4話 首輪
ミーナが去った牢屋には再び静寂が戻る。
俯く人、嘆く人、祈る人。
そんな中様子が違ったのは座って考え込むナオトとその周りでウロウロしているリムルである。
どうしていいか分からずあたふたしていたリムルだが、やがて意を決して口を開いた。
「その……ナオトさん」
「…………」
「すいません。ナオトさんが何も覚えていないことが分かっていたのに、この首輪の事の説明を忘れていました。これは……」
「着けている人間が命令に逆らえなくなる道具……なんだろう?」
「……簡単に言うとそうです」
ミーナの言い分、リムルの様子からナオトは察していた。
ロンドフ公爵のところでの、二十四時間働けという無茶な命令も魔法で強制されているから可能なのだろう。
「三つだけ質問だ。いいか?」
指を三本立てて見せるナオト。
「いいですよ」
「さっきミーナがおまえのことを自分から首輪を付けたって言った」
リムルのことに話が及んだ時だったか。
「どうしてそんなことをした?」
「それなんですが……まず前提として。この首輪は他人に付けることが出来ないんです。隷属を自ら受け入れることが必要なので」
「……でないと寝てる間に首輪を付けられて奴隷にされた、とかいうケースが頻発するだろうからか」
「そういうことです。……この先はあちらの隅にいる方、ムライさんを見れば分かるかと」
リムルは牢屋の隅を指さす。
「ん……?」
そこにいたのは男だった。体育座りで俯いている。生気の欠片無かったのでで一瞬死んでいるのかと思ったがが、肩が上下しているのに気付き勘違いだと分かった。
ナオトは十分な明かりが無い牢屋の中で、目を凝らして見る。するとその男にはあちこちに殴られた痣が付いているのが分かった。
「……」
腫れにもなってるな……ここ最近殴られたってことか。そしてそれを行ったのが……。
「なるほどな」
「分かりましたか?」
「ああ。ラウイたちがやったんだろう? 首輪を付けるように言って、抵抗する人間には言うことを聞くまで暴力を振るった」
強者が力を振るい、弱者が従う。反抗したところで、頭が垂れるまでそれを続ければいい。元いた世界と同じ話だ。
ラウイたちは武装していたし、生身では一たまりないだろう。それに俺との距離を一瞬で詰めた魔法の存在もある。
「そうです。ムライさんはずっと抵抗していましたからあそこまで傷を負って……」
「リムルは抵抗しても無駄だって分かっていたから、自分から首輪を付けたってことか」
「……本当は最初抵抗しようって思ってたんです。でも、スラム街の大の男たちがやすやすと暴力で蹂躙されるのを見て諦めてしまって」
「見せしめ的な効果も狙ってたんだろうな」
大人の男性が敵わないとなれば、まして子供の女性が敵うわけが無い。
「次の質問だ。そんな便利な首輪があるなら、どうしてミーナは俺に付けないんだ?」
「それはたぶんですけど、首輪が足りなかったからだと思います。これだけの人数に付けているのを見るとそう思えないかもしれませんが、首輪はかなり値が張る魔法具ですから。イレギュラーで連れてくることになったナオトさんの分は確保できていなかったのでないかと」
「なるほど」
そういえばミーナは俺に対して『首輪が届いてもあなたは売り飛ばさず、この屋敷に置いてあげますわ』と言っていた。つまり首輪が届けば、俺は逆らうことが出来ないまま一生こき使われるということだろう。冗談じゃない。
「……最後の質問だ。首輪のシステムについて知ってる限りのことを教えてくれ」
三つ目はこれまでと違って曖昧な質問。ナオトの無茶振りに答えるため、リムルは口を開く。
「首輪のシステムですか……。まず首輪なんですが、これは自分から付けることが条件で……」
「それはさっき聞いたぞ」
「あ……そ、そうでしたね。すいません。えっと、その……首輪を付けた人は命令に従わないといけなくなるんですが、それは誰の命令にでもってわけじゃないんです。奴隷の主と、命令を出す立場に認定された人間だけで」
「そうだろうな。じゃないと奴隷として不便だ」
誰の命令でも聞くというのは奴隷でなく、ただのお人よしだ。
「は、はい。やっぱり分かりますよね。……あの、その具体的には所有証っていう魔法具と首輪が魔法的に接続していて主の認定をするのですが、ああそうでした所有証っていうのは文字通り資産の所有を証明するもので、奴隷もこの屋敷だったりも所有証でそれを……これは推測ですけど奴隷の直接の主は 侯爵で、その娘のミーナ様は命令を出せる立場を貰っているということかと……あと」
「落ち着けリムル。さっきからどうしたんだ?」
さっきから委縮しきりのリムルの長口上を遮る。
「それは……私はナオトさんのさっきの頼みに答えられなくて……だから怒っているんじゃないかと」
「別に俺は怒っていない。普通に考えて可能な限り全ての説明なんて無理だ。リムルは十分に頑張ったよ」
「……それでしたら。どうしてナオトさんの顔はまだ怖いままなんですか?」
ナオトの硬い表情からそう読み取るリムル。
「簡単だ。リムル以外には怒っているんだ」
「その……」
「だから気にしないでくれ」
そう、ナオトは先ほどから怒りの感情を持っていた。
まずはミーナとラウイたちに。
自分にされた仕打ちはもちろん、あいつらは人を奴隷に、自分の意のままになる人形に変えることに何の抵抗も無いだろうことに腹が立つ。
そしてこの牢屋の中にいる、ミーナと同じスラム街の人たち。
彼らは最初に言っていた。『助け合って生きていくのが私たちの主義よ』と。
それなのにリムルが のところに奴隷にされると言われたとき、異議を唱えずに自分が売られないかを気にしていた。
助け合って生きていく……その言葉が真実ならば、もう少し位反論があっても良かったはずだ。そうじゃないということは、リムルを見捨てたってことは……結局あいつらはリムルを利用しかしてこなかったんだろう。
人がいいリムルだ。スラム街でもこき使われていたのが想像できる。
「…………」
とはいえ、別にそのスタンス自体は問題だと思わない。人間誰だって自分がかわいいものだ。俺なんかそれが顕著に表れていると自覚している。
俺が気に入らないのはどちらもそれを認めていないことだ。
従うことが出来て光栄だとか、助け合って生きていくのが私たちの主義だとか……綺麗言を抜かすやつには反吐が出る。
そしてそれは俺自身にも当てはまる。……というより今一番怒りを覚えているのは自分自身に対してだった。
ここから脱出する、リムルを救うと粋がって置きながら、そのせいでリムルを追い詰めてしまっている。
リムルが売り飛ばされるのは一週間後。
俺が立てていた脱走計画は昔の映画さながらに、牢の外まで穴を掘るとか鉄格子を徐々に腐食させるだとか、それしか考えていない。そのどちらもが一週間で完遂することは不可能であろう。
このままではリムルが酷い目に合ってしまう……俺のせいで。
「あの、ナオトさん……」
心配そうに見つめてくるリムル。
俺とリムルはまだ会ってから数時間も経っていない。なのにどうして、おまえが売り飛ばされようが知らん、と思えないのだろうか?
自分が第一の俺らしくない考えである。
「どうしてだ……?」
リムルがこの世界に来た俺に初めて親身になってくれた人だから。それだけなのだろうか……?
「……まあ考えても仕方ないか」
理由がどうあれ、リムルを助けると決めたんだ。
「よしっ……!」
「わっ……」
自分の頬を打って気合いを入れなおす。心配していた相手の突然の奇行に、驚いた表情のリムル。だが、すぐに察したようで。
「ようやく元に戻ったみたいですね、ナオトさん」
「ああ、全くだ。俺らしくなかったな」
ダウナーな考えはここまでで終わりだ。時間には限りがある、もっと生産的な思考を取って行かないと。
一念発起したナオトは鉄格子の前まで近づく。
「……」
けど、やっぱりこの牢屋が問題だよな……。
意気込んだはいいものの、初っ端から行き詰るナオト。
他にもクリアしないといけない関門がある中、これに時間をかけている余裕は無い。こうパパッと解決する方法は無いのか。
……例えばこの世界には魔法とかあるんだし、瞬間移動で俺の身体を牢屋の外に移動させるとか……いや、反魔法とかいうのが効いてるから無理なんだっけ……。
そこまで考えた時だった。
ナオトの視界の景色が一瞬で入れ替わったのは。
「……え?」
「あれ……ナオトさん!? ってこれ……?」
リムルが驚いた様子で駆け寄ってくるが二人の間に存在する鉄格子に阻まれる。
……二人の間に?
そんなことはあり得ないはずだ。俺もリムルも同じ牢屋の中にいたはずなのに。
しかし、現実には鉄格子を隔てた先にリムルがいる。スラム街の人たちがいる。つまり、これは…………。
「おっ、ちょうどいい場面に遭遇できたみたいだね」
悲壮感溢れる地下に似合わないお気楽な声がする。
ナオトはその声を聞いたことがあった。
慌てて声の聞こえた方を見上げると、その人物は物理法則を嘲笑うように、天井を幽霊のようにすり抜けて降りてくる。
「ようやく休暇が取れたよ。……それにしても僕のあげた神力。もう使ってるんだね」
「おまえは……下っ端神……っ!!」
「下っ端は余計だよ!」
ナオトをこの世界に飛ばした神がそこにはいた。