017 決闘 スノウちゃんは狂信的
決闘場の円形リングに、超巨大な氷塊が立っていた。
見事、見事としか形容できない魔法だ。
六回戦 ノーマインVSスノウ・レイ・マスコッティ
開始と同時に鋭い眼光で巨躯のノーマインが仕掛けた。
彼は下級生だからといって一切の油断も容赦もなく仕留めにかかる。
スノウの足元から複数の蔓が噴出し拘束しようと身をうねる。
スノウはそれを細い片刃の剣で一閃。
自らを囲む全ての蔓を切り捨てた。
しかし次の瞬間接近していたノーマインの身の丈もある大剣が横薙ぎに振るわれる。
魔力を通して強度の増した氷を更に圧縮して練り上げられた超高密度な氷の壁が行く手を阻む。
そして動きを止めた大剣に氷が侵食、一瞬で獲物を氷漬けにした。
武器を失ったノーマインに刺突が放たれる。
しかし半ばでスノウの腕が急停止。
そこには太い蔓が巻きついていた。
凍らせて砕くが、その間に大剣を放棄する判断に至ったノーマインは後退して距離をとった。
一瞬の静止、動いたのはスノウだ。
剣を宙に振ると、弾かれるように斬撃から無数の氷柱が飛んだ。
一直線に迫る氷柱の数々を前にして、ノーマインは腰を落として拳を引き絞る。
細く息を吐いた。
目がかっ開く。
拳が前に突き出された。
追従する衝撃波が氷柱を全て砕く。
攻防が入れ替わる。
ノーマインが鬼の形相で走り出した。
スノウが両手で地面を突く。
ノーマインの目の前に、氷壁が生えた。
しかし、ノーマインは速度を緩めない。どころか加速していた。
自分の巨躯よりも更にでかい壁に、臆せず突っ込んだ。
押し負けたのは壁の方。
氷壁が瓦解する。
ノーマインは止まらない。
氷の瓦礫を抜けた。そこには──
壁があった。
再びそびえ立つ氷の壁が見下してくる。
いや、これだけではない。更に奥にまた一枚。その奥にも一枚。その奥にも、奥にも、奥にも奥にも奥にも奥にも。
計十枚の壁が連なる。
だが、やることは変わらない。
ただ、突き進むのみだ。
初めて、ノーマインが吠えた。
雄叫びながら足を止めずにタックルをかます。
一枚、一枚と砕いて走る。分厚い壁が、薄紙のようだった。
肩から血が吹き出て尚、その足は衰えない。
九枚目を破って最後の壁に突進する。
渾身の力を込めたにも関わらず、壁はなんとか持ちこたえ、硝子が割れたようなヒビだけが大きく刻まれた。
氷の向こうに人影が見える。
最早彼女を守る防壁は一枚しか残されていない。
その一枚もなんとか原型を保てているだけで、今にも崩れ落ちそうだ。
ノーマインは、再度拳を硬く握る。
額に青筋がありありと刻まれる程全力で、拳を振り抜いた。
氷が割れる。
上半身を前に出して、そのまま人影をぶち抜いた。
捉えた、確実に。
ああ、人影は捉えたのだ。しかし何故だろう。まるで生身の人間を殴った手応えはない。
瓦礫が落ちきって改めて人影に目を向けると、
拳によって上半身を吹き飛ばされた、氷の像が佇んでいた。
ノーマインが驚愕に目を見開く。
消えたスノウは何処だと視線を巡らせると、リングギリギリで左手を天に掲げる彼女がいた。
スノウが、ノーマインに向けて穏やかに微笑む。
その笑みを理解できぬまま、ノーマインは氷漬けにされた。
■■■
天にそびえる氷塊は神秘的なまでに荘厳で、超巨大だった。
観客席より更に高く。校舎の屋上にまで並ぶ高さだ。
その中心に囚われる男が一人。
本来大きな身体を持つ彼は、しかし氷塊のせいで蟻同然にちっぽけに見える。
勝者──スノウ・レイ・マスコッティがリングから下りると、氷は一瞬で砕けて空気に溶けた。
「申し訳ございません。予想以上に時間がかかってしまいました」
後ろで倒れるノーマインのことなど眼中に無いらしく、俺に頭を下げてくる。
いや止めて?周りの視線が痛いから。
「うん、まあ、なんか、良く頑張ったんじゃない?」
とりあえず頭を上げて欲しくて労いの言葉をかける。
するとスノウは思いっきり顔を振り上げた。激しいなこの人。
「あ······あぁ······クルス様に、褒めて頂けるなんて······」
スノウが恍惚と顔を蕩けさせてくる。
うわぁ、なんだこいつ。
「もっと、もっとクルス様のお役に立たなければ!······そ、そして、もっと、褒めてもらって、うふ、うふふふふふふ♡」
駄目だこいつ。
虚空を思わせる目で、妄想の世界へと旅立って行ったスノウを前に、クルスは〝その目〟を思い出す。
······あっ、これ冒険者時代熱狂的というか狂信的というかそんな人達から向けられた目だ。
学年どころか学園屈指の美貌と戦闘能力を持つ侯爵令嬢、〝雪姫〟スノウ・レイ・マスコッティは、元Sランク冒険者クルスの狂信者だった。