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小さき人々、良き隣人

 二日目。晴れやかな空が広がっている。

 天へと伸びたヤドリギの木の下で、マリーは今日も「天使」になりきっていた。

(…今日こそ、あの人に会えるといいな)

 そんな淡い期待を抱きつつ、彼女は木の下に佇んでいた。

 

 …そんな時だった。

「…おーい…人間さんー」

 …鈴の音色のようにきれいな、かつ小さな声が、彼女の耳に入ってきた。

 「こっちこっちー」

 声は小さかったが、それはすぐ近くから聞こえてきているようだ。


  …不思議に思って、マリーは辺りを探してみる。木の裏側に回ると、そこには青い小瓶が落ちていた。

 拾い上げてみると、それはカタカタと小刻みに揺れている。

「…この蓋を開けてくれないかい?」

「…はい…?」

 キャップに手を伸ばす。一度それを左に捻ると、その隙間からキラキラとした何かが溢れてきた。


「…わあ」

 あまりに突然のことだったので、マリーは瓶を取り落としてしまった。

「…落とさないでくれよぉ」

「…ご、ごめんなさい…」

 もう一度、その瓶をしっかりと握って、キャップを捻る。

 すると、まるで天空に登って行く花火のような勢いで、そのキラキラが勢いよく飛び出した!


「…ふぅ、助かったよ。お祭りの日だっていうから、この街に来てみたら…。まさか子供に捕まえられてしまうとは」

 輝く霧のようなものが晴れる。そこから現れたのは、透き通った羽根をはためかせる、小さな少年のようななにか。

「わ…妖精さん!?」

「…その呼び方、やめてくれるかい?せめて、小さき人々(リトルピープル)とか、良き隣人(グッドネイバー)とか…」

 間違いなく、この少年は妖精のようだ。


「…いやー、僕たちは心が綺麗な子供か、魔法薬をまぶたに塗った人くらいにしか認識できないからねぇ。ちょうど女の子が来てくれて助かった」

 妖精の少年は、自由になれた喜びを噛み締めているのか、先程から意味もなく飛び回っている。


「…ええと…隣人さん?あなたはどこから来たんですか…?」

「…君たちの言う『妖精郷』かな」

「…やっぱり…!」

 妖精郷エディルー。実在するんだ。マリーは少し嬉しくなった。


「…でも、当然僕たちが見える人にしか、僕たちの国は見えない。それに、見える人でも、その中に入るのは難しいことかな」

「…そー…なんですか?」

「うん。『妖精に会いたくば妖精になれ』って言葉、知ってる?」

 つまり、精神を自然と共鳴させ、無邪気な妖精の心を持つことである。…後世では、「人の立場に立ってものを考えろ」みたいな意味のことわざになってしまっているのだが。

 「つまり、僕たちと同じ心がなければ、その門をくぐる決意がつかないのさ…って、そこはまた別の話か」

 「…門?」

 少年がそれ以上言葉を続けないので、マリーは聞くのをやめることにした。


「…もしかして、それ、天使様のモノマネかい?」

 マリーの格好のことを言っているのだろう。彼女の姿は、はたからみても「天使」のようであったから。

「…はい。この国には、そう言う伝説があるみたいで。」

 少年は急に笑い始めて、「…ああ、まーだ続いてたのか、その遊び」と呟いている。

「…そう、それ、こっちの国から始まった遊びなんだ。霊木の下で、天使様とかゼーラ様とかの格好して。」

 それを見た人間の子供たちが真似をし、それを大人が伝統にしてしまった…ということのようだ。


「…じゃ、そろそろ信者さんたちが訪れるだろうし、僕はお暇するよ。」

「…はい、隣人さん。またいつか」

「…いつか…なんて言って、またすぐ会っちゃったりするものさ。小さき人々(リトルピープル)はどこにでも潜んでいるから」

 そういって、少年はまるで水面の波紋が広がるように、その場から消え去った。


「…さて、私も頑張らないと。」

 ヤドリギの表に回って、また大通りの方を見る。昨日よりも人通りが多いようだ。…よく目を凝らすと、異国の人もこの国を訪れているようだ。


しばらく待っていると、一人の老人がマリーに近づいて来た。

「…おお、珍しい。天使様に出会えたのは何年振りだろうか…」

「…こんにちは…?」

 老人は優しげに微笑むと、続けた。

「少々仕事が煮詰まっていてな。それで、散歩してたら…まさか天使様がいらっしゃるとは」

「…はい。久しぶりに来てしまいました。」

「…では、あやからせてもらおうか」


老人がそう言ったとき、後ろから聞き覚えのある声がした。

「…町長、どこへ行くんです?」現れたのは、商会長である。

「この大事な時に。困りますよぉ」

「…息抜きも必要だからね、この老体には」

 二人の男が話している。なにか、仕事の都合だろうか。


 …案の定、商会長の鋭い目はマリーを捉えていた。

「…で、きみ、こんなところで何をしているんだね?」

「…その…ちゃんと、マッチを売っていました」

 苛立ったような声で会長が続ける。

「…だったら、そんな辺鄙なところじゃなくて、もっと道の真ん中とかでやりなさい」

「…でも、私は…!」

 マリーはこの人が苦手だった。いつも利益のことだけ考えて、私たちに無理難題を押し付ける。

 優秀な売り子には問題ないかもしれない。でも、マリーはいつも失敗しては、会長に怒られているのだ。


「いいかね、今日は稼ぎどきなのだ。世界中の旅人が集まってる。きみのように才能のないやつだって、売り上げを伸ばすチャンスがあるのだぞ…」

 こういう時、マリーは目を合わせるのが怖かった。いつも、会長の顔の後ろ、遠くの景色を見るようにしていた。

 しかし、今回会長の後ろを見たのは、それだけが理由ではなかった。


 …会長の後ろに、青い瓶が浮かんでいる。


 …思わず目を凝らす。しかし、瓶は見間違いなどではなく、依然宙を漂っている。

 その瓶の中から、あの妖精の少年がひょっこりと姿を覗かせた。悪戯っぽい笑顔だ。

「そーれっ!」

 少年が小さな声で合図をすると、その青い瓶は、鳥が急降下するような勢いで飛び出した!


どかっ。

「聞いているのか…ギャァッ」

 そしてそれは、物の見事に会長の後頭部に直撃する。不意をつかれた彼はバランスを崩し、そのままばったりと倒れ込んでしまった。その拍子に、懐からなにかの箱が落ちる。

「あはは、上手くいったー!」少年は笑い転げている。(もちろん、空中をである。空中を笑い転げるだなんて、珍しいことこの上ない)


「…大丈夫ですか…!?」慌てて、マリーは箱を拾い上げ、手渡そうとする。

「…『雪白銀』?」その箱のラベルには、小さな文字で『雪白銀』と書いてあった。

「おいっ…それを返せ!」慌てて立ち上がった会長は、ものすごい形相でこちらを睨んでいる。

「…このことが知れたらどうなるか…」


「…さて、『このこと』とはなんだろうね?」

 割って入る老人…いや、町長。貸しなさい、と雪白銀の箱をマリーから受け取り、会長の眼前に差し出した。

「…昨日、あの娘が私にだけ教えてくれたのだよ。『三箱分あったはずなのに、二つだけになっている』と」

「…!」

 先ほどの温厚そうな雰囲気とは真逆の、毅然とした態度。

「…そして、あの娘は基本、仕事場に人を入れないと聞いた。で、きみは強引に入っていったらしいね」

「……」

「…後で、役所に来なさい。話はそこで聞くから」

 会長は顔面蒼白、余命が明日までの病人のような顔をしていた。…側から見ていたマリーには、今のやり取りの意味が分からなかった。


 …話を終え、穏やかな顔に戻った町長。マリーに話しかける。

「…お見苦しいところをお見せした。申し訳ありませんな」

「…い、いえ…大丈夫ですけれど…。」

 そうして、彼はマリーの持っているカゴに目をやって、2000アルト紙幣を取り出してマリーに渡した。

「そのマッチ、全て買ってもよいかな?…明日の夜花火をあげるから、出来るだけ備えておきたい」

「…は…はい…!」

 全てマッチが売れた。彼女にとっては、初めての出来事だった。


「…あ、そうそう」

 老人が思い出したように言った。

「…天使様や、この私にも祝福を下さらんかな?」

「…はい、もちろんです。」

 町長は跪くと、マリーの右手の指先にキスをした。

「…左手の方は、愛する人のためにとっておきなさい。では、また縁があれば。」

 老人はその場を去って行った。なんだか、勇気をもらえた気がした。




 …家に帰って、ベッドに寝そべるマリー。もうマッチは売れてしまっているから、もうヤドリギ広場に行く必要はない。

「…でも、明日も私は天使になってみよう。」

 マリーは一人つぶやいた。あの女性とはまだ会えていないし、天使でいることは楽しいから。

 彼女は明日を楽しみにしているうちに、心地よい眠りに落ちていった。


【12月23日 星夜祭、あと一日】


…今回の作品では、キスの場所の意味も考えて作られてたりします。

ロマンティックで良いですよね(*'▽')

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