プロローグ
新作です、よろしくお願いします。
まず最初に思ったのは夢じゃないかということだった。
直登は辺りを見回す。
不思議な場所だった。まず足元に地面が無い。なのに自分は立つことが出来ている。
そして周りは靄のようなもので視界が遮られている。
極めつけに直登はこの場所に連れられてきた記憶が無い。一番直前にある記憶は自分の部屋のベッドに入ったものだ。
だから夢だと判断した。
「にしても夢にしては意識がはっきりしているな……」
「夢とは失礼だな~」
「……?」
独り言に対する返答。
直登は振り返るとそこには軽薄そうな男が立っていた。
さっき周りを見回したときには誰もいなかったはずなのに……どうして?
「ま、ま、君たちと同じ基準で考えたって答えは出ないさ」
ひらひらと手を振りながら言う男。
今のはもしかして俺の心の声に対する答えなのか?
「そういうこと。察しがいいね」
「……あんた何者なんだ?」
疑惑が確定する。どうやらこの男は俺の心の中を読めるようだ。
さっき突然現れたことと合わせてただ者じゃないことを認識する。
「いやー助かるねえ。ほら、僕ってこういう性格じゃん? だからいつも神だって言っても信じてもらえなくてさー」
「……神?」
こいつが?
「え、ちょっと待ってよ! さっき自分でただ者じゃないって言ったじゃない。ただの人間が突然現れたり、心を読んだりできるはずが無いでしょ!!」
うーん、それもそうか。
「だったら僕が神だってことくらい信じてくれても」
……八割信じておこう。
「残り二割は?」
妄言を言う痛いおっさんの可能性だ。
「酷い!」
失礼な、真っ当な感性だろう。
「それでこの場所はどこなんだ? 俺は自分のベッドで寝ていたはずだが」
相手が心を読んでくれるから声に出さなくても会話が成立するのだが、いつもの癖で声に出して質問する。
「あー、それはね」
「そもそもどうして神なんて存在が俺の目の前に姿を見せたんだ?」
「あー、それもね」
「それでさっさと戻してくれないか? どうせ神とか嘘なんだろ。明日も朝早いんだ。妄言に付き合っている暇はない」
「あー、それは……って、信じてないじゃないか!」
だから二割疑っていると言っただろ。
「もう、たくさん質問してくれて……一つ一つ答えるから聞いておいてよ」
「いや、答えなくてもベッドに戻してくれれば」
「頼むから聞いてくれよ!!」
高校生に懇願する大人。ダメ人間の気配がする。……そもそも大人なのか、人間なのかという疑問もよぎったが。
「ここはこの世に数多存在する世界に住む君たち人間を管理する神の世界だ。君はそこに呼び出されたんだよ」
自称神の男は説明を開始する。
「ふむ、そういう設定か」
「設定じゃないって! 大体君たちの常識的にこの空間の説明できるの!?」
「それを言われると……床はガラスの可能性が……柔らかいから難しいか? 壁には特殊効果で奥行きが無いみたいに見せる技術を……」
「あ、ごめん。真面目に考察しないで」
何だよ、お前が言ったんじゃないか。
「それで僕が君の目の前にいる理由だけど、さっきも言った通り呼び出したからだよ」
「呼び出し? 何のために?」
「それはね……」
「あ、もしかして告白のためとかいうなら答えはNOだからな。俺にそっちの気は無い」
呼び出しといえば、怒られるか告白されるかだ。そして俺は悪いことをした覚えが無いから答えは一択。
「神が人間に告白するわけないでしょ!!? 頼むから話を聞いて!!」
本日二度目の懇願。神に懇願された男として、後世まで語り継いでもいいだろうか?
「けど、良い勘を持っているね」
「……?」
「呼び出しといえば怒られるか告白されるかってとこだよ。告白じゃないならつまり……」
「怒られるっていうのか? この品行方正な俺が」
「品行方正な人間が神に対してここまでおちょくれるのかな?」
仕方ないだろ、お前の反応が面白くてつい。
「ついって……まあ、話を続けるよ。今日の帰り道、君は道路脇にあった地蔵を蹴飛ばしたでしょ」
「むしゃくしゃしてやりました。反省はしていません。……って何だ、そんなことでおまえ怒ったのか? 神の癖に器が小さいやつだな」
「僕じゃないよ。僕の上司を祀っていたんだ。それで怒って君を呼び出せって命令されたわけ」
「神にも上司とかいるんだな……ってか、上司がいるならおまえにも部下が……うん、いなさそうだな」
「どうしてそう判断したのかな?」
「だっておまえ下っ端っぽいし」
「正解だけどさ! もうちょっと、こう、オブラートに……!」
何かダメージ負っている。痛いところだったのか?
「それで最後に戻してくれないかという頼みだけど……無理だよ」
「へ? 何でだ? 怒って反省させて元に戻すとかそんな話じゃないのか?」
まあ反省するつもりは無いけど。
「そう、それだよ」
「……?」
「君の性格。大体地蔵蹴飛ばしたのだって、今日が初めてじゃないでしょ?」
「まあな」
ムシャクシャする度に蹴飛ばしてたからもう何回目のことになるか。
「153回目だよ」
「うおっ、カウントされていたのか」
「さすがに上司も堪忍袋の緒が切れたみたいでね。……君を追放刑に処すことにしたんだよ」
「追放……?」
何か物騒な単語が出てきたな。
「そう。地球から、この世界からの追放。君にはこの世に数多ある世界の中、どこか別の世界で生きてもらうことになる」
「……何だ、異世界トリップってやつか。バッチこいだぜ」
ネット小説も嗜んでいた直登。元々この世界が退屈だと思っていた口だ。
「え? 何でこんな乗り気なの? ……まあ、泣かれたりするのも困るし気楽でいいけど」
「ほら、さっさと送ってくれよ」
家族や友人に会えないことも未練は無い。そもそもこの性格のせいか孤立気味だったし。
「……そうだね僕も仕事早く終わらせて休みたいし……とその前に」
神が俺の胸に向けて手をかざす。
「何をしてんだ……って、光った!?」
かざしている手が光った。……すげえ、神様みたい。
「最初からこれを見せとけば信じてもらえたのかな……」
「で、これ何をしてるんだ?」
「僕からの餞別だよ。上司からはただ放り出せ、としか言われてないけど……何ていうか君と会話していて久しぶりに楽しかったからね。せめて異世界で生き残れるようにってちょっとした力を与えたよ」
「あんだけイジメられてて楽しいって……おまえさてはマゾか?」
「そのつもりは無いけど……神の世界は娯楽が少ないんだよ」
乾いた笑いを浮かべる神。
「で、どんな力を与えたんだ? 強い力なんだろうな?」
「……いやいや、僕がそんな力与えられるわけないでしょ」
「それもそうか」
こんな軽薄そうで下っ端な神が強い力を持っていたら神の世界(?)のバランスも崩れるだろう。
「力の詳細についてだけど……あれ?」
「……ん? どうした?」
何やら自称神の懐からピコンピコンと妙な機械音が鳴っている。
「ああ、呼び出しか……全く上司も人使いが荒いなあ」
そこまで言うと神は俺の足元に手をかざす。
「何をして……っとぉぉぉっ!!」
足元が抜ける感覚。俺の足元には穴が出来ていた。
「次の休暇には遊びに行くからね。能力の説明はそのときで。とりあえずそれまではその世界で頑張って生きて見せてよ」
神にも休暇とかあるのか。そう質問する余裕は無かった。
俺はどこまでもどこまでも落ちていく感覚に囚われた。