scene2 門出
彼は目を覚まし、身体を起こして辺りを見渡す。
ドア、本棚、タンス、窓、机、椅子、鏡……ここが部屋の中で、自分がベッドの上にいる事を理解した。
「ここが異世界の……って、いきなり落とされたんだけど!?」
異世界について聞きたい事があったようだが、神は無視してさっさと少年を転生させたのだ。
せっかちな神に腹を立てる彼。しかし怒っても何も始まらないので、とりあえずベッドから降りて目に付いた鏡の前に立ってみる。
そこに少年の姿はなく、白い服にベージュのズボン、茶色い革製のベルトを身に着けてブーツを履いた、白い髪の新しい自分がいた。
「こいつが俺か……普通だな」
白い髪は少し目立ちそうだと思ったが、服装は問題ない。服を見繕う必要が無いため安心した彼は、次に本棚から本を1冊抜き取ってみる。
「驚いたな、これ日本語か?」
魔法入門。表紙にはそう書かれている。中身の文字もひらがな、カタカナ、漢字で構成されていた。
日本語を知っている彼なら当然読むことができる。
「魔法を発動するための要素は『こと』と『もの』に分けられる。『こと』は詠唱や魔方陣、踊り等を指し、『もの』は生け贄や魔力、代償を意味する……ここは読まなくていいや」
飛ばして次のページを読む
「魔法は術者によって自由に改変可能で、発動するためのプロセスは多岐にわたるが、基本魔法は全て魔法を発動するための魔方陣と、その魔方陣を生成するための詠唱によって構成されている。この方式は術者の実力に関係なく一定の威力を発揮し、暴走による魔力の過剰消費が発生しないため安全性が高い……この辺もいらないな、飛ばそう」
彼がページをめくっていると、あるページに鳥の羽根が挟んである事に気付き、そのページを見る。
「基本魔法典より抜粋『エダン』『スセン』『ドラク』『フジン』……なるほど、ここは重要だな」
基本魔法は十分な魔力と発動する意志があれば、その名前を口にするだけで使える。彼は試さずにはいられなくなった。
「俺でも出来そうだな、よし」
本を閉じて懐にしまい、ドアを開けて外に出た彼。ここは簡素な家と畑が点在する、森の中の小さな村だ。村と森の境界は柵で仕切られている。
ここで彼はある事に気付いた。
「……人がいないな」
家があるのに人は見えない。その様子に違和感を覚えたため、魔法を試すのは後回しにして村人を探す。
時間をかけずに彼は村人達を見つけられた、揃って入り口にいるのが見える。
「あれ……村の出入口はあそこしか無いっぽいし、俺が寝てた家も多分誰かの物だし、この本も……バレたらマズイんじゃないか?」
すぐ家に引き返し、本を元の本棚に戻す。そして彼は村人に見られないよう柵を越えて、森の中へと消えていった。
一方、村の入り口では、少女が冒険の旅を始めようとしていた。
少女の容姿は背中の辺りにまで伸びた黄色い髪に赤色のカチューシャ、服は動きやすそうな水色のチュニックで、紫のハーフパンツを履いている、靴は明るい色をした革のシューズ。
「外の世界は危ないから、気を付けるんだぞ」
「大丈夫よっ、私は強いんだから!」
村人達に見送られて、少女は冒険へと出発する。
村の外は森だが、多少整備された道を辿れば迷わずに抜けられる。
しかし簡単に突破とはいかないようで、早速困難が立ちはだかる。2本の触手を動かし、巨大な葉を合わせた口だけの頭部を持つ植物の魔物。キャプラントが現れたのだ。
「キャプラント……こんなヤツ私の相手じゃないわ!」
少女は背負っていた武器を両手で持ち、構える。
バトンと呼ばれる、長い棒の両端に鈍器を取り付けたタイプの武器だ。
少女が戦闘の体勢を取った瞬間、キャプラントは触手を伸ばし先制攻撃を仕掛けてきた。
「はあっ!」
触手を難なく避ける少女。接近してキャプラントの頭にバトンを振り下ろし、殴った反動でバトンを回して下から顎を打ち上げ、さらに身体ごと回転させ勢いに乗せて叩きつける。
少女の繰り出した連続攻撃をまともに食らったキャプラントは、フラフラと後退した後、俯いて動かなくなった。
「ふぅっ、楽勝ね」
少女が横を通りすぎて先へ進もうとしたその時、
キャプラントが少女目掛けて触手を伸ばす。
「あっ……!?」
反応が遅れた、来ると分かっていても回避が間に合わない。少女は怯えて目を閉じる。
……しかし攻撃が少女に届く事はなかった。
「フジン!」
切断された触手が少女の横に落ちる。
目を開けると、そこには知らない男の背中があった。
「あなたは!?」
「トドメを刺せ!!」
会話にならない。
だが少女は指示に従い、キャプラントの頭を蹴り飛ばす。完全に力尽きたキャプラントは、黒く変色して消滅した。
今度こそ魔物を倒した少女は武器を納める、彼に近寄って行くと、彼の方から話しかけてきた。
「怪我はなかったかい?」
「大丈夫、トドメを刺せ……さん?」
「そんな名前じゃないって!」
「じゃあ、あなたは何と言うんですか?」
「え?俺は……」
現実世界の知識があるため意識していなかったのか、彼は現実世界で生きていた頃の記憶がない事に今気付いた。当然ながら名前も覚えていない。
何と名乗ろうか……と思ったその時、彼の目に小さな1輪の白い花が映る。
「ブロッサム……そう!サムだ、サムと呼んでくれ」
「助けてくれてありがとうサム。私はルナって言うの、よろしくね」
「よろしく……どっかで聞いた事のある名前だな」
「そうでしょうね、同じ名前は最寄りの町だけでも10人以上いるらしいの」
「それは結構多いな」
2人は他愛もない話をしながら打ち解けていき、気が付けば共に森の出口を目指して歩き出していた。