007 オペレーション『共食い』 下
クルスの眼下には涙目ですっかりしおらしくなったフレイニーが、自らの目元を白い制服の袖で拭っていた。
ものの数秒で、どこまでも突き抜けて自信を持ったクラス内でのフレイニーの顔に戻っていた。
「な、なんのようですの!?」
「──いや、単純にうるさいって言いに来ただけ」
クルスを見上げるフレイニーが、黄金色の瞳を伏せる。
落胆しているのだ。
「────なあ」
「なんですの?」
覇気の抜けた声音で、フレイニーが下げた顔から視線だけをクルスに寄越す。
「一緒に──」
「──っ!」
次にフレイニーの瞳に浮かんできたのは期待の色だった。
分かる、フレイニー、お前の願望はよーく分かってるぞ。屋上でぼっち飯をするお前の気持ちは。
「〝共食い〟しない?」
「────ほぇ?」
──ふふん、何故自分の考えが見抜かれたのか、という反応だな──しかし、俺はここで終わらない!
「ほら、人数が多ければ多いほど良いって言うだろ?」
流れるような完璧なフォロー!流石俺、超かっこいい!!
──ほら、頭のネジ外れ子ちゃんだってボーっとしちゃってるし。まったく、そんなに見蕩れるなって。
「────〝共食い〟?」
唖然とクルスを見上げるフレイニーが、だらしなく半開きになった口からポロリと零す。
「そう、〝共食い〟」
「というと、同種族で食べ合う、アレですの?」
──同種族?なんか変な言い方だな······まあいいか。
「うん、学生が友達同士とか恋人同士とかでよくやる」
「──多ければ多いほど楽しい、食べ合う、恋人同士、よくやる······っ!!??」
フレイニーの顔が一瞬で林檎色になり、頭から湯気が噴火する。
「──あ、ああああなたたち屋上で何をしようとしてるんですの!?えええ、えっちですわ!こっちに来るなですわこのケダモノ!!」
「えぇ?どうしたお前、大丈夫か?」
フレイニーの安否を確認するため、クルスが目の前の肩に手を置くと、触れた途端にフレイニーが飛び上がる。
「ぴゃぁぁぁぁ!」
弁当片手に開かれたまま放置されたドアを逃げるように潜ると、壊れるほど激しく叩き閉めて、クルスの視界から消え去った。
何事も無かったか如く静かに佇む扉は、恐らくフレイニーのものだろう階段をかけ下りる音を奥から微かに響かせていた。
「──なんなんだ、あいつ······」
疑問を抱えながらも、こちらを観察していたシンジとスノウの元に帰ろうと踵を返して歩き出した瞬間、クルスの胸を突き刺すような殺気に息を詰まらせる。
明らかに自分に向けられた濃密な殺気を辿れば、無表情でクルスを凝視するスノウと視線が交錯した。
クルスは久々に感じる死の気配に、最大限の注意を払ってゆっくりと歩く。
隣で特に気づいた様子もなく、呑気に自分の弁当を食べ続けるシンジを意識から追いやり、スノウの眼前まで移動した。
なんと切り出そうか思考を巡らしたその時、先手を打つように、また逃げ場を潰すようにスノウの方から問いかけた。
「──なんで、あのおん──フレイニーさんを誘ったのかな?」
なんの変哲もない発言だが、その声音は有無を言わせぬ迫力を孕んでいた。
「え?いや、皆で食べた方が楽しいかなーって」
「──本当に?」
低く寒気がするほど真剣な声は、どこか狂気に満ちていて、クルスは知らず固唾を呑み込む。
「ほ、本当だよ」
「──うん、ならいいんだ」
少しの間の後、先程の雰囲気はすっかりなりを潜めて、普段通りのスノウのお淑やかな穏やかな笑顔に戻った。
クルスは溜まっていた息を吐き出すと、三人が輪になるように座り、スノウから渡された弁当に箸を運ぶ。
それから、三人で会話を交えながら食事を進めていく。
何故だか、時折向けてくるスノウの自然な笑顔が不自然に感じた。
ちなみにその後教室に戻ったら、隣に座るフレイニーが顔を赤くモジモジと萎れていて、呼びかけてもやけによそよそしかった。
今年もよろしくお願いします