金髪碧眼の少女1
レイス様の閑話です
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初めて、彼女を見た時、なにか他人とは違う"意識"を感じた。
それは簡単に言い表せるものではなくて、かといってどれだけ言葉を選んでも例えようがない違和感。
僕よりも20センチは低い位置にある彼女の顔は、まだ子供なのに、どこか言葉にできない静けさと大人びた雰囲気を纏っていたのだ。
少女はスーザン=セントバールズと言った。
王都よりもだいぶと離れたフラッケンボルンにあるオルトワックという小さな領地を治める男爵家の長女。
なんてことはない、田舎の下級貴族の少女だった。
けれど、彼女の父であるチャールズ=セントバールズは、頭がよく非常に優秀な人間で、幼い頃から僕の教師を勤めていた。
そのため、優秀な彼の娘であるスーザンも、もしかしたらそこら辺の令嬢とは違い、頭の良い少女かもしれないと思い期待した。
つまらない女だけは選ばない。それが昔から僕が誓い続けている言葉で、王族が選ぶ妻にその命運を左右されるのは絶対だったからだ。
妻の実家の権力はそのまま、自分に投影される。
実家が権力を持ちすぎていても、持たなすぎてもいけない。
妻は賢すぎでもいけない。愚かすぎてもいけない。
極めて難しい問題だった。
12歳から始まった夜会に出ても、見る女寄ってくる女、全てが条件には当てはまらなかった。
一目見て、金と宝石の事しか頭になさそうな者。
しゃべり方からして、気位の高い者。
下品な目付き。むせる香水のにおい。
誰もかれもが、僕をうんざりさせるものばかりだった。
だから、チャールズの娘はどうかと考えた。
男爵と地位は低くとも、僕が王になり新たな地位を与えれば、チャールズがしてきた実績を考慮してまず伯爵号にまで上げてやれる。
だからそこは問題ないと思った。親に何の実績も成果もない娘の実家に位を与えれば、不満が出るだろうがチャールズはなんと言っても王太子の教師をしていた。
ならば、なんの問題もない。
そしてチャールズに尋ねたのだ。
遊び相手をくれないかと。
チャールズは僕の交遊関係を知らない。なので、「チャールズの娘と仲良くなれないかな」と言うと、笑顔で頷いてくれた。よっぽど僕の寂しげな表情に、やられたんだろう。
しかし実際、スーザンやギルに言ったように僕は友人がいなかったわけではない。むしろ、居すぎる程だ。
未来の地盤作りに交遊関係は欠かせない。せっせと信頼できる友人を今まで作ってきたおかげで、今のところは一様信頼できる友人がかなりいる。
けれど、僕は二人がどうしても欲しかった。
チャールズに頼み、彼が連れてきたのは予想していた人物とは違ったけれど。
まず、スーザンの年齢が7歳だなんて思わなかった。
あらかじめチャールズに聞かなかったため、てっきり僕は自分と同じくらいの娘を想像してしまっていた。
それがどうだ。
目の前に現れたのは、小さな小さな女の子だった。
しかもその横にはそう年齢が変わらないような従者までいる。
正直、これは駄目だ。悪いけれど帰って貰おうと思った。
僕が欲しかったのは、一緒に"政治"をやっていけるパートナーだ。
近い将来的に、という見通しだったけどこんなに小さいのでは、腹違いの弟である第二王子と対立している今、逆に仇となりそうだ。
結局駄目だったかと諦めかけた時、彼女の青い瞳と目があって、どうしてか逸らせなくなった。
年齢不相応な静かな視線。
緊張しているようだったけど、隠しきれない静けさが瞳に満ちていた。
―――欲しい。
そう思った。
蜂蜜色の髪は豊かで、微かに波打っているのが、可愛らしい。青い瞳も綺麗だ。
まだ小さいけれど、成長すれば誰よりも可愛くなるだろう。
そんな予感に胸が高鳴った。
挨拶をして微笑めば、極めて冷静な返答が返ってくる。
固い表情が少し面白くなくて、床に膝をつき、首を傾けて「仲良くしてくれたら嬉しい」と言えば、さすがに少し動揺したようだった。
そんな様子が可愛くて、ますます気に入った。
どうしたらいいか分からず、チャールズに助けを求めたみたいだけどチャールズは笑って頷いただけ。
困りながらも頷いてくれたスーザンに、嬉しくて頭を撫でれば少し恥ずかしいのか俯いた。
可愛いなあと思いながら、さっきから鋭い視線を送ってきていた従者に目を向ける。
癖毛に緑色の瞳。
どこかの暇をもて余した貴婦人が大金をはたいてでも買いそうな、可愛らしい顔付きをした従者だった。
聞けば従騎士団は卒業しているらしく、ということはあと2、3年で騎士団行きだ。
一番スーザンが居て欲しい時期にいなくなる従者。
……目の前に、その空白の時間を奪ってしまいそうな男の出現への焦りが顕著に顔に現れていた。
面白そうだとからかうつもりで彼にも友人になってほしい旨を告げると、スーザンと同じく動揺した。
しかし友人がいないのだと言うとすぐに同意してくれた。
さっきまで鋭い視線を向けてきていたのに、にっこりと笑った従者、ギルに少し驚いた。
なんというか、まだ幼いんだなと感じさせられた。
けれどギルはなかなか良い奴で、僕は結局彼をすごく気に入ったのだ。
スーザンの事となると、ガミガミうるさいのも面白かった。
スーザンとギル。
一度に大切な存在を手に入れられた。
そう思った直後に、スーザンから突然の告白があった。
人払いまでして静まり返った部屋のなか、スーザンが口を開き打ち明けた事実は、信じられないような内容だった。
実は彼女は以前、アイリスで平民として生きていたのだということ。
そして冬になり飢えて死に、スーザンとして生まれ変わったのだということ。
中身は子供ではないこと。
そうか、だからあんなにも静かな目をしていたんだ。初めに思ったのはそれで、スーザンが嘘をついているかどうかなんて、少しも考えていなかった。
自分よりも本当は何歳も歳上だというスーザンには吃驚したが、目の前で不安そうに僕を見上げてくる女の子は、魔女でも悪魔でもなく。
ただの可愛らしい女の子だった。
それから、たまらなくなってスーザンに口づけをすると、彼女は目を見開き、そして気を失った。
前世では、こういう経験がなかったようだ。僕は気を失った彼女を抱き止めると、嬉しくてさらに頬にキスをした。
必ず、手に入れよう。
スーザンは僕と同じく無神論派で、おそらく彼女以上に気のあう令嬢はいない。
密かにそう誓うと、ギルにちょっとした意地悪をしてスーザンを返した。
最大の難関はおそらくギル。
スーザンを手にいれるのに一番厄介そうな恋敵。
数年後、必ず目を引く可愛らしい少女になるスーザンは、求婚者が絶えなくなるだろうけれど。
絶対に、ギルバートが僕と争う事になると直感した。
他の誰にも入り込めはしない。争うなら奴と僕だ。
――そして、それはスーザンと出会って7年が経つ今。
ギルバートが騎士団に入団し、彼女の側には僕しかいないことで、未だ争いの沈黙は保たれていた。
数年前。伯爵号を得たセントバールズ家が都近くに領地を得て、王都に屋敷を構えた。
そこにスーザンは住んでいて、毎日毎日政治や国学、歴史、宗教などを、家庭教師を招いてせっせと学んでいるのだ。
スーザンも僕と同じく、この社会を変えたいと以前言っていた。その為の努力なんだろう。
だが、未だに僕は王位を弟と水面下で争っている状態で、スーザンを妃にも迎えてはおらず、現状は7年前とあまり変わってはいない。
僕もスーザンと出会い、志を同じくしてから、勉学にはそれまで以上に励んできたつもりだ。
今を変えたい。
だが、それにはまず僕が王位につくことが第一だった。
僕が国王にならないことには、何も始まらない。
何かを変えるには、王としての権力が絶対必要となる。
だから、スーザンも僕も、その時をひたすら待っていた。
今を変える、その時を。