【閲覧注意】社長の年頭挨拶
初めて投稿しました。小さな物語を書きました。
ある会社のホームページを眺めていた。すごく古臭いデザインで、濃い青色の背景に金色の縁取り、隅には時代遅れの桜のアニメーションがついている。ただ何気なくスクロールしていただけなのに、マウスのホイールが引っかかって、ページが動画のウィンドウで止まった。
タイトルは『令和六年 社長年頭挨拶』。
サムネイルは六十代後半の白髪の老人。黒いスーツ、ネクタイはきつく締められ、表情は遺影のように厳しい。その横にある再生ボタンは不自然に大きい。絶対に押すつもりはなかったのに、バグなのか自分の不器用さなのか、とにかく画面が一瞬揺れて、ボタンをクリックしてしまった。
動画が再生される。
老人は巨大なマホガニーの机の奥に座り、背景には賞状で埋まった壁。彼は咳払いを一つして、口を開いた。
「諸君――」
その瞬間だった。
だんだんぼやけるようなタイムスリップではない。誰かに背中を強く押されたような衝撃。目の前の画面が突然トンネルになり、すべてのピクセルが顔面めがけて飛んでくる。悲鳴をあげる間もなく、足元に何かが触れた。
硬い。冷たい。無垢材の床の感触。
古い紙と墨と家具のワックスが混ざったような匂いが鼻をつく。膝が何か固いものにぶつかり、体が前に倒れそうになり、両手である表面に突っ伏した。
巨大なマホガニーの机だ。
顔を上げる。
白髪の老人が机の向こう側に座っていた。口が半分開き、手は宙に浮いたまま――ちょうどさっき動画の中で机を叩こうとしていた姿勢だ。彼は私をじっと見つめ、私は彼を見つめ返す。空気が約二秒間、完全に静止した。
それから彼が言った。
「ちょっと……何だお前は?」
声は動画と同じだった。張りのある、年配の日本式社長特有の威圧感を帯びている。しかし画面からではなく、二メートルも離れていないこの人の口から直接聞こえてきた。
口を開こうとしたが、頭の中が真っ白だった。
老人は眉をひそめ、体を少し前に傾けて、正体不明の器物を鑑定するような目つきで私を上下に眺めた。私のTシャツとジャージのズボンに特に長い間視線を止めた。
「お前、さっきまでネットでも見てただろ。」
私は必死にうなずいた。
「動画、クリックした。」
またうなずいた。首が脱臼しそうなほど大きく。
老人は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。それから彼は私がまったく予想しなかった行動に出た――両手で顔を覆い、魂の奥底から搔き出したような長い長い嘆息をもらした。
「ああ……またかよ。」
また?
頭の中で何かがカチッと嵌った。違う。これはおかしい。見知らぬ人が突然天井からオフィスに落ちてきたというのに、この反応はおかしい。警備員を呼ぶべきだ、警察に通報すべきだ、机の上の金ペンを投げつけるべきだ――「またかよ」などと、宅配便に起こされた独居老人のような反応をするべきではない。
「あの……社長?」
ようやく自分の声を取り戻したが、いつの間にか口から日本語が出ていた。
老人は掌の間から顔だけを覗かせ、目だけは驚くほど冷静だった。
「お前、期待してるだろ。」
「え?」
「社長の熱いスピーチを聞けるって。このまま一発逆転の人生が始まるって。」
彼の言葉は一つ残らず、私の心の内を正確に射抜いていた。そうだ、そう思っていた。タイムスリップだぞ、運命に選ばれた主人公だぞ。次は社長が机を叩いて『君を信じる』と言い、俺は人生の頂点に駆け上がるんだと。
老人は立ち上がった。
机の周りを回って、私の前に来る。近くで見ると、実際にはかなり背が高く、肩と背中はまっすぐ伸び、スーツのボタンはきっちりと留められている。彼は私を見下ろし、その目には怒りも驚きもなく、ただ深く、ほとんど慈悲とさえ言える感情があった。
それは、もうすぐ死ぬ者を見る時の慈悲の目だった。
「聞け、若者。」
彼は間を置いた。
「このスピーチはな――」
「期待を裏切るためにあるんだ。」
何を言っているのかわからなかった。しかしふと、一つの細部に気づいた。彼の磨き上げられた革靴と床の隙間から、何かが光を反射している。蛍光灯の白い光ではない、不自然なオレンジ色の光だ。床の継ぎ目に薄い炎が焼き付いているように見える。
老人も私の視線を追って床を一瞥し、それから極めてわずかに、ほとんど聞こえないほど軽く笑った。
「ああ、もう始まってる。」
彼は振り返って自分の席に座り、ネクタイを直し、机の上の書類を一ページ目に開いた。それから顔を上げて、オフィスの正面にある電源の切れたカメラ――あの動画と同じアングル――に向かい、サムネイルと同じ表情を作った。
「諸君。」
声は張り上げたものではない。しかしなぜか部屋全体が共鳴した。床下からオレンジ色の光が四方八方に這い上がり、誰かが空の――いや、この世界の底で、見えない火を灯したかのようだった。
何かがおかしいと感じた。
足の裏から微かな振動が伝わってくる。軽い。遠くで何か巨大なものが目覚めつつあるような振動だ。窓の外の空が一段暗くなった。今は正午のはずだ。それにこのオフィスはどこにあるのか――いや、そもそもどこに?
「我々は長きにわたり、この国を支えてきた。」
老人の声は平坦に続く。
「しかし、全ての物語には終わりがある。」
彼の視線はカメラのレンズを越え、私を越え、少しずつ変形し始めたこのオフィスを越えて、もっと遠くの何かを見つめていた。その方向では、壁の賞状が一枚また一枚と落ち始め。
振動の正体をようやく聞き分けた。
地震ではない。爆発でもない。この空間そのもの――『日本』と呼ばれているもの――が、下から上に向かって何かに飲み込まれている音だった。オレンジ色の光がますます明るくなり、空気に鉄錆と線香が混ざったような不思議な匂いが満ちていく。
「本日のスピーチをもって、この会社は解散する。」
老人の声は一瞬も震えなかった。
「それに伴い、この国の経済活動も、全て終了する。」
わからなかった。一言も理解できなかった。しかし彼の唇はまだ動き、カメラの赤いランプはまだ点滅し、このオフィスのすべての物品が透き通り始めているのが見えた。
「お前たちは――」
誰に話しかけているのか。カメラの向こうの従業員か、それともネットのケーブルから落ちてきた不届き者である私か。
「もう、帰る場所がないんだよ。」
最後の言葉が落ちた瞬間、世界全体が誰かに一時停止ボタンを押されたかのようになった。
すべての音が消えた。
自分の心臓の鼓動が聞こえた。ドクンドクン。それからその鼓動さえも別の音に覆われた。それは非常に遠くで、巨大な獣が何かを飲み込むような音だった。ゴクリ、ゴクリ、と一定のリズムで、とてもゆっくりと。
老人は椅子にもたれて、ようやく社長の表情を解いた。ただの小柄な普通の老人に見えた。しわが深く、指には大きな金の指輪が光っている。
「お前はラッキーだったな。」
彼は私に向かって口の端をわずかに上げた。
「最後の一分間に、間に合った。」
床が完全に割れた。
砕けたのではない。割れて、その下のものが露わになったのだ――階下のスラブも、基礎も、土も、何もない。ただ光だけがあった。オレンジ色の、果てしない光。地球全体の内核があらわになったように、それが足元に広がっている。
老人は椅子ごと落下していく。速度は遅く、水中を沈むように。彼はもがかず、下を向きもせず、ただ上の方――ガラスの質感に変わりつつある空を見上げて、唇をわずかに動かし、最後の言葉を紡いだ。
「スピーチ、これで終わる。」
私は手を伸ばして彼を掴もうとした。
何も掴めなかった。
体が突然、無重力になった。落下しているからではない。『床の下には何もない』という認識がようやく脳に届いたからだ。自分の足元を見ると――足元はもうなかった。オレンジ色の光がふくらはぎに絡みついてくる。熱くない。冷たい。まるで誰かが天の川の温度をこの一片の光に濃縮したかのように。
落下。
いや、浮遊。
いや、吐き出される。
この世界が死に際に一つゲップをして、ここに居るべきでない私という異物を吹き飛ばしているのだ。意識がぼんやりし始め、体が軽くなり、オレンジ色の光はどんどん遠ざかり、どんどん小さくなり、最後には星のような光点になった。
闇の中で、最後のかすかな音が聞こえた。
スマホの通知音だった。
とても軽く、とても短い。まるで別の世界にいる誰かが私にメッセージを送ったかのようだった。
私は瞬時に目を開けた。
後頭部が何かにぶつかり、痛さで顔を歪めた。目の前は白い天井、蛍光灯がブンブン鳴っている。消毒液の匂いがする。自分のベッドの上に横たわっていて、スマホは枕の脇に置かれ、画面はまだ点いたままだった。
あの古臭い会社のホームページはまだ開かれていた。
動画はすでに再生終了し、プログレスバーは最後まで進んでいた。画面上には黒い背景と数行の白い文字、フォントは標準的な明朝体、レイアウトは整然としている。
第一条:本動画は地球日本列島最終消滅告知に関するものです。
第二条:当社ならびに全従業員は、すでに避難を完了しております。
第三条:動画を閲覧された方は、大変申し訳ございませんが、避難対象外となります。
私は三行の文字を長い間見つめていた。
それからページの一番上に戻り、動画のタイトルを確認した。
『令和六年 社長年頭挨拶』
動画の概要欄にはさらに小さな文字があった。タイムスリップする前には絶対に存在しなかった文字だ。
――なお、本スピーチにはいかなる逆転要素も含まれておりませんので、あらかじめご了承ください。
スマホが震えた。
見知らぬ番号から新しいメッセージが届いた。アカウント名は空白。本文は一言だけ、日本語で。
「次は、お前の番だからな。」
窓の外の空は、不自然な速さで暗くなりつつあった。私はもう一度動画を見ようとスマホを操作したが、ページはもう開かなかった。
404 Not Found.
あの老人の最後の笑顔がふと脳裏に浮かんだ。社長の笑顔でもなく、老人の笑顔でもなく、非常に微妙な――こうなることが最初からわかっていたからこそ、もはや抵抗する気も起きない、そんな静かで残酷なまでの笑顔だった。
あの『またか』の意味を、ようやく理解した。
私が最初ではなかった。
最後でもないだろう。
後になってその会社の名前を検索してみたが、結果はゼロだった。しかし、どこかのキャッシュに保存された非常に古い2chのスレッドが一つだけ残っていた。日付は平成二十三年。
タイトルは『社長のスピーチを見たら、地球が終わったんだが』。
本文はたったの一言だった。
「誰か、次の動画のURL知りませんか。」




