南の聖女の話4
目が覚めたときには、エミルがいなくなっていた。
エミルだけじゃない。エミルの服や荷物が全て無くなっていたのだ。
私は慌てて大司教様を探して神殿中を走り回った。お祈りの間にも、歌の広場にも、中庭にも、どこにもいなかった。大司教様だけではない。司教様も聖女候補もいなかった。
探せる場所もなく、とぼとぼと歩いて部屋に戻った。
部屋には大司教様がいた。
「……!!! 大司教様!!」
「なんです? そんなお化けを見るような目で私を見ないでください」
大司教様は優しく笑ってそう言った。いつも通りの穏やかな口調だ。
「大司教様、あの、エミルがいなくなっちゃったんです。どこにいるか知りませんか?」
おずおずと、私は大司教様に聞いてみた。大司教様は変わらない笑顔で言った。
「エミルとは、誰のことでしょうか?」
寒気が走った。その大司教様の表情が、あまりにも作り物のような顔だったからだ。それと同時に今までの様々な疑問が脳裏を駆け巡る。
気づかない方が幸せだった。知らない方が幸せだった。
大司教様も司教様達も、誰一人だって私たちを名前で呼んだことなどないのだ。
もしかしたら私の本当の名前だって知らないのかもしれない。
私の本当の名前は「エト」じゃなくて、本当は――――
「あ、そうでした。」
大司教様は、さっきと変わらない笑顔を浮かべて私を見た。
「おめでとう。あなたは、南の聖女に選ばれましたよ。」
「え……?」
「先ほど神から神託が降りたのです。東の聖女、西の聖女に続き、南の聖女、北の聖女も神からのご指示がありました。さあ、大聖堂へ行きましょう。」
神殿を抜けた先にある大聖堂は、聖女候補はまだ入ってはいけないとされていた。当代の聖女がいる間は、聖女候補が入ると神の怒りをいただくことになる、と教えられていたからだ。
私が大聖堂へ入れる、ということは、つまり本当に聖女の交代が起きたということだった。
エミルの不在についての不安と疑念はあるものの、大司教様のおっしゃるとおりに行動するしかできなかった。それほどまでに、私を取り巻く環境はこの日を境に変わってしまった。
神様に選んでもらった、選ばれた幸福はもちろんある。
毎日お祈りをして、歌を歌って、運動をして。聖女に選ばれるためにやってきたのだから。
でも、でも――――
神様に文句なんて言ってはいけない。
神様に逆らうなんて考えられない。
でも、エミルとお別れするのは嫌だった。エミルと過ごしたこの部屋からいなくなるのが嫌だった。
南の聖女になる、ということは、今後50年は私は南の都市で過ごすことになる。
首都へ戻ってくるのも、大司教様のお許しがないとできない。
もしかしたら、エミルは東の聖女か西の聖女になったのかもしれない。だから私の前からいなくなったのかもしれない。
私がエミルを泣かせちゃったから、神様はバツとしてエミルともう会えなくさせたのかもしれない。
神様に選んでもらえた幸福と、エミルとお別れしなきゃならない悲しさで、胸がきゅうっと苦しい。
大聖堂の女官が私の髪をといてくれる。とても上手だけど、エミルのようなあたたかさを感じられない。
櫛が髪をなでるたびに、エミルとの思い出が思い出されて涙がじわりとにじんできた。
「……なに泣いてんの?」
隣から声をかけられた。横を見ると、亜麻色のウェーブがかった髪をした人が同じように女官達に世話をされていた。
びっくりした。同じ聖女候補の中にいたのは覚えていたが、言葉を交わしたのは初めてだった。いつも遠い目をして、少し怖い印象がある子だったから、まさか声をかけてくるとは思わなかったのだ。
「同じ部屋の子と別れたくなくて……」
おっかなびっくり彼女に話してみた。彼女は興味なさげに「ふうん」と言った。そっちから聞いてきたんじゃん! と内心思いつつも、沈黙が訪れた。
「あんた、南の聖女になるんでしょ。」
唐突に彼女はつぶやいた。
「神サマに聞けばいいんじゃないの?」
彼女はそう言うと、席を立った。彼女の方をぱっと見ると、少し和らいだ表情で私を見て「がんばんな」と口だけ動かして、去って行った。
神様に聞く、なんて考えたこともなかった。ただ神に仕えること、神を信じることが、私の役割だと思っていたから。
でも、言われてみれば確かにそうだ。
私は南の聖女に選ばれた。他の人よりも一歩神様に近づける存在に選ばれたのだ。
今までのように、神様を大切に思い祈るだけでなく、神様と意思疎通できる存在になっていくのだ。
それに、神殿で習ったとおり、エミルから教えてもらったように、南の聖女は、南の都市へ行き、南の都市の人々を癒やす役割がある。
それはつまり、多くの人と関わる機会が増えるということだ。
多くの人の息吹に触れ、神のみ心を伝える中で、神様が私をエミルに近づけてくれるかもしれない。
神様が私を導いてくれるはずだ。
そう考えると、何だか前を向ける気がした。
支度が終わり、席を立った。
今日から私は南の聖女になる。
見知らぬ土地へ行く不安はあるし、これから一人で暮らすさみしさはある。
それでも
「私は南の聖女に選ばれたのだから」
神様に認めてもらえたのだから、きっとエミルにだってまた会える。
そんな気がした。
多くの人がひしめく大聖堂へ、私は一歩を踏み出した。




