012 決闘 開幕
恐らく平成最後の投稿です。
遂に決闘が幕を開けた。
一回戦は3年Cクラスの男子の先輩とフレイニーの戦いだ。
──実に呆気ないものだった。
先手必勝とばかりにすぐさま鉄剣片手に走り出す先輩に対し、フレイニーは立ち止まったままゆるりと腰の剣を抜く。
一目で業物だとわかる真紅の剣。
鈍色に妖しく輝くそれは、次の瞬間赤々と炎を焚き上げた。
「──ハァッ!」
凄まじい熱気もそよ風の如く、涼しい顔で炎を纏う剣を無造作に下から上へ。
明らかに間合いの足りていない。
斬撃が虚しく空を斬る。──しかし炎は違った。
迸る。先輩の走りよりもっと速く、敵との距離を喰らい尽くす。
その瞬速の業火を、前傾姿勢で走る先輩に避けられるはずも無く、口を半開いたままの間抜けな顔で、体をまるごと灼炎に呑み込まれた。
やがて炎が散り散りに霧散すると、すすにまみれ焼け焦げた先輩だけが地に伏していた。
一試合目、都市伝説研究部の快勝。
二戦目はリルと3-Bの先輩。
開始早々、リルが自分の身長よりも長い槍を目にも止まらぬ速さで三回突く。
だが、相手も流石三年と言ったところか、剣の腹で難なく受け止めていた。
目まぐるしく攻守が入れ替わるが、毎回既のところで防がれてしまい、お互い決め手にかける様子だ。
先に痺れを切らしたのはリルだった。
槍に魔力を通し、横薙ぎに振るう。属性は〝雷〟。
スパークの舞散る穂が、敵の喉元に迫る。
──が、
その攻撃は、突如として地面から生えてきた土壁に阻まれ止まってしまった。
地属性の中級の魔法だ。難度で言ったら、リルの使った魔法の方が遥かにに上だろうが、如何せん相性が悪い。
水が火に強いように、地も雷に強いのだ。
懇親の一撃が失敗し、無防備になってしまったリルに、無慈悲にも刃が振り下ろされる。
咄嗟に防御魔法を唱えられたのは日々の鍛錬の賜物だろう。
敵の剣とリルの身体の間に透明な薄い壁ができる。
しかしあくまでスピード重視のお粗末な魔法だ。
凶刃の勢いこそ殺したものの、斬撃そのものを止めるまでには至らず、刀身がリルの肩を軽く撫でる。
また、防壁に加わった衝撃は、リルの小さな身体を吹き飛ばすには十分だったようで、そのままリルは後方に弾かれて倒れた。
──再起不能だ。
二戦目の敗北は、一戦目の快勝の気分を全て拭いさっていった。
三回戦、シンジVS3-Bドン・トッキマー。
シンジが赤と黒の夫婦剣を以てドン・トッキマーに斬り掛かる。
流石はA組、洗練された剣さばきだ。
だが、ドン・トッキマーも黙ってはいない。
降りかかる双剣に焦りを見せず、入念に、しかし素早く魔力を練っていく。
そして現れた魔法障壁が、夫婦剣と衝突し火花を散らす。
「なんやこの防壁、ビクともせえへんぞ!?」
シンジの嘆きに、場外から戦いを眺めていた魔法研究部部長──スキロット・ヴァン・ウォミリアが嘲りを零す。
「アッハハハハ、僕達は魔法研究部だぞ、そっちのお粗末な防御魔法なんかとは練度が違うんだよお!!」
「外野は黙っとけや!」
「な、なんだその物言いは!上級生には誠意を払え!」
何やら地味に正論を喚いているスキロットを、例のごとく無視してシンジは魔法障壁と奥のドンを睨む。
何度刃を突き立てても、傷一つつかない防壁。
「ホンット気が滅入りそうやわ!」
魔法壁をすり抜けて放たれる火球の反撃を、身を捩って躱しながら後方に跳ぶ。
このままじゃ結局ジリ貧──なら、
「全身全霊で往かして貰うでえ!!」
身を低くして火球を潜り抜け、黒の短剣に水、赤の短剣に火の魔力をそれぞれ通して、速度を上げていく。
獰猛な笑みは獣の如く、瞳を光らせ獲物に飛びかかった。
ドンも雰囲気を感じとったのだろう、牽制用のちゃちな火球ではなく、上半身全てを埋め尽くす程の巨大な火球を顕現させる。
「〈火球・上〉!!」
放たれる。
灼熱の熱気に空気すら焼かれ、風を割って火球は進む。
シンジとの距離僅か数メートル。
「──シャァ!!」
縦一閃。
左に持つ水流蠢く黒の短剣で、特大の火球を左右に両断した。
だらりと上半身の垂れた体制から、着地と同時に踏み込む。
右手に握る炎荒れ狂う赤の短剣で、ドン目掛けて渾身の突きを放つ。
魔法障壁と再度の衝突。
シンジは己が全力をつぎ込むように吠えた。
「うぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」
──ぴしり、
音が鳴った。
砕ける音だ。
透明な壁に亀裂が走る。
徐々に広がっていくそれは、やがて穴へと変化した。
短剣がねじ込まれる。
衝撃と熱風で、ドンの髪が激しく靡く。
驚愕に目を見開いたのも一瞬。
即座に魔力を練り始めた。
しかし、そこに先程までの余裕はない。
じりじりと刃が迫る。
障壁は亀裂が蜘蛛の巣を描き、辛うじて形を維持している状態だ。
魔法障壁のダメージ許容限界が訪れる一瞬早く、ドンは口を開いた。
「〈巻き付く鎖〉ッ」
地面から射出された鉄の鎖が、喧しい音を叫びながら炎の刃に絡みつく。
短剣の進行が完全に止まった。
──だが、喜色を浮かべる暇もなくドンは息を詰まらせた。
視線の先には、拳を引き絞るシンジ。
「もろたでッ」
強めた語気と共に、唸りをあげた拳が短剣の柄を思いっきり殴り飛ばした。
爆発的な威力を得た短剣は、障壁も鉄の鎖さえ引きちぎり、勢いそのままドンの胸元に突き刺さる。
血を吐きながら仰向けに倒れたドンに背を向け、右手を天に振り上げて都市伝説研究部の元へ歩を進める。
最大級のドヤ顔を貼り付けて。
「おーい、剣拾えー」
サヨナラ平成。