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作者: 蒼原悠







 大きなビルにかこまれた、どこまでもどこまでもひろい町のまんなかに。


 一ぴきの子ネコがすわりこんでいました。




 子ネコは、()(ぬし)とはぐれてしまったのです。


 もうずうっとながいあいだ、飼い主のかおを見ていません。

 なん日たったでしょうか。

 もう、それすらわからないくらいでした。





 (おなか、すいたなぁ……)


 子ネコはおもいました。


 みちをあるく人たちはだれも、子ネコにかまってなんてくれません。

 飼い主とはぐれてから、子ネコはなにも口にしていないのです。


 子ネコはだんボール(ばこ)の中で、からだを丸くしました。

 飼い主がさいごに、子ネコを入れていた(はこ)でした。




 そうだ、と子ネコはおもいつきました。


 (おねがいすればいいんだ!)


 子ネコは人間(にんげん)のことばがわかっていました。

 ながいあいだいっしょにくらしていたのですから、もうすっかりよみかきができるのです。


 がんばってあたりをあるきまわり、子ネコはえんぴつをさがしてきました。

 そして箱のおもてに、こうかいたのでした。


【ごはんをください】





 けれどもだれも、ふりむいてはくれません。





 子ネコは、まよいました。


 (ごはんをくださいなんて、ずうずうしいおねがいだったかな)


 かえないのに、えさだけはくれる。

 そんなやさしい人間がいるとはおもえません。

 子ネコは、うーん、となやみました。



 そのとき、とおりのむかいのおみせの中で、おばさんがなにやらたべものをうっているのが見えました。



 (そうか)


 子ネコはひらめきました。


 (お金があればいいんだ!)




 そこで子ネコは、こんなふうにかきかえてみました。


【100えんです。やすいです。】


 こうすれば、だれかがかってくれるかもしれません。

 お金をもらえるので、たべものもかえます。

 うられているのがしれわたれば、飼い主が見つけてくれるかもしれません。

 これできっとだいじょうぶ、と子ネコはうれしくなりました。





 けれども。


 くる日もくる日も、人間はとおりすぎるばかりで、子ネコのことをかってくれません。



 (100えんはたかいのかな)


 子ネコはさらに、ねだんをやすくしてみました。こんどは10円です。


 けれどもやっぱり、だめでした。


 どうしてだめなんでしょうか。

 子ネコにはもう、さっぱりわかりません。

 1えんとかいてみましたが、それでもかってはもらえないのです。






 するとある日、となりにもう一ぴきのネコがやってきました。



 そのネコは、すこし子ネコよりもおとなでした。

 そしてやっぱり、箱に入っていました。


 おとなのネコは子ネコを見て、いいました。



 「おまえも、すてられたの?」



 そんなはずはない、と子ネコはおもいました。


 (だって、ぼくの飼い主はすっごくたのしそうに、ここまできて、すっごくたのしそうにかえっていったんだよ?)


 そう子ネコはいいましたが、おとなのネコはしずかにわらってこたえました。


「箱のよこを見たか? 【すてネコです】って、かいてあるぞ」


 子ネコは箱からとびだして、そこを見ました。

 ああ、どうしていままで気づかなかったのでしょうか。

 そこにはたしかに、そうかいてあるのです。



 子ネコは、すてられていたのです。




 (そんな)



 子ネコは、かなしくなりました。


 飼い主はあんなに、子ネコにやさしくしてくれたのに。

 あんなにたのしそうにしてくれていたのに。

 あのえがおは、うそだったのです。


 子ネコはかなしくて、かなしくて、なきだしてしまいました。

 そんな子ネコに、おとなのネコはいいました。


 「ひろってもらえるなんて、おもわないほうがいいよ。おれは、この箱を出て、のらネコになろうとおもう。おなかがすきすぎて()んじゃうまえに、おまえもそうしたほうがいいよ」



 そのことばどおり、つぎの日にはおとなのネコのすがたはなくなっていました。


 子ネコはまた、ひとりぼっちになったのです。





 子ネコはついに、かくごをきめました。


 がんばってはしりまわって、ネズミや、虫や、ほかにもいろんなものをつかまえて、それをたべました。


 へんなあじがしました。

 えさよりなんばいも、おいしくありませんでした。

 でも、おなかがすくのだけはおさまりました。


 まい日、子ネコはひるまは箱の外をはしりまわり、よるは箱の中でねむりました。

 こうすればまた、だれかがかってくれるかもしれないからです。







 ひと月がすぎました。



 子ネコはある日、ふわりと目のまえにおちてきた一まいの(かみ)を見つけました。


 なんでしょうか。

 そこには、こうかいてあります。



【二十三区内の野良猫の急増問題の解決のため、先日、新宿区を除く全域で一斉殺処分を行いました。新宿区内は一週間後に行う予定です。】


 子ネコにはかん字がよめません。

 けれど、なにかおそろしいことがかいてあるような気がして、こわくなりました。


 (はやく、かってもらわなきゃ!)


 あせった子ネコは、アピールをすることにしました。

 箱の中に立って、みちをあるく人たちにひっしにさけぶのです。


「にゃあー! にゃおん!」


 たべものをさがすじかんはなくなりましたが、そんなことはいっていられません。

 こわさをふりきるように、子ネコはがんばってがんばってさけびつづけました。


 箱にかく文字もかえました。

 ねだんはついにタダになりました。

 さらに子ネコが見つけてきたきれいな小石やしんじゅまで、ただでプレゼントするとかきました。






 けれども。



 やっぱり、だれも子ネコをかってはくれないのでした。






 雨が、ざあざあとふってきました。


 子ネコはびしょぬれでした。

 箱はふやけて、せっかくかいた文字はみんなきえてしまいました。


 さむくて、かなしくて、子ネコはまたなきました。

 なみだはみんな、雨にながされてしまいました。


 箱のまえに水たまりができています。

 ふとそこを見た子ネコは、かってもらえない理由(りゆう)に、ようやく気がつきました。


 あんなにかわいらしかったはずのかおは、いつしかあわれなほどよれよれになってしまっていたのでした。




 (ぼく、ぼろぼろだ)


 子ネコはおもいました。


 (()づくろいもしてなかったし、なにもたべてなかったんだもん。あたりまえ、だよね)



 もう、どうしようもないとおもいました。


 ぐらりとからだがゆれて、子ネコはたおれました。

 さむさとおなかがすいたのとで、からだがげんかいだったのでした。




 さようなら。




 子ネコはつぶやきました。







 そのときでした。


 雨の中をはしってくる、人かげがあったのです。


 子ネコはそのかおの主を知っていました。

 飼い主です!


 (きてくれたの……?)


 子ネコは目をまんまるにしました。

 飼い主は、わらいました。


 『ごめん、おそくなって。もうだいじょうぶだよ』


 うん、と子ネコはうなずきました。

 かなしみやくるしみがいっぺんにふきとんで、うれしくなりました。

 飼い主は子ネコをわすれないでいてくれたのです。


 『さあ、おうちにかえろう』


 子ネコをだきあげ、飼い主はいいます。

 うれしなみだをふりきった子ネコは、むねの中でまるくなりました。





 もう、だいじょうぶなのです。


 なにもかもが……。




























──「お、ここにもいるな」

──「寝てるのか?」

──「いや、違う。もう冷たくなってるみたいだ」

──「そうか」

──「処分の手間が省けたな。新宿は野良が多いから困るよ、ったく」

──「……ああ、そうだな。このエリアは周り切ったし、もう保健所に戻ろう」

──「それにしても、ペットを捨てる連中もいい加減にしてほしいもんだよな……。俺たちの苦労も増えるし、ペットは殺されなきゃならねぇし、誰にもいい事がねぇのにな」

──「…………」







勢いで書いた本短編は、いかがだったでしょうか。

作者の執筆時の気分をそのまま反映した本作は、救いが一切無いように意図したものです。作中の漢字レベルは、前回の童話の反省を生かして小学校一年生レベルに落としています。

拙作「羽田子猫物語」との関連もないではないので、機会がありましたら併せてお読みくださると幸いです。



こういうのを書くのが好きな自分が嫌いです。


2015/3/29

蒼旗悠

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