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旅人の話1

東の聖女が死ぬ11ヶ月前

 この国に入国したのは、たまたまだった。


 もともと、ここに国があること自体知らなかった。

 大陸中をツーリングして回っているが、ここに国があることは旅人連中のなかで話にも上がらなかった。

 山を越えて、故郷へ戻る最中に運悪く道を間違えて、この国にたどり着いてしまったのだ。

 おまけに愛車のガソリンもほとんど尽きている。俺も体力が尽きてきたのか、妙に体がだるい。


 ガソリンが完全になくなった愛車を転がしてしばらく経つと、突然大きな建物が目の前に現れた。


「あの~~、ちょっといいすか?」


 談笑中だった男達に声をかけた。すると男達は俺を見て青ざめたような顔になり、慌てて武器を持ち始めた。おいおい、波風を立てるつもりはないのだが。


「ちょっと給油させてもらいたいだけなんすけど。入国できます?」


 男達は武器(といっても、小刀だ)を構えたまま、相談し始めた。中には俺の愛車を小突こうとするやつもいる。パンクは勘弁してほしいものだが。


「おい、お前」


 男達の中で、最も年長だと思われる人が話しかけてきた。


「キュウユとはなんだ」


「え、給油っすよ。ガソリンスタンド、あるでしょ? ガソリン入れさせてください」


「ガソリンとは何だ。訳の分からない言葉を言うな。さては貴様、悪の使いだな?」


「いや、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ガソリンですよガソリン。ほら車とかバイクとか動かすために必要な液体っすよ!!」


「ええい、訳の分からない言葉を使って俺たちを惑わすつもりだな!! 悪魔の使いめ!!」


 男達は小刀を俺に向け始めた。血気盛んな男達に向かって、たいした武器も持っていない俺は手をあげて「ちょっと待ってくださいよ」と言うことしかできなかった。

 男達は俺に近づき、あっという間に手を後ろ手に縛って拘束した。正直一人で逃げ出せるぐらいの拘束だったが、もっと怖い人を連れてこられたらたまらないので、おとなしく捕まっていた。


 5,6人に囲まれて、俺は目隠しされてどこかへ連れて行かれた。俺の愛車は連れて行くことは許されず、建物の外に放置された。

 壊されてなきゃいいけど……




 男達がいなくなってから、ごろんと石造りの床に寝転がった。

 話が通じないことが、こんなにも疲れることだとは思わなかった。思わず大きなため息がこぼれる。言語は通じるのに、意思疎通ができないのがこんなにも疲れることだとは思わなかった。

 壁の上の方には、小窓が一つついていて、青い空を俺に見せてくれた。

 冷たい床が妙に気持ちよい。小窓から入ってくる風は優しく肌をなでる。遠くでは鳥がさえずっている。

 知らない土地なのに、懐かしく感じる空気感だった。

 知らないうちに、眠りに落ちていた。






「こんにちは。」


 目が覚めたとき、目の前には長い黒髪の子どもが俺をのぞき込んでいた。


「え……誰?」


 その子の大きな瞳から逃れるように、俺は上を見上げた。小窓から見える空は茜色に染まっている。大分昼寝をしてしまったようだ。


「先にそちらから名乗るべきじゃないのか?」


 いたずらっ子のような雰囲気を醸し出しながら、その子は手を差し出した。

 行動の意味が分からず、差し出された手を握ると、きょとんとした顔をされた。


「何で手を握ってるんだ?」


「いや、差し出されたから握ったんだけど。」


「なぜ差し出されたら握るんだ?」


「いや、握手だろ?」


 目の前の相手は首をかしげている。


「アクシュってなんだ。」


「握手は手を握って挨拶することだよ。そんなことも知らないのか。」


「知らないよ。何それ、初耳。」


 相手は二マっと笑った。そして、俺の差し出した手のひらに口づけをした。

 驚いた。思わず手を引っ込めてしまった。

 突然口をつけられたことにも驚いたが、見知らぬ小汚いおっさんにためらいもなく口をつける、その行動が理解できず、驚いた。


「な、なにしてんの……」


 若干後ずさってしまった。


「なにって、パルモル。私からすることなんてめったにないから、おじさんは運がいいよ。」


 またもや二マっと笑った。手のひらを拭いていいのか、それとも拭かない方がいいのか、どっちがいいのか考えていると、また相手が口を開いた。


「私の名前はエミル。この東の都市で暮らしてる。神殿の端で変な気配がしたからやってきたんだけど、気配の原因はおじさんだったんだな。」


 エミル、と名乗る目の前の相手は、俺のことをじっと見つめる。何だか気恥ずかしくなって、慌てて目をそらした。

 目をそらすと、エミルの靴が目に入った。服は茶色くくたびれており、所々穴も開いているみすぼらしい服なのに、靴だけは外で履いたことがないように真っ白だった。妙に艶のある腰まで伸びた黒髪に、みすぼらしい服に、立派な靴。なんともちぐはぐなやつだ。

 それに、どう見ても10代半ばの俺の姪っ子ぐらいにしか見えないのに、どう見ても年上で小汚いおっさんへの態度がやけに堂々としている。なにもかもちぐはぐだ。


「おじさん、この国の人じゃないんでしょ?」


「ああ。俺は旅人だ。故郷に戻る途中、愛車のガソリンがなくなったから、ガソリンを入れさせてもらおうと、立ち寄った。そうしたら、男達に小刀で脅されて今こんなところにいる、」


「こんなところとは失礼な。ここはこの国で一番すばらしいって評判の、東の都市だよ。」


 そんなことを言われても、俺はほとんど檻からの風景しか見てないから知らないのだがな。

 気持ちが表情にでていたのか、エミルが申し訳なさそうな顔をする。


「すまない。おじさんが檻に入る前に、私がおじさんに会いに来られたら良かったんだけど、私にも仕事があって間に合わなかったんだ。」


「なんだそれは。君が間に合っていたら、俺が檻に入らなくてもすんだのか?」


「まあね。」


 また、二マっと笑ってからエミルは立ち上がった。黒髪が揺れる。太陽の香りがする気がした。


「じゃ、日が暮れてきたから今日は帰るね、おじさん。時間があったら明日この都市を案内してあげるよ。」


 手を振って檻から出て行く姿をぼおっと見ていたが、ふと我に返った。

 あいつ、檻に鍵をかけてない!! よくやった!!!

 そう思ってエミルが出て行った場所を押したり引いたりしたが、スンとも動かなかった。

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