舞い降りた天使
まだ薄暗い街。マリーは家の扉を明けた。
今日は特別な日。期待と興奮と少しの不安。マリーの心は躍っていた。
東から、太陽の光が街に差し込み始める。夜が、明けようとしているのだ。
今日は星夜祭の日。特別な三夜が始まる。マリーは一つ深呼吸をして、
「行ってきます!」と、珍しく元気な声で言った。
冬の澄んだ空の下、彼女はヤドリギ広場に足を踏み入れた。あまりの緊張に、さっきから自分の心臓の音がはっきりと聞こえる。
(…あのお姉さん、今日もいるかな…?)
広場の石畳の色を目で追いながら、歩いていく。
(大丈夫…。昨日髪を切ってもらったし、真っ白なワンピースも着てきたから大丈夫。私、天使になれてる。)
自分に言い聞かせる。目指すは、一昨日、あの女性と話したあの木の下。
「…よしっ」
決意を胸に、彼女はしっかりと前を向いた。
彼女は、すでに廃れかかっているあの風習を、自分が実行してみようと考えていた。
…もし、あの女性のように、この街に「伝説」を信じている人がいるのなら。それを確かめてみたいと、彼女は思ったのだ。
ついでに、抱えていたマッチの在庫もどうにかできればなぁとも。
(…それに、もしかしたら『運命の人』に逢えるかもしれないから…って、それはあんまり期待しないほうがよさそうかな)
あの木の下に着いた。この場所は比較的開けていて、さびれているとはいえ人通りもある。そのため、ヤドリギの下で佇んでいる、美しい少女の姿はよく目立つ。
「…もしかして、天使様?」
早速、一人の少年から声がかかる。
「…はい!気付いてもらえてうれしいです」
「…嬉しいなあ。本で読んだことはあっても、実際に見てみるのは初めてで。」
木の下に居る間、天使役の女の子は「天使」になりきっていなければいけない。そういう決まりになっているのだ。
「…じゃ、あんまり直接じゃあれだよね…。ほっぺたでいいかい?」
「…大丈夫ですよ」
「…じゃあ、失礼して…」
少年の唇が、マリーの頬に触れる。優しい感触だった。
「…ありがとう。お勤め頑張って、天使様。」
「…あっ、そうだ!」
遠慮がちに、彼女が持っていた籠を上げた。
「…その…マッチ、買ってくださいませんか?」
少年は苦笑すると、懐から十アルト取り出して、マッチ箱を二つ手に取った。
「まったく…。誰かは知らないけど、天使様にこんな仕事をさせるだなんて、礼儀知らずな人だなあ」
そんな冗談を口にしながら。
「…またね。」
「はい。…あなたに幸せが訪れますように」
マリーがまた一人、木の下で佇んでいる。
その後も、何人かがマリーのそばに寄ってきて、キスをしていった。彼女が思っているより、あの伝説を信じていた人は多かったのだ。
(すごく緊張したけど、うまくいって良かった。マッチもだいぶん減ったし…)
…内心では、彼女はあの女性を待っていた。自分が勇気を出せたきっかけの人に。
やがて、陽が落ちて、夜空には星が輝き始めた。
「…おーい、マリー!暗くなるから、そろそろ切り上げろよー!」
心配になった母が、様子を見に行かせたのだろう。広場の遠くに、小さな兄の姿が見える。
「す…すぐ戻るよー!」
あわてて走り出したマリー。また明日は、あの人に会えるかな。…運命の人は、やってくるのかな。そう思うと自然に笑顔がこぼれた。
あしたも、私は天使になろう。少女は、嬉しそうに帰路に就いた。
「…まずいぞ…まだ『星花火』は納品されないのか…?」
街の片隅、大人たちが渋い顔をしている。
「花火を使って、星が降るような演出を作る…。アイデアまでは良かったのだがなぁ」
彼らもまた、星夜祭を盛り上げるために頭をひねっているのだ。
「…商会の会長は、こんな時に何をやっている…?」
「…花火の作成を依頼した、錬金術師を呼んでくると聞いたが…」
そこに現れた、太った男。それは、マリーたち売り子をまとめる、この街最大の紹介の会長でもあった。
「やあやあ、おそくなりましたな。ちゃあんと連れてきましたよ。」
彼の後ろからついてきた女性は、申し訳なさそうにお辞儀をした。
「…その…素材になるはずの、雪白銀が足りなくて…。このままでは、発注されたような色は出ないかもなのです…。」
「…それは災難な。何かで代用はできないのかい?」
温厚そうな老人が、優しく女性に尋ねる。しかし、女性は首を振った。
「…昨日までは、量もちゃんと足りていたはずなのに…。」
「まあ、色なんてどうでもいいじゃないか。この際青や黄色でもいいから、花火を作ってくれるかい?」
老人は微笑む。女性は「ありがとうございます…!」と言って、彼の手を握った。
会長も、気味の悪い笑みを浮かべながら、「頼むよ」と一言。女性は、焦ったように、すぐその場を去った。
「…はあ」
女性、…カナという名前の女性…。彼女は、もう誰もいなくなった広場で、ため息をついた。
「あの子との約束、果たせなかったなぁ…」
まだ、星夜祭は二日ある。それまでに何としても、花火を完成させなければ。
「…ごめんね、天使様。必ず明後日、ここに来るから。」
カナは自分に言い聞かせ、帰りの道を歩き出した。
【12月22日 星夜祭、あと二日】
かなり遅れております…。
…頑張って投稿しますので…ご期待ください!