1話 状況確認
「ふわぁ……」
どうやら寝ていたようだ。覚醒直後、まどろみ中の直登。
えっと……ああ、そうだ神とかいう変なおっさんに会って、俺が異世界に追放されるとか、詳細不明の力を与えられるとか、そういう夢だったな。
徹頭徹尾、神の言葉を信じていなかったナオト。
さて、今日は学校だ。面倒だけど頑張るか。
体を起こした直登は辺りを見回す。
だだっ広い草原。近くを流れる川。燦々と降り注ぐ日光。
昨夜ベッドに入ったはずのナオトは、そんな自然の中の床に寝転んでいたようだ。
「…………」
状況把握に十秒。
まず、思ったのは夢じゃなかったのかということ。そして。
「あの野郎、もうちょっといいところに放り出せよ」
神に対する不満だった。
周りには人っ子一人いない。近くに舗装された道のようなものがあったが、どっちにどれくらい進めば人里に出るかもわからない。
こういうときに無駄に歩き回ったところで事態は好転しない、状況を確認すべきだろう。
「まず、この場所だが……異世界で99%間違いないだろうな」
ベッドに寝ていたはずがこんな場所にいるのだからそうだろう。残り1%は大規模なドッキリか、夢遊病で出歩いた可能性だ。
「そしてここにいる理由が、元の世界から追放されたから。……地蔵を蹴ったくらいでけちな神様だな」
文句を言う直登の頭からは、153回も蹴ったことや堪忍袋の緒が切れるという言葉は抜け落ちている。
「この世界で俺がすべきことは無し。せめていうなら生きていくことか」
勇者のように魔王を倒すという使命もなければ、神から何か頼まれごとをされたという訳でもない。
「なら次に俺がすべきことは人を見つけることだな」
このまま一人、こんな自然の中で生きていくほどのサバイバル技術は持っていない。舗装されている道があることから文明圏は存在するだろう。そこに案内してもらうためにも、そしてこの世界がどういう世界なのかを知るためにも人が通るまで待機だ。
「そういや俺の装備は……ベッドに入った時と変わらないな」
昨日は遊びに行った帰りで疲れていた。風呂は今日の朝入ろうとそのままベッドに入ったからTシャツにジーパンのまんまだ。
「って変わってないなら……お、やっぱりポケットに入ったままだ」
ジーパンの後ろポケットからスマートフォンを取り出す直登。電波は当然のように圏外、つまり内蔵アプリしか使えない状態だがそれでも無いよりかはあった方がいいだろう。
「充電も太陽光で発電できるストラップを付けてたから問題無し……絵柄に気に入って買ったけど、こんなところで役に立つとはな」
好きなアニメの柄が入っているそれは予備の電池として利用していたが、この世界にコンセントや充電器が無い限り、今後はこれがメインの充電方法になるだろう。
「他に装備は無し……普通餞別くらいくれてもいいんじゃねえか」
放り出すくらいならこの世界の金とか少しくらいくれてもいいだろ、神に不満を言うのに慣れてきたナオト。
「って……餞別と言えば力があったな!」
神との別れ際、手が光って俺に何かの力を与えたと言った。
さっきまでは夢の出来事だと気にしていなかったが、異世界に来ているのが本当であった以上力を与えたというのも本当だろう。
「どういう力だったか……って、そういやあいつ説明していねえじゃねえか!!」
詳細不明の力とかどうやって扱えっていうんだ。
未だに人が通る気配すらない。つまり時間はまだある。
「いいぜ、だったら試してやるよ」
色々試せばその内何の力を与えられたか分かるはず。まず手始めにその場でジャンプしてみるナオト。
「……普通だな」
身体能力でも強化されたかと思えば、ジャンプもいつもの高さしか飛べない。同時にこの世界が元の世界より重力が弱くて云々の可能性も無くなったようだ。
「腕力が上がっているという可能性も……」
そこらに落ちている石ころを拾って握りつぶそうとしてみる。結果はただ痛いだけだった。
「だったら……発動!!」
自分の中に眠っている力を発動するイメージをしながら唱える。しかし、現実には何も起きない。
「……起動! 解放! 顕現せよ! 姿を現せ! ここに命じる!」
思いつく限りのキーワードを言っても何も変わらない。
「起動! 解放! 顕現せよ! 姿を現せ! 命じる!」
カッコつけたルビを振ったところでも変わらない。
「大事なのはイメージか? ……剣よ現れろ!」
主人公と言えば剣使いと相場が決まっている。剣が現れるイメージをするも不発。
その後色々と試したが、特に変わった現象は起きなかった。
「……一体何の能力なんだよ!?」
あまりの理不尽さにキレる。こんなの分かるわけが無い。
「そういや休暇になったらまた会いに来るとか言ったよな、あの神。……今度会いに来たら締め上げて聞き出すか」
物騒なことを考えだしたその時。
ガタン、ガタン。
一定の周期で音を鳴らしながら近づいてくるものがあった。
「……何だ?」
ナオトもすぐに気が付く。音がした方を見ると、そこには舗装された道を馬車が数台通ってきた。
「おっ、ようやく人が通ったか」
気を取り直してナオトは近づいていく。
異世界で初めて会う人間と言えばナビゲーター的存在だ。
それが馬車数台なのには驚いたが……まああの中にキーパーソンでも乗っているんだろう。
「おーい止まってくれー!!」
とにもかくにもこの右も左も分からない草原に放り出されたままじゃ生きていけない。助けを求める意味でも馬車を呼び止める。
呼びかけに応じたのか数台の馬車は全部すぐに止まった。
降りてきた屈強な男たち数人にナオトは話しかける。
「いやー、すいませんね。これってどこに向かうんすか? 出来れば俺も乗せて欲しいんすけど」
金も無いのに図々しく頼み込むナオト。
「……どうしますか?」
男たちは困惑している様子。鎧や武装を付けていることから騎士あたりだと勝手に検討を付ける。心配はしていなかったが、日本語が通じたことにも安堵。
「お嬢様どうしますか?」
「………………」
相談した結果一際装備が豪華な男が、馬車の中にいる人物に対して指示を仰いだ。ナオトには見えなかったし聞こえなかったが、馬車の中にいるのはお嬢様というからに女なのだろう。
「分かりました……」
その男は馬車の中に向かって敬礼すると、ナオトの方を向く。
「おっ、話は付いたか? 早く乗せてくれよ」
「……どういうつもりか分からんがいいだろう。乗せてやる」
ニッと笑うその男。だが、その笑みは友好的なものでなく敵に向ける類のもの。
「…………あれ?」
そこでナオトも自分が何か間違っているんじゃないかという思いを抱き始めた。
「ちょ、ちょっと待て」
お互いの認識の齟齬を埋めようと口を開いた瞬間。
「ぐっ……!?」
さっきまで距離があったはずの男が目の前にいた。その拳はナオトの腹に埋め込まれている。
「何、を……?」
「おまえが望んだんだろう?」
その言葉に込められている感情は皮肉。
薄れていく意識の中、ナオトは魔法的な力で接近されたんだろうかと場違いなことを考えていた。