001 あ、ごめん。もう一回言ってくれる?
クルシーズ騎士学園、千を超える生徒数を誇るそこは、魔法国家インフェル最大の戦士養成学校だ。おかげで馬鹿でかい校舎には戦闘能力を育むあらゆる設備が完備されている。
その一角、一年A組の教室は、幾重にも会話が重なり、一つの騒音と化していた。
ホームルームが始まるまでの、団らんのひとときは、紛うことなき日常の風景だ。
しかし、クラス中を満たすそのざわつきは、ドアの滑る音とともに一瞬で鎮火した。
「席につけーお前らー」
硬いイメージのスーツの上からでも分かる大きめの胸、膝上で途切れるスカートから伸びる、黒いストッキングに包まれたすらり長く細い足。
絵に書いたようなモデル体型の彼女は、誰もが憧れる美人教師のマルチリーナ先生だ。
教卓の前まで歩いた後、よく通る声を上げる。
「今日は転入生を紹介する────入ってこい」
カララ、と先程よりも控えめな音でドアから出てきた灰色の髪の少年が、チョークで黒板を叩く。
丁寧な文字で〝クルス〟とだけ短く書きつけると、黒板に背を向ける。
「今日からここ一年A組に転入するクルスです。友達になってくれると嬉しいです」
意識して爽やかな笑みを作り出すクルスに、クラスが一気に騒々しくなる。
それをマルチリーナ先生は手を叩いて制すと、教室中央あたりに位置する空席を指さした。
「クルスはあそこに座れ」
「分かりました」
教卓を中心とした半円状に段差が連なり、湾曲した長い机を複数人で使用するという典型的な造り。
今まで学園とはまるで縁の遠い存在だったクルスは、そこにさえ青春を感じ感動に打ち震えながら席に着いた。
いいねこの感じ、さらば冒険者生活、さらば共に旅した仲間たち······あ、俺ずっとソロだったから仲間とかいねえわ。
比較的フランクな冒険者たちの中でさえぼっちだったことを思い出し、泣きたくなったクルスに、真隣から声が放たれた。
「ちょっと貴方、家名がないということは平民の出ですわね。そんな馬の骨の欠片がなぜこのA組に入れたのかは知りませんが、平民であるからには侯爵家の長女たるこのフレイニー・デ・バランを神の如く敬いなさいな」
うわっ、金髪縦ロールなんて初めて見た。なんかドリルみたいだなあ。
どこまでも不遜な物言いを、話半分で聞き流すクルス。
ちなみに、クルシーズ騎士学園のクラス分けはA〜Dまであり、アルファベットがAに近づくほど、その生徒の実力は上がっていく。
つまり、ここA組は、一人一人が間違いなく一年生で最上位の能力を持っているのだ。
クルスのどこか上の空な表情から察したのか、フレイニーと名乗る少女が眉をひそめる。
「──ちょっと、聞いているのかしら?」
「あ、ごめん。もう一回言ってくれる?」
全く悪びれる様子のないクルスに、とうとうフレイニーが憤慨する。
「──ふふっ、いいですわ、そんなに死にたいのでしたらお望み通りにしてあげますわ······今日の2時間目の戦闘演習、そこで格の違いをしっかりと教育してさしあげますわ!」
それにしてもこの娘胸おおきいなー。
「覚悟しておくがいいですわ!」
ふふん、と胸を張るフレイニー。その動作により荒ぶる胸元が、とても目を引いていた。
「──あ、ごめん。もう一回は言ってくれる?」
今度は胸に気を取られ話を聴き逃してしまうクルス。
「ムキー!」
フレイニーは大層ご立腹なようだった。
一時間目の魔法の授業は、全てクルスが既に知っている知識だったため、ひたすらマルチリーナ先生の神秘的な太ももを凝視して終わった。
────ふぅ、素晴らしい授業だったぜ。
ちなみに貴族の階級は王族→侯爵→伯爵→子爵→男爵の順です。




