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金縛り

作者: 高橋暁

「金縛りは女性のほうがなりやすいの。あんたも気をつけなさい」


 母親から昔、言われた言葉だ。気をつけろと言われても、対策のしようがない。


 母方の家系は、遺伝的に金縛りにかかりやすいらしい。私も例に漏れず、半年に一回あるかないかの確率で今でも金縛りにあう。目は覚めているのに、体が動かないというのは慣れていても、とても恐ろしい。毎回、襲われるたびに「南無阿弥陀仏」と必死に念仏を心で唱えている。


 金縛りは、現実感の強い夢の一種だと科学的に証明されているという。これは最近、学校で友達から聞いた話だ。本当にそうなのだろうか。そうなのだとしたら、どんなに嬉しいことやら。


 私があった金縛りは、三種類ある。一つは、明らかに肉体的な疲労が原因でなるもの。徹夜で試験勉強したあとに昼寝をすると、たまになってしまう。これは、「科学的に証明されている」と言われても納得出来る。


 二つ目は、黒い影が出てくる金縛り。これは、肉体的な疲労と関係なく遭遇してしまう。


 具体的に説明すると……ある時、目が覚めたと思ったら体が動かなくて、足のほうに視線を移すと、黒い手が足首をがっちりと掴んでいた。黒い手は、私を布団から引きずり出そうと思いっきり力を入れてくる。そうなると、何故だか体の一部が動かせるようになり、手に引きずられないように私は抵抗する。もちろん、心の中で念仏を唱える。


 はっきりと手で足首を掴まれている感覚があり、本当に怖い。抵抗せずに身を任せたら、別の世界にでも連れて行かれるのだろうか。まぁ、これもある種の幻覚と言われれば、「そうなのかな?」と納得出来なくもない。実際に何か害があったわけではないし。


 最後の一つだけは、「証明されている」と言われても私は納得出来ない。


 あれは、確か小学二年生の頃だった。四人家族の私は当時、父親の仕事の関係上、公務員宿舎に住んでいた。一〇四号室だったかな。田舎ということもあり、穏やかな日常を過ごしていた。


 私たちの向かいの部屋には、五十代の男の人と、その母親が暮らしていた。母親は八十代だったはず。私と弟と、よく遊んでくれて、「おばあちゃん」と呼んで慕っていた。


 そのおばあちゃんが、ある日、亡くなった。今でも覚えている。夏の暑い日のことだった。両親と弟は、お通夜に参加したが、私は季節はずれの風邪を引いており、参加することが出来なかった。


 あれは、お通夜の日だった。私は一人で言家にいる心細さや、おばあちゃんが亡くなった悲しみ、風邪の苦しさが混ざって何とも言えない状態だった。暑いのに、風邪のせいで寒気があって本当に気持ちが悪く、眠れそうもなかった。


 それは突然だった。突如、後頭部から大量の虫が這い上がってくるような寒気を感じた。何故だか分からないが、直感で風邪による寒気でないと思った。そして、体は動かなくなった。人生で初めての金縛りだった。


「バンバンバンバン!」


 何度も何度も、割れそうな勢いで窓を手で叩いてる音が聞こえた。「お母さんが帰ってきたのかな」「もしかして変質者」なんてことは考えもしなかった。ただただ、恐怖しかなかった。異常なほど、体から汗が出ているのを感じた。


「バンバン!」


 窓が割れたら、おしまいだと思った。意を決して、目を凝らして窓を見てみた。


 おばあちゃんだった。窓を叩いているのは、おばあちゃんだった。顔こそ、ぼやけて見えなかったものの、髪型、服装は生前のおばあちゃんそのものだった。それを確認したあと、恐怖のあまり、私はそのまま気絶してしまった。


 お通夜から帰ってきた家族に起こされた。


「あんた、大丈夫? 何があったの!」


 母親が必死な顔で質問してくる。それもそのはずだ。窓が割れていたのだ。その頃には不思議なほどに私は冷静になっており、ありのままあったことを母親に伝えた。


「えっ、そう……。じゃあ、葬儀には参加しないとね」


 母親は何かを悟ったのか驚くほど冷静になった。


 私は葬儀に参加している間、思った。おばあさんは、窓を割ってまで何を伝えたかったのだろうか。


 それとも、変質者だったのだろうか。しかし、体は動かなかった。恐ろしすぎて、体が動かなかったのかとも考えた。だけど、変質者だとしたら窓を割って、「はい、おしまい」という感じにはならないよね。


 金縛りは、科学的に証明されているという。そうだとしたら、本当に嬉しい。あれは自分の作り出した、ただの夢だったと思いたい。


 でも、窓は割れていたよ。

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