頑張るギルバート2
「お嬢様はっ、レイス殿下がお好きなのですかっ?」
「レイス殿下?」
思い詰めていたギルバートの口から出たのは「レイス殿下が好きなのか」という突拍子もないものだった。
……レイス殿下?
好きかと聞かれれば、私は間違いなくあの美しくも優しい王子様が好きだろう。
だけど、肩をいからせて、表情を固くしたギルバートから察するに、なんとなく……なんとなくだけれどそういう問題じゃない気がした。
「それは、その……殿下としてじゃなくて、レイス様としてってこと?」
「……はい」
頷いたギルバートに、私は困惑した。
王子様は殿下としても優秀だし、レイス様としても優しく素敵な人だと思う。
まだ14歳だというのに広い視野を持っていて、お父様が言っていた通り、博学で勤勉だ。
殿下としても人としても、尊敬できる方だと思う。
だけれどギルバートが聞いているのはおそらく、"恋"かというこで。
私は出会って2日めの王子様に恋できるほど、おめでたな可愛い性格ではないので、すぐに首を振った。
ギルバートが目を見開く。
「ちがうのですか」
「王子様は好きだけど、たぶんギルが言っているような好きじゃない」
「そう、ですか……」
ぼんやりと頷くと、ギルはふいにがばりと顔を上げ、今度は悲痛な面持ちで言った。
「ですが、昼間に殿下とキスされたと聞きました!
それでお嬢様は気を失われて……」
「き、キス?」
「はい。殿下は口にしたと言っていました。
それは親愛のキスではありませんよね……?
やっぱりお嬢様は殿下のことを―――で、―――…?――…だと……――」
「………」
「お嬢様?聞いていますか?」
あ、あああああ……!!
キス、キス、そうだっ
キス!
なんで忘れてたんだろう!?
そうだわ!確かに王子様が私にキスしてた!!
うっすらと開いた青い瞳を思い出して顔から火がでるほど恥ずかしくなる。
なにあれなにあれ!
あんなの14歳じゃないわっ。もしかして王子様も転生した中身は大人の人なんじゃないかしら?!
なんてあり得ない想像に意識が飛ぶ。
でも、あんなの普通じゃない。お父様だって私の口にキスしたことなんて一度もない!
頭を抱えて唸っていると、ギルバートが「お嬢様!」と近くで呼ぶ声がして、ハッと我に返った。
「……ギ、ギル」
「やっぱり……好きなんですね」
「ち、ち違うっ」
「でも……」
「違うから!違うのっ」
大きな声で否定すると、ギルバートが悲しそうに俯いた。
え?あれ?
「本当、ですか?」
「うん。本当よ。私ギルに嘘ついたこと一度もないわ」
「……はい」
ギルバートは頷くと、やっと納得してくれたのか、顔を上げた。
すっきりした顔をしている。
まさかそれがギルが思い悩んでいたこと……?
私は変な汗を拭いながら、ギルを見つめた。
「お嬢様」
「はいっ」
「お嬢様を……主を疑った私をどうかお許しください」
「い、いいわ!もちろん許すわ」
ギルバートが方膝をつき、いつものように騎士の礼をとって私の手を握った。
「いついかなる時も、御前を離れず、命に背かず、我が唯一の主をお守りすると誓います」
それは初めてギルに出会ったとき、ギルバートが私に言ってくれた言葉だ。
ギルバートの柔らかな唇が手の甲に触れる。
伏せた睫毛から見える緑色の瞳に、私は小さく息を飲んだ。
「私の誓いをお許しくださいますか?」
「――許します」
ギルバートは、昨日に引き続き、滅多に見せない笑顔を私に向けると、もう一度私の手の甲にさっきよりも長く口付けをして、立ち上がった。
「……おやすみなさいませ。お嬢様」
「おや、…おやすみ」
ふわり、と笑みを漏らしたギルが部屋を出ていくと、私は脱力してベッドに倒れ込んだ。
ギルといいレイス様といい……今日はなんだか心臓が痛くなるようなことばっかりだ。
私はレイス様の魅惑的な青い瞳とギルバートの伏せ目がちな緑の瞳を思い出し、味わったことのないドキドキに、頭を悩ませたのだった。
ギル頑張ったの回。
次は一度登場人物のまとめと舞台設定を挟みます。