんも、変な言い方してごめん」
「いや、本当に反省して?」
吾妻ねえさんはあなたのことになると怖いんだから……。
「まあ、そゆことなら、話は早いじゃん」
吾妻ねえさんが、腕を組んで言う。
腕を組むと、なんか、ちょっと胸元が目立つので、やめたほうがいいと思いますけど......。
「んんー? どういうこと?」
市川が尋ねた。
「小沼が直接誘えばいいじゃん、さこはすを」
「ああ!」
ぽん、と嬉しそうに手を叩く市川。
だけど、おれは、
「いや、あいつだけは、無理だ……すまん」
そう、答える。
「まあ、確かに小沼とは人種全然違うように見えるけどさ、大丈夫だよ。ああ見えてすっごくいいやつだし。ってまあ、小沼もそれは知ってるか」
……違う。
「……あいつとだけは、音楽を一緒にするのは本当に無理なんだ」
「「……?」」
突然うつむいて声を震わせるをおれを、二人は不思議そうに見ている。
「中学の頃にな、」
おれは、昔話を始めることにする。