scene9 新たな魔法
右半身と左半身で全く異なる姿を持つ少女、ベルージュと交戦する一行。一時は倒したかと思われたが、見た目に違わない分離能力と魔力を奪う攻撃によってヴァイティーが戦闘不能となり、さらにベルージュは強化される。この劣勢を覆すために、今はサムとルナの2人で持ちこたえなければならない。
「倒すとは言ったけど、手はあるの?」
「あるぜ、ぶっつけ本番だがコイツの試し斬りを……」
サムは剣を両手で持つ。意識を集中させて剣へ魔力を送り、それを振り抜けば魔法の斬撃が飛び出す……そんなイメージを持って。
イメージ通り強力な雷の刃が半分娘の境目を無視して両断しない。
「ハァッ!」
何も起こらない。手順は間違ってないハズだ、と言わんばかりにその場で剣を振り回すが、やはり何も出ない。彼はむなしく剣の素振りをするばかりだった。
「あはっ、なにそれー?」
「……エザン」
滅茶苦茶に振られた斬撃のひとつが燃え上がり、ベルージュに向かっていく。しかし意表を突いても所詮は基本魔法、エネルギー弾に軽く相殺されダメージは与えられない。ただ、彼が期待したのは不意討ちではなく……
「逃げるぞ」
「えっ?」
サムはルナの手を引いてその場から離れた。有効打になりえない威力でも煙幕にはなる……といった発想だろうか。それなりの距離を歩いて着いたのは路地裏、見つかりにくく逃げにくい場所だ。
「ちょっと、倒すんじゃなかったの?」
「ああ。倒すための魔法を、今から習得する!」
そう言って懐から一冊の本を取り出し、ページを開く。表紙には
”魔法入門”の4文字。
「要らないと思って読み飛ばした部分、そこにヒントが必ずある」
「あれ、その本……」
黙々とページをめくるサム。少しの時間が経過し、記述は見つかった。
「あった!基本魔法の制限を解除する詠唱を追加する方法。魔力さえあれば簡単に強大な威力を発揮できるが、術者に技量が求められて非常に危険なので試さないように……」
「試さないでって言われてるわよ」
「知るかそんなもん」
本を閉じて懐にしまい、右手の人差し指で壁を指差す。そして
「スダンカ」
ピチャッという音が鳴り、壁に小さなシミができた。
「……弱くなってない?」
「弱くなってるから成功だ。発動に使う魔力を一定にせず術者が決める。魔力を込めれば込めただけ強くなる方法だから、手加減が可能なら強化も可能という事……さて、無事に習得できたからこんな場所にいる必要はもうない、奴を探しに」
行く必要は無かった。右を向けば彼女はいて、そしてフルパワーの砲撃が待っている。2人を見つけてから、物音ひとつ立てずにチャージし続けていたのだ。
「そんな!?とっくに気付かれてて……」
「フショウカ!」
ルナの足元に魔法陣が出現し、柔らかな風が彼女をふわりと包み、空へ誘った。直後、極大の光線が狭い路地を埋め尽くす。余剰な火力で彼が焼き焦がされていく様を見せつけられた。
言葉が出ない。焼却が終わり、風の魔法が消えて崩れるように地に落ち、バトンを手放しても、人型の黒い物体を見つめるのみ。混ざり合う混沌に意識を塗り潰されて、涙を流す事しかできない。
「覚えて良かったね、新しい魔法……ウフフッ」
ベルージュは吸収した魔力を使いきり、元の強さに戻っていた。だが、それでも動かぬ人間1人など取るに足らない相手。足元に転がってきたバトンを拾うと、ルナに向かってゆっくりと歩を進める。私の魔力を節約しつつ自身の得物で撲殺してやろうという、彼女の思考が見えた。
項垂れている金髪の横に立ち、バトンを振りかざす様は、処刑のようにも見えるだろう。執行者は鈍器を振り上げ、首を殴り落とす、それで邪魔者が1人消える。
「……?」
消えたのはバトンだった。さっきまで握っていて、目の前にある頭を叩き壊すハズだった物は、音も無く一瞬で消失し打撃を空振りに変えた。
『使用済アーセナルへのアクセスを確認しました。当アーセナルは長期間の放置により、登録が解除されています。再起動及び利用登録を行いますか?……登録が完了しました』
『ガイド音声をオフにします』
何処から鳴っているかも分からない、異質で近未来的な電子音声が響く。それが何を意味するのか考える暇もなくベルージュは左の頬に痛みを覚え……
消えたハズのバトンで連続殴打されていた。