黒髪の王子様3
「初めまして。君がスーザン?チャールズによく似ているね」
柔らかな声でそう言ったのは、黒髪に薄青の瞳をした少年だった。
背は私よりもギルバートよりも、ずうっと高くて、私はかなり首を上に傾けなければ、彼と目を合わせる事ができなかった。
「お初にお目にかかります、王子様。スーザン=セントバールズです」
「小さいのに、挨拶がしっかりできるんだね。さすがはチャールズのご息女だ」
にこり、と笑った王子様に、どきどきと心臓が鳴る。
王子様が部屋に入ってきた瞬間から感じた、よく分からない緊張感に私は押し潰されそうになりながらも、かろうじてまだ立っていた。
「よろしくね、スーザン。
僕は君より年上だけれど、君が僕と仲良くしてくれたらとても嬉しいな」
「……は、はい。王子様」
小首を傾げて、私に目線を合わせるため、床に方膝をついた王子様に身体がビクついた。
王子様に膝をつかせてしまうなんて!
私は初めて自分の身長を恨んだ。どうしたらいいか分からずに、お父様を見上げるとただ微笑みを返されただけだった。
え、いいの?!このままで?
抗議の意を込めた視線を送ると、お父様はなぜかウンウンと頷き返してきた。
もし今、この場に王子様に仕える騎士や臣下の方がいたら、即刻切り捨てられてしまっても文句はない状況だ。
だけど、お父様がそう言うなら……。仕方ない。
助け船が出ないので、ガチガチになりながら頷くと、王子様はクスリと笑って頭を撫でてくれた。
「ありがとう。嬉しい。仲良くしようね」
「はい、王子様……」
そう答えると、王子様は笑みを浮かべたまま立ち上がった。
急に目の前に高い壁ができる。
「それで、君がスーザンの騎士?名前は?」
「ギルバートと申します。……まだ騎士団に入団していないので、騎士ではありませんが、お嬢様の侍従をしています」
「へえ。じゃあ数年したら騎士団に入るの?」
「その、予定です」
なぜかちらりと私を見たギルバート。その視線を追って、王子様が私を見て、私とギルバートを見比べると少し目を見開いた
「そう。じゃあギルバート。
君も僕と仲良くしてくれるかな?」
「……え?」
きょとんとしたギルバートに王子様が可憐な笑みを浮かべて、悪戯っぽく肩をすくめて見せた。
「実を言うと今まで同性の友達も異性の友達もいたことがなくて。
スーザンは友達になってくれるて言ってくれたし、僕は君ともぜひ友人になりたいんだ。
だめかな?」
少し寂しげな表情でギルバートを見る王子様。ギルバートは戸惑った様子で王子様を見返した。
まさか、王子様から友達になってくれなんて言われるとは、予想していなかったに違いないので、当然の沈黙だ。
私も困惑しながら、ふたりを見守った。
私もギルバートも平民意識が高いため、気の効いた言葉は何も返せずただ立ちすくんだ。
「だめ、か……。ごめん
困らせてしまった。突拍子もないことを言って申し訳な……」「――いいえ。殿下、ぜひお引き受けしたいと思います」
「え?」
今度は王子様がきょとんとする番だった。ギルバートは緑色の瞳を真っ直ぐ王子様に向けて、普段はあまり見せない笑顔を浮かべていた。
「……私で良ければ、ぜひ」
「本当か?……ありがとう。とても嬉しいよ。ありがとう……」
二度もお礼を言った王子様にぎが慌てて頭を下げる。
王子様を見るとどこか恥ずかしげにはにかんで笑みを浮かべていた。
……なんだかよく分からないけれど。
良かった?一件落着、したのだろうか。
気まずい雰囲気が消え去り、暖かな笑顔に包まれた私たち。
王子様はギルバートのことを『ギル』と呼ぶようにしたらしく、さっそくその愛称で呼んでいた。
どことなくギルバートも嬉しそう。
なんとなく、なんとなくだが、置いてけぼり感を感じつつ、二人のやり取りを眺める。
ぼんやりしていると、王子様が私を振り返り、太陽のような笑みを浮かべて私を抱き上げた。
「っわあ!?」
「スーザンは軽いな。まだ小さいから?」
「わ、わわわ……!」
目の前に王子様の真っ白な肌がある。きらりとした丸い薄青の瞳が、嬉しそうに私を見つめてくる。
急な浮遊感に戸惑っていると、王子様が私を抱き上げたまま、ギルバートに向き直った。
「一度にふたりも友人が出来て嬉しい。
ギル、乗馬は好き?」
「はい。とても」
「そうか、僕もだ。スーザン君は?」
「う、馬は好きです……」
答えると王子様は、『一緒だ』と笑って『それなら明日は乗馬に行こう』と微笑んだ。
お父様を見ると、明らかに嬉しそう。
お父様に明日の授業を中止にして乗馬に行く許可を得る王子様。
勉強には厳しいお父様は許さないだろうと思っいると
「ええ。どうぞ!
乗馬でもピクニックでもなんなりと!」
満面の笑みを浮かべて快諾していた。
王子様は喜んで、私をぎゅっと抱き締めてきた。
けふ。苦しい。
「聞いた?スーザン、ギル。
明日は遠乗りに行こう」
約束だよ、そう言った王子様の笑顔はきらきらと輝いていて、まるで14歳とは思えないようなあどけない笑みに、私は知らずのうちに、緊張を忘れ笑い返していた。




