014 決闘 慢心
仰向けに転がる魔法研究部三年のクナシ・マンド。
胴を横断する痛みから、表情を苦悶に歪めている。
「──まさか、〝2属性所持者〟とはねぇ」
額に玉の汗を滲ませながら絞り出すように吐き出した。
生物は基本的にひとつの属性しか使用できないが、十五人に一人ほど、二つの属性を扱える特異体質の者が産まれることがある。それが〝2属性所持者〟。
「わたくしの、勝ちですわね」
胸を極限まで張りながらこの上ないドヤ顔。
わざと鳴らしてるんじゃないかと疑うほど足音を響かせながら、フレイニーはマンドへ毅然と歩を進める。
──お胸が揺れていらっしゃる。
「恨むなら、己が慢心を恨むことですわ」
マンドの首筋に刃を突きつける。
──これで、わたくしの勝ちですわ。
敵の首を貫こうと剣に力を込める────その刹那、
「──慢心、ねぇ。ああ、お互い様だ」
突如フレイニーの足元に魔法陣が浮かび上がった。
紫色に妖しく光るそこから、二匹の大蛇が弾かれたように飛び出る。
「なッ!?」
その身体は黒。
素早くフレイニーに巻き付き、締め上げる。
「──あぐっ、」
フレイニーの喉から絞り出された掠れた悲鳴が、その苦痛を物語っている。
『キシャァァァァァァァァ!!!!』
──そして、二匹の大蛇は鋭い威嚇の叫びを上げて、フレイニーの首筋に牙を突き立てた。
──視界が傾く。自分が地に伏したことに気がついたのは、暫く経ってからだった。
いつの間にか、蛇は黒い煙となって霧散している。
しかし首の焼けるような痛みは消えない。どころか更に増していた。
灼熱の鈍痛が脈動し、脳を殴りつける。
全身を得体の知れない痺れが支配し、指先ですら動かすことは不可能だ。
──こ、これは、呪いの類い、ですわ······。ではまさか、まさかこの男は──!?
「〝2属性所持者〟、僕もだよ」
コツコツと、音をたててマンドがゆっくりと歩く。
先程とは、立場が真逆だった。
──あの時か、開始直後のしばしの問答、あの時この男は地面を軽く二度叩いていましたわ。おそらくそこでもう一つの属性、闇魔法の設置型の呪いを敷いていたのですわね!?
「慢心だ、一年生」
杖を向けて、マンドは嗤う。
「──この、卑怯者······!!」
なんとか喉から絞り出したか細い声は、正しく負け犬の遠吠えだっただろう。
それを認めるのが何より悔しくて、煮えくり返った腸が、更に首の痛みを加速させた。
「褒め言葉だよ」
悠然と放たれた言葉が耳に届くと同時に、撃ち出された水球に意識を穿かれた。
◼◼◼
「──そ、そんな」
リルの小さな口から零れた狼狽。
ふむ、確かにあれは信じ難い程綺麗な太ももだ。
うつ伏せで気を失うフレイニーは、玉の汗を滲ませており、制服のスカートから覗く白磁色の太ももを神々しく煌めかせている。
現在二勝二敗、ここまで善戦を見せてきた都市伝説研究部だが、本当の悪夢はここからだ。
決闘で致命傷を負うこともあるため、決闘場には特殊な魔法陣が敷かれており、その範囲内で受けたダメージを計測、擬似的な衝撃、現象に変換され、疑似体験故に決闘が終わり魔法が解かれれば如何なる傷も元通りという優れもの。
だからこそ彼らは全力で刃を交えられるというのだが、傷が戻るのは決闘が終わって魔法が解けたらだ。
逆に言えば魔法が解けるまで傷は治らない。そして魔法が解かれるのは十試合全てが終わったらなのだ。
──つまり、都市伝説研究部の面々は、負傷した身体そのままで、次の試合に望まなければならないのだ。
限界の体力、出し尽くした魔力、すり減った気力、そして力を込める度に鈍痛の走る身体。
続く二試合、
3-Bクリミナフ・トレイドル VS 2-Bリル・コルキー
3-Bパクロンピ・ポポランプ VS 1-Aシンジ
は、先の善戦が嘘のように、呆気なく都市伝説研究部の敗北に終わった。
都市伝説研究部、二勝四敗。