三矢の教え
ある日毛利元就は三人の息子を呼びつけ、こう命じた。
「この矢を、わしの前で折ってみよ」
息子達はわけのわからぬまま、差し出された矢を折ってみせた。
元就はそれを満足そうに見届けてから、さらに命じた。
「ふむ、流石は我が息子達。では、次はこれを折ってみよ」
次に息子達に差し出されたのは、三本に束ねられた矢。
そう。元就は今、息子達に結束の重要性を説こうとしているところなのである。
(ふふ。一本の矢程度ならば、力のある男児であれば折れて当然。しかし、三本まとめてとなれば……)
一本の矢であれば簡単に折られてしまうが、三本の矢となればそうたやすく折られることはなくなる。元就はそれを三人の息子達になぞらえ、三人が結束すれば毛利家を守っていけるということを、例えを用いて教えようと考えていたのだった。
息子達も、その意図まではくみ取れなかったが、戦国最大の知将とも称される父の命令に何か意味があることくらいは薄々感づいていた。何の疑問を覚えることなく、三本に束ねられた矢に手をかける。
(さあ、三本の矢の強さを知るがいい。そして、結束が持つ力を知るのだ……!)
しかし。
「はっ!」
バキッ。
「ほっ!」
ボキッ。
「たあっ!」
ベキリ。
「……」
何ということか。息子達は、三本に束ねられた矢を軽々とへし折ってしまった。
(こ、これは想定外だった。まさか、こんなに軽々と矢を折ってしまうとは)
これでは息子達に教訓を説くどころか、わけのわからぬ奇行を息子達にとらせた武将として、未来永劫語り継がれてしまう。何としてでも、それだけは避けなければ。
(うむむ。こうなれば、一か八か……!)
元就はありったけの知恵を振り絞り、悩みに悩んだ末に息子達にこう切り出した。
「よくやった。よくぞ、三本に束ねられた矢を折ってみせた!」
突然の父からの賛辞に、息子達は動揺の色を見せる。
「は、はあ。ありがたきお言葉」
そんな姿をチラチラと確認しながら、元就はさらに続けた。
「よいか。お主達には、三本に束ねられた矢をも軽々とへし折る力がある。しかし、考えてみよ。そんな強大な力を持った者が、もし互いに手を結んだらどうなるのか」
「そ、それは」
「力のある者が、力のある者と手を結ぶ。すなわち、それはどんな困難をも乗り越える力を得ることにつながる。お主達も力のある者同士として手を結び、兄弟の結束を強めよ。さすれば、毛利家は永久に不滅であろう」
息子達は顔を見合わせ、納得したように父に向かってコクリとうなずいた。
それを確認した元就は、実に威厳に満ちた表情を作りながら心の中で呟いた。
(な、何とかごまかすことができた。うまいこと考えた教えをそのまま伝えることは叶わなかったが、まあ、結果オーライという奴だろう。しかし、思い通りにいかなかったことは我の主義に反する……)
後の世に語り継がれた『三矢の教え』は、元就自らの手によってあれやこれやとねじ曲げられて現在に伝わったとされている。