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物語の墓場  作者: 真下地浩也
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病弱な女の物語

 ※他作品(久遠のアパート)の一部ネタバレがあります。


  苦手な方はご注意ください。

 今日も私は天国の湖のほとりから愛する家族を眺める。

 本当は天国ではないらしいのだけれど、私にとっては天国のような場所。

 いつも色取り取りで綺麗なお花がたくさん咲いていて、川や湖があって自然がいっぱいあるの。

 天国だと思えた理由はここに動物も他に誰もいないから。

 ここにたった一つだけある向こう岸が見えないほど大きな湖の水面に家族の姿が浮かんでいるのよ。

 どれくらい大きい気になって、周りをぐるりと歩いてみたら一週間もかかってしまったわ。

 家族の周りにはいつも人がいて、毎日賑やか。

 だけど楽しいことだけじゃないみたいね。

 悲しいことも、怖いことも、腹が立つようなこともあるみたい。

 でも、なんだかんだで皆はいつも楽しそう。

 一番楽しそうなのは久遠くんかな。

 そんな久遠くんの姿に安心するけれど、少しだけ焼きもちを焼いてしまう。

 具体的には私がいなくても久遠くんは楽しいんだ、って嫌なことを思っちゃう。

 久遠くんにそういったら、きっとびっくりした後、嬉しそうな顔をするんだろうなあ。

 私は楽しくなくても、面白くなくても、嬉しくなくても笑うから、笑顔じゃない表情を見るのが嬉しいんだって。

 なのに一番好きな表情は笑顔なんていうんだから、本当に変な人。

 でも一番変なのは、そんな変な人を好きな私なのかな?

「またあの男達を見ているのか?毎日毎日よく飽きないな」

 背後に長い前髪で顔のほとんどが見えない男の人が音もなく現れた。

 いつものことだから驚かずに振り返る。

 その人は女物のニット帽を頭に被り、洒落たシャツに花のタイピンでネクタイを止め、ガーデンを羽織はおった、膝下のレギンスの上に膝丈の黄土色のパンツ、足首を覆う底の厚いブーツを履いている。

 さっきまで誰もいなかったのに、まるで最初からそこにいたみたいに違和感がない。

 彼の名前は希七井塚金(きしちいつかきむ)さん。

 どこから呼べばいいのかよくわからない変わったお名前。

 とりあえず、希七さんと呼んでいるわ。

 私にとっては天国に住む神様みたいな人。

 十代後半から二十前半に見えるけど、本当の年齢は知らない。

 何度聞いても教えてくれないからずっと前に諦めた。

 諦めるのは得意だから、すぐに年齢のことは気にならなくなった。

「神様、お久しぶりです」

 にっこりと笑って挨拶する。

 挨拶は大事だと昔読んだ本に書いてたから、笑顔ではっきりと相手に伝わるように行う。

「俺は神様じゃない。全く何度いえばわかるんだ?」

 希七さんは心底嫌そうな雰囲気になるわ。

 神様みたいな人なのに、希七さんはそう呼ばれるのがすごく嫌い。

「申し訳ございません。それより今日はどうしました?」

 希七さんは私が呼ぶか、気まぐれを起こさないと会えない。

 今回は呼んでいないから気まぐれで会いに来てくださったのかな。

「用ってほど大事なこともない。ただ暇だったからあんたの死にそうな顔を見にきただけだ」

 希七さんは私に会うたびにそういうけど、死んでいるのに死にそうな顔なんて出来るのかと、不思議に思う。

 それともずっといつ死んでもおかしくない体だったから、何もしなくても死にそうな顔になっているのかな?

 そうなら嫌だなあ。

 また久遠くんに会えた時、悲しい思いをさせたらどうしよう。

 両手を頬に当てて、上下左右に動かしてみる。

 これで少しはまともになるかな?

「冗談を真に受けるな。……ったく。このやり取りも何度目だか」

 希七さんは額に手を当てて、首を振る。

 さすが神様。

 私の考えなんてお見通しね。

「あんたがわかりやすいんだ」 

 希七さんは心を読んだようにそんなことをいう。

「そうなのですか?自分ではわかりません」

 出会ったばかりの頃の久遠くんには『あんたは何でも笑うから人形みたいで気持ち悪い』っていわれたけれど。

 そしてそれは久遠くんは話し上手で、彼にとってはなんでもないことでも病院から出られない私にとっては新鮮で、なにより。

 誰もが可哀想と同情して距離を置く私に“普通に接してくれる”ことが嬉しかった。

 希七さんは急に雰囲気を真剣な者に変えると、私に一つ問う。 

「……なあ、あんたは四方山久遠を恨んでいないのか?」

 髪で見えない瞳で射抜かれているような気さえする。

 嘘やごまかしは許されないみたい。

 でも、私は嘘やごまかしが苦手ですぐにばれてしまう。

 だから正直に答える。


「まったく恨んでいません」


 むしろ、久遠くんには。


「感謝しかありません」


 いい切ったけれど、希七さんの雰囲気は変わらない。

 さらに追い詰めるように問いを重ねます。

「四方山久遠のせいであんたの寿命が縮んだのにか?」

「いつ死んでもおかしくない体でしたので、死んだことを久遠くんのせいだとは思いません」

 季節や温度、湿度に空調など、ほんの少しの変化で体調を崩した。

 健康な人ならばなんともない微熱の風邪であっても、瞬く間に悪化して肺炎を起こしたことがあった。

 そんな体だったのに、どうして人のせいに出来るの?

「四方山久遠のせいであんたが命と引き換えに産んだ子供が祖父母や親戚も知らずに他の子よりも苦労を強いられたのにか?」

「確かにあの子達には他の子よりも苦労を強いています。でも、血よりも濃い繋がりを持つ人達に愛されているあの子達は幸せです」

 久遠くんも私も親から勘当されているから、頼る人もいなかった。

 そのせいで一緒に暮らせるようになるまで時間もかかって、今でも毎日会えない。

 でもあのアパートには、あの子達を命賭けで守ってくれる血よりも濃い繋がりの“家族”がいるわ。

「四方山久遠のせいであんたはたった一人の家族であった父親に絶縁されたのにか?」

「それこそ久遠くんのせいではありません。父を説得できず、意思を押し通した私が悪いのです」

 父は病弱な母を深く愛していたらしい。

 母は私を産むと、そのまま亡くなってしまったと聞いた。

 病弱が遺伝した私のことも見捨てずに深く愛してくれた。

 でも私は父を裏切って、止めるお医者様達を振り切って、あの子達を産んだ。

 今ならあの時の父の気持ちがわかる。

 父は私が手の届かない場所へ逝ってしまうのが怖かったのだと。

 四人の中で病弱を遺伝した晴を見ていると強くそう思う。

 愛する者はどんな手を使ってでも生きていて欲しいと思ってしまうもの。 

 死んでから知るなんて、なんて親不孝。

 けれど、母の気持ちもわかる。

 浅ましい思いかもしれない。

 あの子達には失礼かもしれない。

 けれど、私は確かに生きていた証を残したかった。

 ずっといた病室は新しい患者のために掃除される。

 写真は色あせてしまう。

 記憶は消えていく。

 でも、あの子達はこれからも生き続けていく。

 あの子達の存在が私が生きていた証明。

 もちろん純粋にあの子達が愛おしいと思うところもあるの。

 久遠くんとの子が愛おしくないわけがない。

「あんたは後悔しているか?」

 後悔なんて、そんなの決まってる。

「後悔なんてありません。ただ未練はあります」

 色々と急ぎ過ぎて間違えたことも、もっとうまくいくやり方もあったとは思うけれど、後悔なんて一つもない。

「あんたの未練はなんだ?」

 未練はいくつもあるけれど、一番は強く思うのは。

「もっと生きてみたかったです。久遠くんと共にあの子達の成長を間近で見ながら、あの家族達と一緒に暮らしてみたかった……。

 それに私が死ななければ、父もあの子達を愛してくれたかもしれません」

 どれももう叶わない夢物語。

 だから私も願うことはしない。

 ただ可能性を夢想するだけ。

「死んでなお生を望むあんたのその強欲さは……なるほど物語の墓場(ここ)に相応しいな」

 私の答えは希七さんのお気にめしたようで、くつくつと肩をすくめながら笑う。

 雰囲気も柔らかい物に変わる。

 何が琴線に触れたのかよくわからないけれど、不快にさせるよりはずっといいと思う。

 ひとしきり一人で笑った希七さんはくるりと向きを変えて、私へ背を向ける。

「帰られるのですか?」

 何気ない一言のつもりだった。

物語の墓場(ここ)が全てが俺に帰る場所だが、物語の墓場(ここ)創造主(まかちー)のお気に入りのあんたらが作りだした各世界の集合体だから、俺の帰る場所なんてどこにもない」

 希七さんのいうことは難しすぎてよくわからない。

 分かることといえば、私が呼ぶまでしばらく会えなくなることくらいかな。

「よくわかりませんけれど、またお会いする日を待ってます」

「俺を待つくらいなら四方山久遠を待ってやれ。そうすれば創造主(まかちー)が気まぐれで会わせてくれるかもな」

 そういって希七さんは歩き出す。

 すると数歩も歩かない内に彼の姿が消えた。

 まるで瞬きをした時を狙ったかのよう、いえ。最初からいなかったかのよう。

 これもいつものことなので、特に気にせず、私はまた湖の水面を眺める。

 今日も久遠くんの笑顔は素敵ね。

 あの子達の笑顔はいつ見ても愛らしいわ。

 あの笑顔をもう一度、なんの隔たりもなく見られるのなら。

「久遠くんに会いたいな」

 ついでに久遠くんが大好きだった膝枕もしてあげたいわ。

 楽しい想像に、それだけで上機嫌になった私は飽きずに水面を眺めつづけた。

 他作品のキャラクター四方山久遠の(結婚はしていませんが)嫁の話です。

 

 書いているうちに初期設定は病弱純粋女が、ヤンデレ?っぽくなってしまいました。



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