天恵操作
「・・・早く、済ませてくれ」
寝室に入るや否や、ベフェリアはベッドに座り投げやりに言う。
「そう焦らないで欲しいでプ。すぐにアヘアヘにしてやるでプよ」
対してニッタは寝室の入口で、じっくりと部屋を眺め回しながら笑みを浮かべのたまう。
そんな一々気持ち悪い行動と言動に、ベフェリアはカッとなった。
「き、貴様なんぞに抱かれても感じるものか! 気持ち悪い!!」
契約を済ませた安堵感もあるのだろう。ベフェリアはあからさまな反抗的な態度を取る。
<黒布契約>のニッタの要求は『一夜の同衾』だ。『同衾』から外れるような行為―――命に関わることや暴力的な行為をすれば、それは契約違反になる。ベフェリアの認識から外れていないため<黒布契約>は成功しているのでそれは間違いない事柄だ。そしてその事実がベフェリアの態度を大きくしていた。多少の変態的な行為はあったとしても、逸脱した行為は絶対的にありえない。故に多少の反抗的な態度は許容されるのだ。
反面、ベフェリアが言った「早く済ませて」という話も、『一夜の同衾』外の条件になるため、一回してハイ、おしまい! とはならないのを重々承知してはいる。ただ、今の自分の不甲斐なさをぶつけるところが無く、それがそのまま態度に出てしまっていた。
しかし、ニッタはそんな彼女の態度を気にかけるでも無くニタニタと笑っていた。
「面白いでプ。ぽくはそこそこ上手なんでプよ?」
彼女の全身を目でなで回しながらニッタはニチャリと笑う。
「・・・気持ち悪い。見るからに雑で下手そうな顔してる癖に・・・はっ。何が?」
「ぷぷぷ。そんな、酷いでプ。顔は関係ないでプよぅ」
「こっちの事を気にせずに痛くするしかできなそうなのが丸見えだよ」
「それはベットの中で存分にわからせてやるでプ」
そうニッタはにちゃり、と笑う。その姿にベフェリアは身を凍らせた。
「ところで・・・君の手下は全員生きてるでプよ」
「・・・ほ、本当か!?」
「外で襲われた時の十人くらいの奴らは、襲われた場所の近くの小屋にひとまとめにしてぶち込んであるでプ」
にわかに信じがたい話にベフェリアは食いつくようにニッタに詰め寄る。
「本当でプ。このアジトで倒した奴らも電気で気絶しているだけでプ。早くて明日の昼には起きられると思うでプ。まあ、びしょ濡れなので風邪は諦めてもらうでプがね」
「し、信じていいんだな!?」
「死なないようにする手加減は一杯研究したでプ。信じていいでプ」
「・・・デムジンは・・・?」
「ぽくが鼻フックで連れて来た奴デプか?」
「そ、そうだ! ボロボロで生きてるようには見えなかったぞ!」
「彼はうまく手加減したのでプが倒れなかったんでプ。なので土に一度埋めたので真っ黒黒になったのでプ。汚れてるだけで怪我は大したことないはずでプよ」
「そうか・・・」
「なので、安心しれ抱かれろでプ」
そう言って、ニッタは静かにベフェリアを押し倒した。
・・・・・・。
・・・・。
・・。
ニッタはそれを直接目視できている訳ではない。
しかし、目の前に浮かんで見えるかのような、実体の掴めないまま感じるこのひとつひとつの輝きが、この世界でいう<天恵>と呼ばれるものらしい。
<天恵>とは、仮にゲームでいうところのスキルに当たるものだとニッタは把握している。だが、それにしてはあまりにも虚ろで不安定な存在だとニッタは感じていた。
散々弄んだベフェリアの背中を見つめながら、その周囲に浮かぶ可能性の輝きをニッタは気だるそうに見つめていた。
『心と肌を交わすことで相手の天恵を操作可能になる<天恵>。それがこの<天恵操作>です』
生まれてからその彼女に出会うまでの間、誰からも愛されることのなかった山賀新太を唯一ありのままで愛してくれた異世界の少女。その少女が懸命になってニッタにくれたこの<天恵操作>は彼女からそう説明され譲渡された能力だ。
「肌を交わす」・・・彼女が間接的に伝えたその意味をあえて直接的に曲解するならば、天恵を操作したい相手とセックスする。ということだ。
肌が触れた状態で、互いの心が近いほど、相手の<天恵>を操作しやすくなるため、ある程度無理矢理にでも相手を満足させるセックスをすることが手っ取り早いのだと経験上ニッタは認識していた。
ベフェリアの周囲に大きく浮かぶ二つの輝きにニッタは集中すると、その光が<軽身><瞬発力増加>という意味合いであることを読み解く。酷く曖昧で、揺らぎのあるその<天恵>に称された名称は、ふと、見直すと<身軽補正><初速補正>とふわふわとその意味合いを変えていく。
ニッタはこれをゲーム等のスキルのような確定したステータスではなく、あくまでその人の身に宿る可能性を感覚化したものだと受け止めていた。
(きれいでプ・・・)
既にニッタは<軽身>と<瞬発力増加>の天恵を何度か奪い、獲得しているが、ここまで大きな存在感と輝きを持つ<軽身>と<瞬発力増加>の天恵は見たことがなかった。
(途轍もなく恵まれていたんでプね)
そう思うニッタの目に淀んだ影が落ちる。
ニッタはこの日までに、この世界で数え切れないほどの女性を抱き、その身に宿っている天恵を見てきた。その上で彼が受けた印象は、『この世界は極めて不平等である』だった。
天は二物を与えず。そんな言葉が元に居た彼の世界にはあったが、この異世界<テラール>では、大抵は外見の勝るものが強烈な<天恵>を数多に持っていたのだ。
持てるものが更に持っている世界。そんな歪にも似た理解しがたいこの異世界がニッタは嫌いだった。
とはいえ、それはあくまでニッタが<テラール>を憎む小さな要素のひとつであるだけなのだが。
ニッタはひとしきり輝くベフェリアの<軽身>に心の手を伸ばす。
そしてそれを掬い上げると、はらりはらりとほどけて、ひとすくいの<軽身>の光ががその手に残る。
(たったこれだけでプか)
まあ、こんなもんだろうと思いながらも手に小さく残る<軽身>を自分の体に取り込む。こうする事でニッタは相手の中の<天恵>を奪っていた。
互いの心理状態で<天恵操作>できる範囲は変わってくる。
数度肉欲を与えたところで、おいそれとは相手の中はいじれないようなのだ。心の紐を解き、時には逆に相手を恨む事でその範囲を変えることができる。<天恵操作>はそんな歪で融通の利かない力だった。
(さて、もうひと押しいけるでプかね)
<天恵>自体ニッタからすると不安定な存在だ。その上<天恵操作>も非常に不安定で、その時々で酷く結果が異なる代物だった。
いろいろ試していた時もあったが、今では半ば操る事を諦め、楽しんだ上での結果を享受することにした。
ニッタは集中を解き、<天恵操作>を解除し、横たわるベフェリアの背中を見つめる。
多少、鎧の跡などが見受けられるが、さらりとした美しい白肌が目に焼き付く。
くたり。と力なく横たわるベフェリアの体にすり寄り、後ろから抱きつく。
そのまま唇を奪おうとベフェリアの顎を持ち、顔を向かせると、
「キスは、許して、くれ・・・」
散々抱かれ、息も絶え絶えのベフェリアだったが、小さく拒絶された。
「ププ。残念。わかったでプ。キスは我慢してやるでプ」
ちょっとだけ・・・ほんのちょっとだけ残念に思いながらも簡単にニッタは引き下がり、ベフェリアにまた悪戯をはじめた。