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小さなナイト2



「お嬢様……お嬢様はこの前、言ってらしたではないですか」「え――?」



いつもはどこか遠慮がちなのに、今はしっかりと私を見つめてくるギルバートの視線に、ただ困惑する。



「立派なレディになると、おっしゃっていたではないですか」


ギルバートは、長い睫毛を伏せると、ほんのしばらく口を閉ざし、そして意を決したように、顔を上げた。



「お嬢様は男爵家のただひとりのご息女です。

私などとは身分も住むべき世界も違うお方。

その男爵家の大事なお嬢様が一介の平民の騎士に、情などかけられてはなりません」

「……ギル」



その言葉は、尤もだった。



スーザンは知らないが、以前の私ならギルの言う言葉がどれだけ正しいかを嫌と言うほど理解していた。



『スターシアはアイスを知らないの?』

『?はい』

『まあ!庶民って、アイスも知らないのね。

アイスってとっても甘いのよ』


そう言っていたのは、奉公先の子爵家のお嬢様だった。

私がアイスを知らないことに、純粋に驚いていたお嬢様。



スプーンに白い塊をのっけて口に運ぶお嬢様を、私は屋敷の庭園でじっと見つめていた。



『おいしい!いくらでも食べられちゃうわ。スターシアもアイスくらい、食べられたら良かったのにね』

『……はい』



無邪気に笑うお嬢様に、私はただぼんやりとした笑みを返すことしかできなかった。

お嬢様は、根っからの貴族の方だったから庶民と貴族の差別意識は強かった。



いや、少し違うかもしれない。まだ幼かったお嬢様は区別しておられただけだ。



それが、良いとか悪いとか言うのではなく、ただ貴族は貴族で庶民は庶民、決して相容れない存在だということを、小さい頃からの教育で学んでおられただけ。



お嬢様がアイスを食べられるのは、お嬢様が貴族だから。

スターシアがアイスを食べられないのは、スターシアが庶民だから。



春の太陽のような笑顔を向けながら私に『スターシアも食べられたら良かったのにね』と言っていたお嬢様に、悪気なんてものはなかったと思う。



貴族と庶民の違い。



それは、お嬢様と私の間だけの差別ではなく、世の中全てがそうだった。




そして私はそれを受け入れていた。

恨むこともない。全ては生まれる前から決まっていた事。



だが、世の中に理想や夢を抱くこともなかった。

なぜって、世界はそんなの叶えてくれないって思っていたからだ。

神様なんていない。



いるのなら、私があの大雪の日に、神様に一杯のスープを願いながらも、餓えて死ぬことはなかった。



聖書の神様は、皆に平等だと言っているのに、平等なんて、ひとつもなかったのだから。



私が生きていた世界には、貴族か庶民か。金があるかないか。


ただ分かりやすい差別が、漠然と存在していただけだった。



けれど、その分かりきった事実を改めてギルバートに面と向かって言われると、どうしようもなく胸が痛んだ。




なぜか分からない。

けれど、どうしてか私は何も言えない代わりにギルバートの手を強く握り返していた。



「……お嬢様?」

「………」



ギルの緑色の瞳が、怪訝そうに私を覗き込んできた。

きれいだな……。

まるで、王子様みたい。

スターシアだった私とギルバートは同じ平民でも、ギルバートには私にはなかった優美さがあるように思えた。



運良くたまたま貴族に生まれ変わって、お嬢様と呼ばれる私よりもずっとギルバートの方が素晴らしい人間だ。



そこで私は初めて、この社会の貴族制度に疑問を持ったのだった。



なぜギルバートのように容姿も優れ、優秀な人間が平民だという理由で日陰で生きねばならないのだろう。



黙りこむ私に、怒ったと勘違いしたギルバートが焦った様子で口を開いた。




「……お嬢様?お気を悪くされたのなら申し訳ございません――!」



ギルバートが熱が出ていると言うのにやや青ざめた顔で頭を下げた。



「いいの、怒ってなんかないわ。謝らないでギル。

ギルの言うことは正しいわ。それが当然だもの」



そう言うと、ギルバートはほっとしたような、強張ったような表情になった。



「だけど――やっぱり間違っているわ。ねえ、ギル。

私達って同じ人間よ。きっと本当は上も下もないの。

ギルが今言っている事は正しいけれど、本当は間違ってることだと思う。

……私、変えたいわ。

ギルと私が、何の壁もいらない世界に」




そしてそれは、それからの私「スーザン」の生きる指標となったのだった。





スーザン、七歳にしてこの目標!実に子供らしくない子供ですね。

次は、目標をそうと決めたスーザンの努力の回になります(^O^)

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