一人ぼっちな勇者の理由(わけ)
「そういえばさ、お前勇者なのになんで一人だったんだ? ……あ、その性格じゃ友達いないとか?」
「違う! まあ確かに、魔王を守る有象無象のこと考えたら一緒に行った方がよかったんだけど」
キリカの顔は唐辛子の粉を一瓶丸呑みにしたように苦り切っていた。魔王が体力回復のための休憩をいれてくれなければ負けていたかもしれない。
「当たり前だ。そんな卑怯な真似はできんからな」
胸を張るルティリウスにキリカは哀れみの目を向ける。それで負けていれば世話はない。
「ルティって、本当に、根っから、魔王に向いてないよね……」
「なんだと!? 確かに俺は勇者に敗れはしたが、正々堂々とした立派な魔王だっただろ!」
「……ウン、ソーダネ」
「なんだその白々しい顔は! 誰にもついてきて貰えないほど人望のない勇者よかマシだっ」
「あんですって? ……いたわよ、城を出る時には。魔術師とか癒し手とか……騎士、とか」
キリカはおぞましい記憶に身震いした。
「わかった、逃げられたんだろ」
「違うってば。……いや、違わないけど、逃げられたんじゃなくて逃げたの! 同行してた騎士が、竜騎士団のやつらで……」
竜騎士団はこの国最強の騎士団だ。全員が馬の代わりに小型竜を使役していて、一人一人が中級魔族に匹敵する実力を持つが、少々危ない人間の集まりである。
「……少々危ない?」
コイツに危ないとか言われる人間ってどんなだよ?とルティリウスは恐いもの見たさに続きを催促した。
「あいつらはね、戦いが好きで好きでたまんないのよ。戦いを愛しちゃってるの。挨拶代わりに決闘するようなやつらよ。強いのと戦うのが生きがいなの。わかる? ……つまりね、やつらにとっては、遠くの魔王より近くの勇者なわけ! 私が何度闇討ちされたか……魔術師も襲われたし、癒し手は過労働で本番前なのにいっつもヘロヘロだし、三人揃って逃げだしてもなんでかすぐに追いつくからさあ、三人バラけて……なのになぜかヤツは私を追ってくるし、私はアイツ撒くのに二ヶ月かかったわ」
「……大変だったんだな」
「そうなの! しかも何がいやって、竜騎士団の連中、いくら仕留めたと思ってもゾンビのごとく蘇ってくるのが……腹に当て身くらわせて、念のために頭殴って、魔術で黒焦げにしても、背を向けた途端に『隙ありー!』って襲い掛かられるんだよっ。 それに比べりゃ、魔族が不死なのがどーした。魔族は不死なんだから死なないなんて当たり前じゃない。定命のくせに殺しても死なないやつらよりよっぽどマシ」
「うん、なんか、ご苦労様……」
「たった今、気付いたんだけどさ、これって何もかも魔王のせいだよね……?」
「うっ? そ、それは悪かったな」
「ふふふふ」
「あ、ははは……」
「ふふふふ」
「はははは……」
不気味な笑いを湛えたまま、キリカはぼそっと呟いた。
「あんたが笑ってんじゃねぇよ」
ルティリウスの笑い声がピタッと止まる。彼は初めて壜に感謝した。これが彼をキリカから守っているのだ……これがなかったら死んでいたかもしれない。キリカは舌打ちして首から提げた壜を睨みつけ、八つ当たりの獲物を探して頭を巡らせた。その日、どこかの街道沿いの盗賊が壊滅させられたらしいが……詳しいことは定かではない。