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2話 リムル

 三度目の目覚めは心地が良く無かった。

 それもそのはず。石が張られた床にそのまま寝転がされていたからだ。

「…………」

 夢……じゃないんだろうなあ……。この腹の痛みが現実だと物語っているし。

 ナオトは起き上がって状況を確認。

 八畳くらいの大きさの部屋。三方は壁になっていて、残る一方は鉄格子が付けられている。窓は無く、壁際に付けられた灯りが唯一の光源だ。

 物の見事までに牢屋……だな。その中に入れられているという訳か。

「何か起きるたびに状況が悪くなっていないか……?」

 神の世界、草原、牢屋。次に起きたときは地獄にでも行くのだろうか。


「大丈夫ですか?」

「……ん?」

 牢屋の内、一人の少女が手を差し伸べてくる。

 そういやさっきは無視したが、この牢屋だけでも数人が押し込まれているな。少女以外は生気が無いかのように俯いていたり寝ていたりしている。

「ああ、大丈夫だ」

「良かった……」

 ホッと胸を下ろすその少女。

 ナオトもこの世界に来て初めて会話が成り立ちそうな人間に感謝する。


「いきなり馬車に放り込まれたときは何事かと心配しましたけど、大事が無くて良かったです」

 少女が言うには馬車に乗っていたら、気絶した俺が文字通り放り込まれて来たとのこと。

「あいつ……俺を荷物扱いしやがって」

 あの隊長的な男を許せない奴リストに追加。いつか絶対に後悔させてやる。


「それでどうして君はこんな場所にいるんだ?」

 まさかここがホテルというわけでも無かろう。そこまで常識の違う世界に飛ばされたというなら絶望するしかない。

「リムルです」

「……?」

「私の名前」

「ああ、そういうことか。俺の名前はナオトだ」

「ナオトさんですか」

 微笑むリムル。

 日本人に似た雰囲気の女の子だな。いわゆる清楚系といった感じだ。


「で、どうしてこんな場所にいるんだ?」

 話を元に戻す。

「えっと……ナオトさんはご存知ないんですか」

「ああ。さっぱりだ」

「……その、どこから説明すればいいでしょうか?」

「可能な限り全部」

「…………」

 ナオトのお願いに絶句するリムル。

「お願いだ、おまえだけが頼りなんだ、リムル」

 リムルの雰囲気は押しに弱い印象があった。追加でお願いすると。

「……分かりました。どうせこの場所じゃ他にすることもありませんしね」

 折れたように頷くのだった。


「それにしても全てを説明するとなるとどこから………そうですね、ちょっと遠回りになりますが、私の出自から説明します。私は自分の両親の顔を知りません」

「孤児ということか」

「そういうことです。話によると町外れのスラム街で捨てられたように赤ちゃんの頃の私は置いてかれたようです」

「世知辛いな」

 異世界に来たっていうのに、現代みたいに生々しい話だ。


「幸いなことにスラム街の人たちは優しくて、私は今日この日まで何とか生きることができました」

「よせやい、リムル。俺たちだってあんたには助けられてきたんだ」

「そうよ。助け合って生きていくのが私たちの主義よ」

「一方的に助けられたんだと思ってるんじゃねえ」

「皆さん……」

 さっきまで俯いていた何人かがリムルに言葉をかける。

「……」

 つまりこいつらもそのスラム街の出身……いや、ここの牢屋にいる俺以外全員が同じスラム街の出身なのか?

 しかし……助け合って生きていくねえ。目がぎらついていなければその言葉も信用できたんだが。


「それでどうしてリムルはこんな場所にいるんだ?」

 三回目の質問、ナオトはせっかちな性格である。

「ガトルハット公爵のことはさすがにナオトさんも……」

「……?」

「ご存知ないみたいですね。はい、説明します」

 どうやらリムルもナオトが本当に何も知らないことを掴んできたようだ。

「この国、レフェンス公国の王に認められた特権階級。公爵の一人です」

「ふむふむ」

 つまりこの国は王制で公爵っていうのは貴族の階級と。


「そのガトルハット公爵の一人娘、ミーナ様が先日私たちの住んでいたスラム街の近くを通りました」

「……」

「そしてスラム街に住んでた一人の子供が遊んでた最中、不注意でミーナ様のお召し物に泥を付けてしまった。結果ミーナ様が激昂してこういう事態になったという訳です」

「ちょ、ちょっと待て、いきなり話が飛ばなかったか?」

 お召し物に泥を付けた。その結果怒った。

 ここまでは理解できる。貴族という人種が無駄にプライドが高くて、短気なのは容易に想像できる。恐らくそのミーナ様というやつの髪型は金髪ドリルだろう。

 だが、その怒った事とこの場所にいることが結びつかない。


 しかし、リムルはナオトの反応に当惑している。

「だって私たちのような貧民が公爵様に目を付けられたら奴隷にされるのも当然……って、もしかしてナオトさんそれも知らないんですか」

「……何だよ、奴隷って」

「えっと奴隷っていうのは主人の命令に……」

「それくらいは知ってる」

「あ、そうですか。……それなら何に疑問を?」

 小首をかしげるリムル。その仕草は可愛かったがそんな場合じゃなかった。


 この世界はそういう世界なんだな。

 身分が人間の価値を絶対的に決める。弱者は搾取され続け、強者はその上で痛みを知らずに暮らす。現代以上の格差社会。

 理不尽な行為に疑問を持つことすらしていないリムルの様子を見て理解した。

 ナオトの感想は一言。

「胸糞悪いな」

 地位に甘んじて下の者を見下すようなやつはナオトの大嫌いな人種だ。学校の先生にもそういう輩がいて、いつも反発していた。


「えっと……何か気に障りましたか?」

 ナオトが気を悪くしているのは、自分のせいじゃないかと心配しているリムル。この娘はこんな世界で生きてきただろうに健気だ。

「いや、リムルは悪くない」

「そ、そうですか。……けど、一つ得心が行きました」

「何が?」

「ナオトさんが馬車に乗りたいと言ったのが聞こえたとき、この人は何を考えているんでしょうかって思ったんですが、ナオトさんは何も知らなかったんですね」

「……あ」

 ナオトもようやく認識の齟齬が埋まる。

 リムルたちは奴隷。そしてリムルが馬車に乗っていたということは、馬車は奴隷を護送していたのだ。

 それに乗りたいと言った俺は……つまり、奴隷になりたいと言っているようなもの。

 ……あの隊長たちが困惑するのも当然だ。自ら奴隷を志願とか馬鹿じゃねえのか? どこのどいつだ、その馬鹿は……って俺か。

「くそっ……穴が合ったら入りてえ……」

 恥ずかしさで顔から火が出そうだ。


「これでナオトさんの質問には答えられたでしょうか」

「ああ。ありがとな、リムル」

「いえいえ……ところでナオトさんは何故そこまで何も知らないのに生きてこれて」

「記憶喪失なんだ、俺」

 嘘カミングアウト。神や追放、異世界だったり厄介な事情を説明したところで理解されるはずが無い。手っ取り早い言い訳をする。

「そうなんですか……大変ですね」

 リムルは特に疑うことなく信じてくれる。


「よし、状況は把握できた」

「そうですか……分かったなら大人しくしておいた方がいいですよ。目を付けられたらどんなとこに売り飛ばされるか分かりません」

「何を言っている……俺は奴隷になんかなるつもりは無いぞ」

「ですけど……」

「俺はこの牢屋を脱走する」

「…………」

 ナオトの宣言に唖然としているリムル。しかし、ナオトにとっては当然のことだった。

 手違いで奴隷になんかされてたまるか。

「何ならリムルも一緒に来いよ。リムルだって奴隷になりたくなんてないだろう」

「私は……」

 リムルは言い淀む。

 どうしてだ? ここは全面的な肯定が返ってくるかと思ったのだが……。


「あれは……」

「お、おい……いらっしゃったぞ」

「あぁ……あぁ……」

 そのときざわめきが聞こえてきた。同じ牢屋に入れられた人たちが、外を通る人物に気付いてあげたものだった。

「ん……?」

 ナオトもつられてその方を見る。


「ふん」

 そこには輝かしいばかりの金髪を縦ロールにまとめ、豪華なドレスで着飾った少女が護衛を連れて立っていた。

「予想大当たりだな……」

 この少女が先ほどの話に出ていたミーナとかいう娘に違いないだろう。本当に金髪ドリルだったとは。


「そこの男」

 ミーナはナオトを指さして呼びかけてきた。

「………………」

 ナオトはどう答えるか考える。

 さて、最初の一言が大事だ。

 現在俺は間違って奴隷にされかけている身。なら、誤解を解ければここから脱出させてもらえるかもしれない。物騒な方法を取るのもやぶさかではないが、楽に済むなら済む方がいい。

 そのためには……相手の機嫌を取らなければならないな。


「今、ここの牢屋を脱走すると聞こえましたけれど……自ら奴隷に志願するおかしな人間は、やはり頭もおかしいみたいですわね」

「何だとこの金髪ドリル?」

 ナオトは初っ端から目論見を外す。


「ナオトさん……」

 呆れた表情のリムル。


 そもそも神にさえ不遜な態度を取るナオトが、相手の機嫌を取るなど土台無理な話だった。

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