Film№5 過去への扉とシー・サイド
俺達は事務所を出てしばらくした所にある駅に向かっていた。
その道のりは海に面していて、電車も車も、俺達の脇を通り過ぎていく。
「って言うかさぁ。『過くん』の言ってた、ぱすと…何とか?」
「第三者経験掌握。ってかその『過くん』って言い方やめろよな。失礼だろ?」
(過を訓読みにしたらそうなるのか。)
「いーじゃん、別に。で、そのパストなんとかって、カイトの能力にもなんか関係あるのかなぁ?」
どうやら彼女の舌では「パストグラスプ」という言葉はエキスパートフルコンよりムズいらしい。
「わからん。でも能力が発現した日と美來さんがいなくなった日は近い。だから、彼の能力については美來さんの方が深く関わっていると思うが。」
「ふ〜ん…なんか難しそう。」
自分で振った話題に一瞬で興味が失せてしまった彼女は、車道と海の間にあるブロックによじ登って海を眺めながら歩いていく。
清々しいまでの快晴。
俺は海風に当てられるとべとつく。
だから嫌いではあったのだが…
「この天気だと、なんか気持ちよく感じるな。」
否が応でもそう思ってしまう。
「確かにそーねー!」
と、彼女は海に向かって叫ぶ。
「はぁ…」
ただでさえ風に煽られてスカートの裾がひらりひらりと靡いているというのに…
「おい、そこに乗ってたらスカートの中見えるぞ。」
「えー。いーじゃーん、別に!カイトが見なきゃいいだけだし。」
「…それもそうか。」
どこまでも広く青い日本海を見ていると、どんなことでも許してやれる、そんな気分になってしまう。
だが澄み切った景色の中で、ふと、自分の心にある違和感が余計に際立つように感じた。
「そう言えば、あの手紙。なんかおかしく感じなかったか?」
「えー、文字がキレイだなぁって思った。」
「いや、そこじゃなくて!」
確かに彼女の字は整然としていたが、そこじゃない。
「『これは私が決めたことです。』か…」
野暮用で外出するのならこのセリフは少し重い気がする。
こんな決心をあえてするものかと疑問に思った。
そして、5日という具体的すぎる数字。
まるで何かを計画して、俺たちを動かしているような…
ここでブーブーというメールの着信音が聞こえた。
他人の通知音に敏感な彼女は直ぐに俺の方を見てムッとする。
開くと、それはへスティアさんからで、過の家の住所の情報だった。
しかも御丁寧に、地図アプリのピンまでさしたリンクも送られてきた。
「ほら、へスティアさんからだよ。なんでそんな拗ねてんだよ…」
「ふんっ。しーらないっ!」
っとそっぽを向く。
(あざとい…)
と思っていると、ようやく駅が見えてきた。
構内に入り、奥の改札の手前で切符を買う。
「ねー。こっちの方が安くない?」
と、彼女は子供料金のボタンを指さす。
「何言ってんだ、高校生なんだから子供料金はダメに決まってるだろう。まぁ、少なくとも俺は無理だけど、お前ならワンチャンあるかもな。」
と、彼女の小柄な体型をからかってみる。
「はぁ〜?私が子供だって言ーたいのかぁっ!」
「ああ。」
平然とそう答えた俺に彼女は一歩引き下がってこういった。
「…くっ!おのれ、よくもそのような非道下劣極まりないことを簡単に言ってくれるなっ!ん〜、覚悟するんだな!」
と、彼女が意図のつかめない茶番を始めて戦闘態勢に入った。
が、俺ははいはいと受け流して改札を抜けていった。
「んもぉ〜!ちょっと〜!置いてかないでよー!」
電車に乗って二、三駅過ぎた辺りでその駅はあった。
駅を降り、目の前の道を右へ左へと地図に従い歩いていると、ようやく彼らの家に着いた。
「どうやら、ここみたいだな。」
周りはごく普通の住宅街。
ザ・4人暮らしって感じのその一軒家は周りの殺風景に溶け込み、その安泰な生活を容易に想像できるものだった。
とりあえず、ピンポンを鳴らす。
…誰も出ない。
まあ、いらない動作だったかもしれないが、よそ様の家の前だし一応の礼儀だ。
「まぁ、ここでいっか。」
「えっ。中に入らないの?」
「馬鹿か、お前は。不審者だと思われたらどーすんだよ。」
「あー。それもそうね。でも私は別に気にしないよ?」
「そりゃお前には関係ないだろうけどさぁ…」
そんなことを言っていても仕方ない。
過去へ。
俺はさっさと過のお姉さんに会って話をつけようと考えていた。
「それじゃあ、行ってくる。」
俺は玄関のドアに手をかけ、ゆっくりと目を閉じた。
時間軸の少し右へ。
意識は六日前に向けて、俺は大きく深呼吸をした。
「私はここで待ってるから。」
と、彼女の声がした。
だが俺は黙って頷き、そのドアを開けた。