プロローグ
死ぬ間際、彼女が思ったのは、”今度生まれてくるのなら、もっと裕福な環境で生きれる人間になりたい。”
風通しのいい麻布をぼろぼろになるまで一年中着倒して、パンは1日二つでも食べられたら、その日はすごくツイてる。
レースのハンカチなんか持ったことなくて、一度どこかの御令嬢が落としていったなんの変哲もない白いハンカチを拾い上げて、それを大事に持っていたくらい。
ドレスも来たことが無い。
着たことがあるのは、薄い生地のワンピースまがいのものだけ。死にそうな今だって、彼女はこの極寒の中、擦り切れてしまった衣服を着ていた。
ひもじい。お腹が空いた。
顔の横にある真っ白な雪を、奉公先のお屋敷のお嬢さんが食べていたアイスとかいう甘いものに見立てて、食べる。
シャリ、という味気ない音がした。
”冷たくて甘いのよ”お嬢さんが、食べながら嬉しそうにそう言っていたのを思い出す。
冷たい。だけど、ちっとも甘くなんかなかった。
それはそうで、だってこれはアイスじゃない。汚い教会の墓地につもった、雪なんだもの。
口に入れれば、すぐ水になってしまう、味のしない、私の最後の食事。
「神様……」
本当に、その存在を信じたことなんて一度もなかった。
それなのに、灰色の空から、まるで宝石のように降ってくる白い雪を見ながら、その存在に願わずにはいられなかった。
「たすけて……」
あの子を―――。
あの子だけは、私の命の代わりに、人並みの平穏と幸せをあの子に与えてください。
美しいばかりに、右も左も分からない後宮に召し上げられてしまったあの子に……。
「かみさ……ま……」
一筋の涙が頬を流れた。暖かな吐息が空に向かって昇ってゆく。
冷たい。心が、冷たい。後から後から降ってきて、身体につもってゆく雪に、傷つき黒く染まった心が、洗われていくよう。
…どうしてこんなことになってしまったの。
ただ、貧しくても懸命に生きようとしていただけなのに。
神様……神様、もしいらっしゃるのなら。私に暖かなスープをお恵みください。たった一杯でもいいのです。たった一杯の贅沢を、お許しください。
「………フロリア…」
たったひとりの妹の名を呟く。今頃、あの子は暖かな部屋の中にいるのだろう。数多くの召使に囲まれて。暖かなスープを飲んでいるんだろう。
それを恨む気持ちは無い。フロリアには幸せになってほしい。
「神様、私の命を差し上げます。そして私の命の分だけフロリアに幸せを……。だから次に生れてくる時は……もっと裕福な人間として生まれてきたい。あったかいスープを飲みたいよお………」
涙が溢れる。どれだけ虐げられても、どれだけ辛くても、流したことの無かった涙が、流れた。
色々な人の顔が思い浮かぶ。
両親、妹、お屋敷のお嬢さん、同僚、近所の老夫婦、可愛がっていた野良猫。
「かみさま……」
その言葉を最後に、少女はこと切れた。
教会の墓地に倒れた少女の上に、次々と雪が覆いかぶさってゆく。
春になるまで、きっとそれは見つからないだろう。
もう誰も訪れることの無い、廃れた教会の墓地。
春になったら、彼女を見つけるのは、腹を空かした動物たちだ。
少しでも飢えるものの腹の足しになればいい。そう思ってここまでやってきた。
唯一、彼女の自慢だった空色の瞳が、ぼんやりと空を見上げている。
彼女にはその瞼を下してくれる人も、最期を看取ってくれる人もいなかった。
あまりにも寂しい最期を迎えた少女の名は、スターシア。
数年後、ルイスという王子を生み、国中の人間から祝福される事になった正妃の、実の姉だった。
王道の転生物に手を出してしまいました(゜-゜)
ヒロインの相手は、今回もかなりの美系少年です。
指摘を頂きましたので、本文改稿致しました*