廃墟の光
「廃墟の光」
原案・SHIN
著・まきこ
何もない日々を過ごしてきた。朝7時に起床し、9時には出勤、18時に退勤した後、一人自宅でコンビニ弁当を食べる生活。暇な時には安く買ったノートパソコンでネットサーフィンをして無駄な時間を過した。
僕のささやかな楽しみは廃墟の画像を見ることだ。インターネットの廃墟画像専門のサイトを巡回し、人に訪れてもらうこともない、人に注目されることもない、薄暗い空間が自然に飲み込まれていく人工物を見ていると、誰にも見られていないことに安心していた。
ある日、写真でばかり廃墟を見ているのでは物足りなくなって、実際に廃墟を見たいと思った。たくさんの廃墟画像専門サイトをチェックしたり、いろんな掲示板の情報を漁ったりして、近所にあるらしい廃墟へ行くことにした。車で20分ほどの場所にあると言われているその廃墟は、数年前まで使われていた小さな民宿。ここならば初心者向きだとどの匿名投稿者もレスしていた。きっと、ここなら僕でも大丈夫。
必要最低限のものと、押入れの奥にしまいこんであった一眼レフを片手に、僕はバイクに乗って目的地へ向かう。民宿の駐車場だった場所はすでに雑草だらけだったため、路上にバイクをビニールシートで隠して民宿へ向かった。
そこは想像を絶するほど美しい廃墟だった。ガラスが割れたりはしているものの、荒らされている形跡はほとんどなく、それは僕のある意味理想に近い廃墟だった。僕は何かに導かれるように、その見捨てられた建造物に足を踏み入れる。
小さい民宿で無心にシャッターを切り続けていると、外は次第に暗くなりだした。だが僕は、夕焼けに染められていく民宿も写真に収めたくて、予定の時間を過ぎているにも関わらず写真を撮り続ける。辺りが真っ暗になり、夜に溶けた民宿を撮り終え、ほくほくした気持ちで民宿を去ろうとした時に気づいた。僕はこの民宿の地図を確認していなかったのだ。
見捨てられた空間で実際に一人きりになるというのは予想以上に不安だった。毎日光があって、空調のある部屋に居て、指示通りに仕事をこなしていれば生活のできるような、安心できる空間。当たり前だった何もない日々が恋しく思えた。
その時、眩しい光が僕に向けられた。一瞬世界が真っ白になり、手で光を遮る。
「そこで何してるの?」
少女の声が光の方から聞こえてくる。
「ねぇ、そこで何しているの?」
「僕はここで写真を・・・。ちょっと眩しいからライト下げてもらえないかな?」
「あ、ごめんなさい」
光が僕の足元へ向けられ、光の持ち主は次第に僕に近寄ってきた。
「ここ、入り組んでて、夜になると危ないから」
「そうなんだ?」
「うん、だから、今日は帰った方がいいよ」
少女はそう言って彼女が来た方向を指差した。
「出口がわかるなら案内してくれないかな?僕、ここ初めてで・・・。」
「いいよ。」
彼女はそう言うとくるりと振り返って歩き出した。僕は下ろしていた荷物を持つと、慌てて彼女の背中を追いかけた。
小さな民宿だったが、増改築を繰り返していたため、まるで迷路のようだった。ひたすら右に曲がったり左に曲がったりして、本当に出口へ向かっているのか不安になってしまうほど、僕らは狭い廊下を歩き続けていた。
二人の足音と木の軋む音が廊下に響く。僕は彼女の後ろを歩いているにも関わらず、彼女が消えてしまうのではないかという不安に駆られ沈黙を破った。
「君は、よくここに来るの?」
「うん、結構来てる」
「廃墟が好きなの?」
「廃墟が好きというか、ここが好きかな」
「どうしてこんな時間にここにいるの?」
「散歩。それよりお兄さんは廃墟が好きなの?」
「好きだけど、夜には来たくないかなぁ。怖いし。」
「ふふっ、慣れれば怖くないよ」
―二人の足音と、二人の声と、木の軋む音。
いつの間にか僕と少女は並んで歩いていた。僕は彼女がいることで安堵し、特に根拠もなく彼女を信頼していた。何故かは分からないが、彼女を見た時、「彼女ならば、大丈夫。彼女ならば、僕のことを分かってくれる。」と思っていたのだ。
玄関に辿り着き、僕は深く深呼吸をした。今日も、あの安全な空間へ帰れる。
「ねぇ、君はよくここに来るんだよね?」
「うん、気まぐれだけどね」
「じゃあ、また君に会えるかな?」
「いつか会えるんじゃない?」
そう言うと、彼女は歩き出し、何も言わずに闇に消えていく。
「ありがとう」
僕がそう言うと、彼女は振り返って僕に手を振り、どこかへ行ってしまった。
あの日以来、僕は定期的にあの小さな民宿に訪れたが、まだ彼女に会っていない。日が悪いのか、時間が悪いのか、彼女の都合が悪いのか。せめて名前を聞いておけば、住んでいる場所を聞いておけば、電話番号でもメールアドレスでも聞いておけば、また彼女と会えたのではないか。
僕は今日も、僕を導いてくれた光を求めてあの小さな民宿へ向かう。
(了)