赤ちゃんになりました2
ここから一人称になります*
「スーザン。ほらおいで」
「………」
未だに慣れない。
このお父様とのやり取り…。
目の前には、美しい顔を地面につけることも厭わずに、私をにっこりと笑って見つめてくる男性。前に生きていた時に、こんなにも綺麗な顔をした男の人を見たことがなかったから、少し……どころではなく、かなり動揺する。
「ほら。お父様を焦らさないでくれよ」
「あうー(はいはい)」
だけど、このお父様。
結構、見た目とのギャップが凄い。
まず、怖いぐらいの愛妻家だし、すごい子煩悩なのだ。顔だけの印象で行けば、少し冷たいイメージを受けるのに。
人はみかけによらない。
「ぱあぱ」
「ようやく喋れるようになったんだねえ。可愛いなあ」
「うー」
娘が大好きなお父様によちよち歩いて近づく。
歩き方を知っているといっても、やっぱり身体がついていかないらしい。
かなり不安定な、まさに赤ちゃん歩きと言った感じ。
しかも、喋れる言葉もどういったわけか制限されているようだった。
頭で理解していることも、言葉に出そうとすると「あー」とか「うー」とかにしかならない。赤ん坊ってそういうものなのかもしれない。
まあ、この見た目でいきなり「お父様、髪に埃が付いているわ」なんて言ったら、ドン引きされるだろう。
だから、「あう」とか唸りながら小さい手を伸ばして、ふわふわした灰色のかたまりを取ってあげた。
「ああ、ありがとう。スーザン。お前は賢いねえ」
「ぱあぱ」
「はは。こんなに可愛くって……お嫁に出すのがつらいよ。お父さんは」
ほろり、なんて泣いているお父様。
いったいどれだけ先の話をしているのか。貴族のお嬢様がすごく若い年齢から結婚するのは知っているけど。
いくらなんでも、私まだ1歳なんですけど。
「チャールズ。スーザンはまだ1歳よ」
と、そこでお母様から鋭い指摘が飛んでくる。
見ると、優雅に椅子に腰かけて本を読んでいた。なんて絵になっているんだろう。
やっぱりどれだけ見慣れてもお母様はすごく綺麗だ。
「ああ、そうだったねヘレン。ついつい…」
「それはそうと、そろそろお城に行かなくてもいいの?確か、宰相様に呼ばれているんでしょう?」
「そうなんだ。どうやら第一王子の教育係として選ばれたみたいでね。レイス王子は賢い方だって噂だから緊張するよ」
そう言って苦笑するお父様。
……王子様の教育係なんて、凄い。
学者とか呼ばれる人がたくさんいるのに、一領主であるお父様が将来国王様になる方に勉強を教えるなんて。
お父様ったら、見かけによらず、すごくデキる人なんだわ。
感心していると、お父様の青い瞳が私を見た。
「そうだ。スーザンにももう少し大きくなったら、色々教えてあげようね」
「!うあ……」
思わず「うわあい」と言ってしまいそうになった。危ない危ない。
勉強を教えてもらえるなんて、夢みたいだわ。前に生きていた時には、その日を生きるのに精いっぱいで、文字も必要最低限のものしか読めなかった。書くことなんて、もちろんできなかったし。
これはすごいチャンスだわ!!
「チャールズの子だから、きっとスーザンも賢いわ」
お母様がにっこりとほほ笑む。ああ、きれい。
「そうかな?そうだといいね」
少し照れたように笑ったお父様が可愛い。私が生きていた時よりも、5歳くらいは年上のお父様。まだ20歳くらいなはずなのに、勉強もできて、土地を納めているんだから、すごいお父様だわ。
私は誇らしくなって、お父様の首に抱きついた。
「おやおや。スーザンどうしたんだい?」
「眠いのかしら?」
お父様とお母様の会話を聞きながら、そっと目を閉じる。
今度、私が生まれてきた世界は、すごく暖かかった。いつも寒くてたまらなかった、あの冷たい世界とは違う。愛に溢れた世界。
お父様に背中をよしよしとされながら、私はゆっくりと舟を漕ぎだした。
眠りに落ちる間際。この家に生まれて来て良かったと、心の底から神様に感謝した。